明日はデートをしましょ♡

 こうして長い1日を終えた俺は、改めてスマホの画面を見て落胆した。


 何だよ、この件数———365通って、ある意味奇跡。開くのも怖い……むしろ恨み連ねた言葉の方が100倍嬉しい。


 俺は恐る恐る開くと、案の定、愛の言葉で溢れていた。よくもまぁ、数年ぶりに会った男にこんなに言えるもんだ。


 きっと押せば何とかなると、舐められているんだろう。昔からそうだ。

 気が弱い俺は長いモノに巻かれる傾向があった。下手に口出しをするよりも、一時的に我慢する方が効率がいいと言い聞かせていた。だが、それは都合よく使われていると気付いた頃から、息を殺すように存在を隠すようになっていた。


 図書委員の仕事もそうだ。下手に喚くよりも自分でコツコツしてる方がマシ。面倒な仕事を振られる前に、自分のやるべきことをして済ませるようになった。

 そんなしてるうちに、校内の誰も敵わないような修繕のプロになってしまったが。


 けどここは、覚悟を決めなければならない。

 思い切って月音ちゃんに決着をつける為に、通話のボタンを押した。


 やけに長く感じるコール音だが、実際は3回も鳴らないうちに通話が繋がり、悪魔の声が聞こえ出した。


『斉藤くん? 嬉しい、連絡返してくれたんだ。ってことは、私の気持ちを受け取ってくれたってことでいいのかな?』


 早い、早い! 俺、何も言ってないし!

 面と向かってなければと思ったが、アクが強いな、この子はもう!


「いや、月音ちゃんには申し訳ないけど、俺には好きな人がいるから、今日みたいに来られても困る。それに連絡も……、もうしないでくれ」


 ———言えた!

 言えた、言えた、俺、グッジョブ!


 このヤンデレ相手に心配したが、余計な心配だったらしい。ちゃんと要件は伝えたし、もう切ってもいいよな。


 だが一筋縄で行かないのが彼女、月音ちゃんだった。

 数秒の沈黙の後に、ボソっと呟かれた言葉は「きのなぎ……」


 何故、ここで紀野の名前を呟くんだ?

 昨日の今日で知るわけないのに。もしかして後をつけて、俺たちの様子を見ていたのか? そう思うと恐ろしくて、切断のボタンを押せなかった。


『モデルさんだよね? 可愛い子だよね。斉藤くんもあんな子が好きなんだね』


 やっぱり紀野で間違いない。身体が動かない……体温が下がって、脳にも酸素がいかず、目の前が霞そうだ。


『斉藤くんが私と付き合ってくれないなら、紀野凪のことをネット上にバラしてあげる。紀野凪は男を誑かして遊ぶよううなクズ女だって』

「い、いや! 何でそんなことをするんだよ! 紀野は関係ないだろう?」

『関係あるよ。だって紀野凪のせいで私たちは付き合えないんだよ? 地獄に落としても気持ちが晴れない……。私はこんなに斉藤くんのことが好きなのに、何で伝わらないんだろう』


 怖いからだよ、ふざけるなよ!

 大体、俺なんかのどこがいいのかも分からない。隠キャでリア充逝ねっていうような奴だぞ? 魅力皆無だろう?


 そう言えば、前はどうやって諦めたんだっけ……。

 俺がヒキョーの斉藤って呼ばれてダサくなったから、自然と距離を置かれるようになったんだ。


 顔か、所詮顔か? それとも俺がダディーズに入ると思って、固執してるのか?


『もし斉藤くんが私とデートしてくれて、その上で紀野凪を皆の前でこっ酷く振ってくれたら、紀野凪から手を引いてあげる』

「は?」

『早速、明日の朝、紀野凪を公衆の目前で振ってあげて? 『テメェみたいなブスに好かれても気持ち悪いんだよ、調子に乗るな、淫乱女!』ってね』


 気持ち悪い……この女の思考回路、どうなってるんだ?


「あの……俺、流石にそこまで口は悪くないので、そんな言葉遣いできません」

『そうなの? ごめんね、斉藤くん。それじゃ、大っ嫌いって宣言してね? そしてその日の放課後、一緒にデートしましょ♡』


 もう、どうでもいいや……。

 ただ、このままこの女を放置していても、ろくなことにならないことだけは分かった。当面は紀野を守る為にも、いうことを聞いた方がいいな。


 通話を終えてしばらくしてから、今度は月音の取り巻きの女子から電話が掛かってきた。もう、コイツら、本当に何なんだ?


『斉藤、やっと電話に出てくれた! 大丈夫だった?』


 は? 大丈夫なわけがないだろ、コノヤロー。

 今日はお前らのせいで、散々な日だったよ。


『ゴメン、今日は……アンタの学校に乗り込むような形になってしまって』


 あれ、コイツ……いつもと様子が違うぞ? こんなにしおらしい奴だったか?


『———本当は、アンタに迷惑をかけるつもりじゃなかったの。けど私も月音に弱みを握られていて、仕方なかったの』

「は? どういうことだ?」


 トラウマの一因だと思っていた取り巻きちゃんだが、彼女にも彼女なりの事情がありそうだ。


 幼少期、好きな男の子の消しゴムを盗もうとしたところを見られて以来、月音ちゃんに弱みを握られて、ことある事に呼び出されていい様に使われてきたと告白してきた。


『だから斉藤にも警告しようと思って———! 絶対に月音に絡んだらダメだ』

「あー……もう遅い。さっき脅されたところだった。俺の好きな子をこっ酷く振った挙句、自分とデートをしないと好きな子を誹謗中傷してやるって」


 あまりの自己中心的な発想に、取り巻きちゃんも絶句していた。

 本当にとんだヤンデレちゃんだ。


『酷い……っ、本当は月音、斉藤のことなんて、これっぽちも覚えていなかったのに、ネットで写真を見つけた瞬間に鬼のように調べ出してたの。それまでは学校で一番のイケメンに猛アタックしてたのにだよ? でも相手にされなくて、それに対して斉藤なら、ちょろいと思ってターゲットを変えたんだと思う』


 それが本当だとしたら、なんて残酷で救われないのだろう。俺も一応人間なので最低限の尊厳は守って下さい。


『斉藤、昔アンタに酷いことをした償いとして、私にできることは何でも手伝うよ。だから……絶対に月音に屈したりしないでね』

「……ありがとう。助かるよ」


 そうお礼を述べると、取り巻きちゃんは「へへっ」と照れるように笑った。


『けど久々に会ってビックリしたよ。斉藤、アンタって変わったね。カッコよくなってた』

「全然いいことないけどね。こんなことなら、イケメンにならなきゃよかった」

『アハハ、面白いよ、斉藤。私も……アンタとは普通の友達になりたかったよ』


 そして俺達は電話を終えて、明日に備えて準備を始めた。



 ———……★

 お読み頂き、ありがとうございます。

 なんか……コメディみたいなヤンデレになってしまいました。月音ちゃんには盛大なザマァをお見舞いしたいですね。


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