今後の話
こうして晴れて恋人同士になった俺達だが……勢いで言ったもの、何が変わるのかイマイチ理解していなかった。
紀野の立場を考えると公にも出来ないし、所詮は気持ちの問題なのだろうが———繋いだ手の先に紀野がいるのは素直に嬉しい。
荒んだ心が癒やされる。
たとえ他の人に言えなくても、紀野が彼女という事実だけで、何があっても生きていける。
「あの、先輩」
見つめていたのがバレたのか、急に紀野が振り返ったから、反射的に顔を背けて目を逸らしてしまった。
彼氏なんだから見ててもおかしくなかったのに、俺は……チキンハートすぎる! 自分のこういうところが、いつまで経っても好きになれない。
仕切り直して、軽く咳払いをしてから姿勢を正したが、挙動不審な俺に対してもニコニコと微笑んで、やっぱり可愛い。
やばい、俺は近々不整脈で死んでしまうのではないだろうか?
「ど、どうした? 何?」
「私、彼氏ができたらしたいことがあったんですけど、お願いしても良いですか?」
彼氏にしてもらいたいこと……だと?
俺に出来ることだろうか?
なんだ、急に不安になってきたぞ。
紀野は俺の腕に絡むように抱き締めると、上目で覗き込んできた。
「凪って、名前で呼んで欲しいの」
「な、名前?」
そんなことか、と安堵の反面、ハードルの高さを痛感した。
名前……?
「無理無理無理! 俺が紀野を名前呼びしたら、きっと周りの奴が不審に思う! バレるバレる、一発でバレる!」
「そうかな? 結構、私の周りは名前呼びなんだけどなー?」
紀野達みたいなリア充と一緒にするな! 女子の名前を呼び捨てとか、小学生の頃以来だ。それこそ月音事件以来———……
月音の名前を出して気付かされた。
そうか、他の女の子を名前呼びしておきながら、自分のことは苗字じゃ、良い気持ちはしないよな。
『嫉妬……してるのか? 紀野が? 俺に?』
俺はすることはあっても、紀野がすることなんてないと思っていた。だってこんなに可愛いのに、必要ないだろう?
だって俺の人生、きっと紀野みたいな可愛いこに会うことはないだろうし、ましてや好意を持ってもらうなんて奇跡が起きない限りあり得ない。
俺は一生、紀野を大事にしないと———
「あれ、先輩? 大丈夫ですかー? おーい」
すぐ目の前でヒラヒラと手を振って、ヤバ、トリップしてた!
「え、っと、名前呼びだっけ? まぁ……人前じゃなくて、二人の時とかなら」
バレることもだが、何よりも恥ずかしさが勝る。本来なら二人の時も恥ずかしく死にそうだが、紀野の頼みなら聞かないわけにはいかない。
俺の言葉に彼女は嬉しそうに口角をあげ、早く早くとねだり始めた。
「先輩、私の名前、覚えてます? もしかして忘れてませんか?」
「失礼な、ちゃんと覚えてるよ。紀野凪だろ、凪……」
彼女の形のいい唇が、見たことがないほど可愛い笑顔を作り上げていた。
「———はい、心先輩。心先輩……大好き」
俺の名前……! 誰も呼んだことがないのに、紀野は覚えてくれていたのか。
ヤバい、顔のニヤニヤが止まらない。たかが名前を呼ばれただけなのに、なんだこのむず痒さは。
「な、凪……もし良かったら、寝る前に少しでいいから電話とかしたい」
「うん、私も心先輩の声が聞きたいからいいよ♡」
両腕で片方の腕をギューっと挟み込んで、もう片方の腕が嫉妬する勢いの幸福感!
付き合う意味なんてあるのだろうかと思っていたが、全然違う。
俺は絶対に凪を幸せにする……! 死んでも守る。彼女を不幸にする者がいたら、絶対に許さない。
今までの人生、嬉しくて泣きそうになったことなんてなかった。
自分よりも大事にしたい存在があったなんて、知らなかった。
「凪、俺……凪のことをずっと幸せにしたい」
「ずっと?」
「うん、ずっと……ずっと一緒にいたい」
あまりの幸せに、いつも脳内で爆ぜろと呟くリア充と同じような状況になっていた。うわっ、脳内お花畑じゃん。恥っ、死にたい。
これからはリア充を見ても、温かな視線を送るようにしよう。今なら少しは人間に対して優しくなれる気がする。
「アハ♪ 先輩、ずっと一緒にいましょうね! 手始めに今度の週末、一緒にデートしましょう。でもバレたらいけないから……ウチにきます?」
「はァ⁉︎」
予期せぬ展開に思わず声が裏返ってしまった。
付き合ったら、いつかは訪れるであろう彼女の家デート……しかしだ、こんなに早く訪れるとは思ってもいなかった。
凪の家……土日ってことは、ご家族もいるよな? 手土産は何を持参すればいい? コンビニのお菓子ってわけにはいかないよな? ケーキ、洋菓子? それとも和菓子がいいのか? 無難にカステラとか? 日持ちがするものがいいよな。
そもそもコミュ障の俺に、ちゃんと挨拶はできるだろうか?
「せ、先輩? 大丈夫ですか? あのー……もし嫌なら他のところでもいいですよ」
ただ事ではない自問自答のせいで、要らぬ誤解を与えてしまったらしい。
違う、行きたいんだ。凪の部屋とか興味しかない。
しかし、その一方で不安なのも確かだ。
小学校のあの事件以来、友達の家なんて行ったことがなかった。そんな俺が彼女の家というハイレベルなミッションをこなせるとは、到底思えない。
「………あ、俺の家は?」
「ん?」
「俺の家に来ないか? 俺んちは親父だけだし、その親父も出張で家を空けることが多いから、実質一人暮らしみたいなもんだし」
それなら俺も凪も気を使わないので良案だと思う。
自慢ではないが、ゲームのハードも一通り揃っているし、小説もマンガもそれなりの品揃えだ。
俺が友人の家に行ったことないと同様、家に招いたこともないので、よく分からない謎のハイテンション状態に陥った。
「時間も気にしなくていいし、何なら泊まってもいいぞ? 宅配ピザでも頼んで一日中ダラダラしてもいいし」
「と、泊まりですか!」
そう、泊まり———って、俺は何を言ってるんだ! 初デートで泊まりを勧めるなんて、下心しか感じない!
『今すぐしたを噛んで死にてぇー……』
自己嫌悪で頭を抱えている俺の隣で、覚悟を決めたように決心した表情で拳を握っていた。
「い、行きます! 先輩の家にお邪魔してもいいですか?」
「え……? マジで?」
凪はニッと歯を見せて笑ったが、すぐに顔を隠して蹲った。
指の間から覗き込む大きな瞳を潤ませて、彼女は一言……「だって、先輩と一緒にいたいんだもん」と呟いた。
可愛い、可愛い、可愛い、可愛い!
俺はとんでもないことを提案してしまったのかもしれない。
こうして週末、俺の家でデートをする運びとなった。
———……★
溜まっていたヘイトをイチャイチャで発揮(笑)
皆様、応援いつもありがとうございます。
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