イケメンにできるのなら、その逆も?
「暁さん、俺を……! ダサくしてもらえませんか?」
何言ってるの、この子は? 頭は大丈夫? 大型トラックに盛大に轢かれた?
そう言わんばかりの憐れみの視線を贈られたけど、大丈夫です、俺は至って正常です。
「一体何で? この前はイケメンに直してほしいって言ってきたのに」
「これには事情があるんです。イケメンのままだと搾取されるだけなので、ダサ男で戦わないといけないんです」
一通りの事情を聞いた暁さんは、それならと特殊メイクを施してくれた。
数日前のパッツンだった頃の俺を沸騰させるようなダサさだ。これなら月音も嫌悪感を示すに違いない。
「今回は事情が事情だから手を貸すけど、こんな美しくないこと、本当だったらしたくないね」
「はは、それは最もですね。自分でも泣きたくなるほどのダサ男っすね」
少し前まではこんな感じだったというのに、俺も図々しくなったもんだ。
「しかし凄いね、その月音ちゃんって子も。僕の知り合いにもヤンデレな子がいたけど、真っ直ぐに好きを伝える子だったから好きだったよ」
月音の場合、俺のことは好きじゃないから破天荒な行動を取るのだろう。
まだ好きだからとか、束縛したいとか、可愛い理由なら許す余地はある———いや、ないな。やっぱ彼女の行動は、許し難い行為だ。顔面擦り付けて土下座されても許せない。
「しかし、嫌がらせのターゲットは凪ちゃんなんでしょ? 斉藤くんがここまでする意味はあるのかな?」
うっ、暁さん。そんな身も蓋もないことを言わないでください。
「単なる嫌がらせです。俺も腹が立ってるので」
俺にも意地があるんだって、思い知らせてやりたいんだ。こんな微々たるものでも……思い知らせてやりたいんです!
「よく見ればダサいくらいのレベルじゃ……微妙だけどね。それよりももっと効率的なことがあるけど?」
効率的なことって?
暁さんはスマホを取り出すと「シィー……」と唇に人差し指を当てて悪戯に笑った。
絵になるんだよな、やっぱ、この人は。
そしてしばらくして交渉を終えた暁さんは、その後の作戦を授けてくれた。
「僕にとっても凪ちゃんは大事な友達だから、傷つくような結果にならないようにしてよ?」
「わ、分かってます! 紀野は、俺が責任を持って守ります」
「あと、早くそのメイクを取ってね? やっぱ汚いのは生理的に受け付けられないから」
結構酷いことを言うね、暁さん。
けどせっかく施してくれたメイクを最大限に利用しようと、俺は意気込んでいた。
そして現在———月音から解散を告げられてた俺だったが、最高のタイミングを見計らうように尾行を続けていた。
取り巻きちゃんが言うには、片想いだった先輩の気を引くために俺と歩いている姿を見せようと企んでいたらしい。
だがその計画がポシャった今、月音はどう行動するか読めずにいた。
けどこれだけの行動力のある彼女のことだ。先輩に会いに行くのでは———と、俺は推測していた。
そしてやはり、彼女は最愛の先輩に会いにバイト先を訪れていた。
「橘先輩! お久しぶりです♡」
あれが月音が好きで好きで仕方ない先輩か……。
確かにイケメンだが、自分とはタイプの違うスポーツ系爽やかイケメンだった。
いや、スポーツをしてるからって爽やかとは限らない。クネ野郎みたいな奴もいるから、第一印象だけで決めつけてはいけない。
「月音……お前、また来たのかよ。バイトの邪魔だからくるなって言っただろう?」
おぉ、それでもって、ちゃんと意思を伝えることのできる強気の男だった。邪険に扱われているにも関わらず、目をハートにして、気持ち悪いね月音ちゃん。
「またいつものセットを頼みますからァ♡ だから少しだけ話してください」
「無理無理、お前と話してると彼女が不機嫌になるんだよ。だから今すぐどっか消えて?」
わぉ、月音ちゃん、木っ端微塵じゃん! とりつく島もないってこのことだね!
こりゃ、彼氏としてフォローしてあげないと可哀想だね。よし、それじゃ行きますか。
俺はわざとらしく月音の名前を呼びながら、二人に近付いていった。
青褪める月音と怪訝な顔をする先輩。
あからさまに嫌そうな顔を作ったけど、もう遅い。
「月音ちゃん、こんなところでどうしたの? 今日はデートはなしって言ってたくせに、遊びに行ってたんだー」
ちょっとナヨナヨさせて、女々しい男を演じながら登場したけど、この汚いものを見る蔑んだ視線が今は楽しい。
「え、デートってお前……彼氏がいたのか?」
引き攣った顔で引き気味の先輩。
ますます月音の顔から血の気が引いた。
「ち、違います! こんなダサい男、私は知りませんから!」
「何を言ってるんだよ、月音ちゃん。小学生の頃からずっと好きだって言ってくれてたじゃないか。あの告白は嘘だったのか?」
わー、俺、キャラ崩壊。
自分でも何を言ってるんだって気分に陥る。こんなところ、紀野には見られなくないな……。
「えー……月音ってこんな男が好きだったのか。まぁ、お似合いなんじゃね? お幸せにな」
元々月音に対して面倒さを感じていた先輩は、これよがしと押し付けてバイトに戻っていった。
よし、うまくいった! ちょっとだけ気持ちよかった!
