ざまぁ……って言ってやりたいです
次の日の朝、学校に向かうと待ち構えていたかのように月音が校門に立っていた。
随分とお暇なこと……そんなに紀野が無様に振られる様子を見たかったのか。
「おはよう、斉藤くん。今日もカッコいいね♡」
「別に。っていうかさ、俺と紀野って、月音さんが思っているような関係じゃないんだけど。いきなり校門で振るとか、俺が自意識過剰な男だと思われるだけじゃん」
「別にいいんだよ。今の斉藤くんはカッコいいから、自意識過剰なんかに思われないよ」
ううん、それは違う。
何も言ってない女性をいきなり振るなんて、己の立場も理解せずに、無様に婚約破棄を申し出るクソ王子並にカッコ悪い。
そんなカッコ悪い男の彼女になりたいなんて、変わってるね月音ちゃんも。
次第に増えてきた生徒。そして本日のターゲットである紀野も、皆に愛想を振り撒くように現れた。
「あ、先輩。おはようございます」
いつもと変わらない笑顔で、彼女は声をかけてくれたのだが、俺は何も言えなかった。月音の鋭い眼光が急かしてくる。言うしかないのか……。
「なぁ、紀野。俺はチャラチャラした軽い人間が大っ嫌いだ」
「え……?」
いきなりの言葉に、紀野も周りの人間も唖然として言葉を失っていた。ただ一人、
「皆が自分に好意を抱いてると思ってるんだろう? クネクネしてて、気持ち悪いし。何かにつけて絡んでくるの、スゲェウザい」
「せ、先輩?」
「もう、俺に関わらないで欲しい」
俺は言うだけ言って、その場を立ち去ろうとした。
許せ、紀野……! これはお前に対する言葉じゃなくて、久地宮を想像して発した言葉なんだ!
クネクネで気付いたと思うけど、振り返るのが怖い……。
頼むから、間に受けないでくれ!
「———大丈夫ですよ、先輩。私達は先輩後輩、それ以外の何者でもないんですから」
紀野……。
振り返った彼女の顔は、眩しいくらいに笑顔だった。
それはそれで、悲しい———……。
だが今はそれどころではない。
俺は逃げるように学校から立ち去った。その後を追いかけるようについてきた月音は、笑い声を抑えきれずに苦しそうに腹を抱えていた。
「アハハ、斉藤くん、見た? あの強がった顔! 最高、あのアバズレ女! ざまみろって感じ! あー、スッキリした♡」
うわぁ……この歪んだ笑顔、引くわ。
けど、この感じだと取り巻きちゃんの情報通りかもしれない。
何で俺が紀野を好きだってバレたのか……。
最初は俺から辿って知ったかと思っていたが、どうやら経路が違ったらしい。
最近、月音ちゃんのお気に入りの先輩が、近くの学校に通っている紀野凪のファンだってことを知って、嫉妬心を燃やしていて。
『そもそもネットニュースに載っていたっていっても、俺が載っていたんじゃなくて千石雪人が掲載されてただけだ。恋敵である紀野のことを調べていたら、偶然その記事を見つけて、俺を利用した……ってところだろう』
つまり、俺は巻き添えを喰らったようなもんだった。
月音は俺のことなんて、すっかり忘れていたけど、まぁ、コイツの性格じゃ陰気でチョロいから、脅せば言いなりになるから利用してやろーくらいの気持ちだったのだろう。
実に不愉快である。
当て馬ですらないくせに、俺の恋路を邪魔しやがって、コイツは……!