俺は手応えを感じながら拳を握っていたが、すぐ近くの脅威も忘れてはいけなかった。
「………斉藤くん、どういうつもり?」
げ、めちゃくちゃ怒ってる?
鬼の形相で睨み付ける彼女から距離を取るように、俺は後退りを始めた。
「アンタみたいなダサ男、もう必要ないの! 邪魔してんじゃないわよ、このダサ男! 自分の意見も言えないような隠キャが調子に乗るな!」
ブチ切れ月音! 恐っ! まじ恐い!
「いや、そんな隠キャに絡んできたのはアンタの方だからな? 俺だってアンタみたいな奴に会いたくなかったし!」
「うっさい、うっさい! 少しイケメンになってチヤホヤされて調子に乗りやがって! よく見たら全然イケメンじゃないし、所詮は雰囲気だけのダサ男じゃん!」
おい、聞き捨てならねぇな! 俺は別に調子になんて乗ってねぇからな? お前らみたいな奴のせいで、全然いいことなんてないっちゅーの!
そんな俺達の様子を伺っていた友人が、見計らうように姿を現し出した。暁さんの要請を受けて駆けつけてくれた、心強い味方だ。
「あれ、斉藤くん? 何してんの? またダサ男に戻って」
ぷぷぷっと笑いながら登場したのは、何かと話題の千石雪人。突然のイケメンに月音はまたしても猫被りモードに戻った。
「せ、せ、千石くん……♡ カッコいい! ファンです、握手してください♡」
「え、何言ってるの、この子。あんなヒステリーに喚いてた子、恐くて近づきたくないんだけど?」
そう、月音の悪態はバッチリ目撃済だった。なんなら動画にまで撮影済みだ。
「ねぇ、斉藤くん。この子がウチのタレントに嫌がらせをしてる子なの? とんだ命知らずがいたもんだね」
「え……」と口角を引き攣らせながら固まる彼女に、千石さんは容赦なく言葉を続けた。
「紀野凪ちゃんに嫌がらせを企んでるみたいだけど、そんなことをしたら君、訴えるよ? 紀野は俺達の会社の大事なタレントだからね?」
「い、いや……私はそんなつもりじゃ」
「それに斉藤くんにも酷いことを言ってたけど、今度彼に暴言吐いたらタダじゃおかないよ? 斉藤くんも俺の大事な友達だからね」
うわ、千石さん。めっちゃイケメン。男だけど惚れそうだ。
「ち、違うんです! その斉藤くんと私は同じ小学校で、と、友達だったので! だから斉藤くんとお友達なら、私とも」
「君は斉藤くんの友達じゃないでしょ? 友達ならあんな酷いことは言わないって」
いや、千石さん。あなたも散々ダサ男って笑ってましたけど?
「俺はいいの、ちゃんと愛があるから。それと斉藤くん、今度からこんなオカシイ子が現れたら教えてね。ウチの社長が専門の人を呼んでくれるから」
「せ、専門……」
「そう、専門の恐い人」
にっこり笑った千石さんの顔が恐い。
すっかり言葉を無くした月音は、そのまま呆然と座り込んでしまった。
▲ ▽ ▲ ▽
「それにしても斉藤くん。いくらメイクだとしても酷い顔してるねー」
うっ、そんなマジマジと見ないでください。
俺も承知の上なんですから……。
「けど聞いたよー? 凪ちゃんの為にそのメイクしたんでしょ? どう? 斉藤くんなりのザマァはできた?」
「まぁ……けど千石さんには敵わなかったです。よく考えたらそうっすよね……紀野はタレントなんだから、会社が守ってくれるのに」
自分が守るなんて意気込んで、情けないったらありゃしない。
早速メイクを落として、普段の姿に戻した。ワックスまで仕上げると、ガシッと肩を組んできて、ニヤニヤと笑い掛けられた。
「凪ちゃんが心配してたから、早く行ってあげなよ。いいね、青春! 俺も君たちみたいな青春を送りたかったよ」
清純派アイドルを孕ませた男が何を言ってるのだろう?
言いたいことは沢山あったが、行け行けと急かされたのでお礼だけを述べて、その場を後にした。
「あーぁ、本当に……ダディーズに入って欲しかったな」
悔しいそうに顎を撫でながら、千石は斉藤を見送っていた。
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