よくよく考えたら、300近い着信も、本当に好きな奴にしたら嫌われるんじゃないかと思って出来ないよな。
普通に頭がおかしいヤンデレかと思ったが、好きでもない奴相手だから、どう思われても平気だという魂胆だ。
「ふふ♡ それじゃ、斉藤くん。また放課後ね?」
俺は月音の姿が見えなくなるまで見届け、そのまま紀野のところへと急いで戻った。
「紀野、俺は!」
「もう先輩、アレなんですか? いきなりだったからビックリしたんですけど」
どうやら一緒に聞いてた生徒にも、ドッキリだったと説明して回ってくれてみたいだ。良かった……、変な噂が広がるところだった。
「昨日、先輩が連絡してくれたから良かったけど、何も知らなかったら泣いてたかも、私」
「うっ、ゴメン……、俺が不甲斐ないばかりに」
「いいですよ、気にしないで下さい♪ むしろ先輩も被害者だし。それより放課後でしたよね? あの作戦、本当に実行するんですか?」
当たり前だ、決行するに決まっているだろう?
せっかく取り巻きちゃんが教えてくれた有力な情報なんだ。活用しない手はない。
「あぁ、俺は暁さんのところへ行って、メイクしてもらってくる」
もちろん、月音とのデートに備えて、入念に準備する為だ。
俺は紀野との平穏な日の為に、覚悟を決めたのだ。
▲ ▽ ▲ ▽
「あー、今朝は面白かったなァ。蘭ちゃんも一緒に行けば良かったのにー。紀野凪が大勢の前で盛大に振られて、面白かったよ? 最後には強がりまで言って……ぷぷっ、思い出しただけでもウケる」
取り巻きちゃんである友人、蘭に向かって愉快に語る月音。自分で用意した茶番を見て、よくそんなに笑えるなって嫌気がさしていた。
そして今度は斉藤を使って、振り向いてくれなかった先輩に仕返しをする計画だ。
今までどんなに告白したり、アピールしても、眼中に入れてくれなかった先輩。
けど、そんな先輩よりも、見た目だけはいい斉藤を連れて歩けば、惜しい魚を逃してしまったと後悔するかもしれない。
「中身はクソつまらない隠キャだけど、役に立ってくれれば本望だし」
まぁ、本当にダディーズに入ってくれれば、芸能人の彼氏ってことで自慢になるし、キープくんにしててもいいかもしれない。
「あ、月音。もしかしてアレ、斉藤じゃない?」
蘭が指差した方を見ると、門の外で待っている忠犬ハチ公みたいな斉藤の姿が見えた。
私が外に行く前から待ってるなんて、意外とやるわね。
ご満悦に笑っていると、他のクラスの女子達が騒ぎ始めた。
ふふふ、斉藤は見た目だけはいい男だからね♡
私はご満悦に浸りながら彼の元へと急いだ。
まるで少女漫画のヒロインのように、私のことを待っている彼氏のところへと急いだ。
アハハ、周りの視線が気持ちいい! このカッコいい人が、私の彼氏なのよ!
「おまたせ、斉藤くん。大丈夫だった?」
「大丈夫だよ」
そう言って振り返ったかおに、思わず絶句してしまった。
アレ……? 斉藤くんって、こんな顔だったかしら?
明らかに昨日、今日に比べても眉も太くて、ほんのり繋がっている。黒目も小さく感じるし、ホクロかシミか分からないけど、肌の汚さが目立つし、心なしか歯も汚い。
「え、斉藤くん……だよね?」
「斉藤だよ。ほら、デート行くんだろう? 早く行こう」
手を差し伸べられたけど、正直繋ぎたくなかった。こんなダサ男が彼氏だなんて思われたら、私の沽券に関わる。
そもそもこんなダサい男じゃ、先輩の関心も引かないじゃない。
「行かないのか? それならもう帰るけど……?」
「うん、そうしなよ? きっと斉藤くん、今日は調子が悪いんだよ。いつもみたいにカッコよくないし」
あ、しまった。
ついカッコよくないとか、マイナスなことを言ってしまった。けど斉藤くんだし、気にしないよね? どうせ隠キャ野郎だし。
バイバイと手を振って見送ったけど、この時の私は気付かなかった。
作戦通りだと喜んでいた顔を、私は知る由もなかった。
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