過去の敵は、今日の友?
「おい、斉藤……お前どうしたんだ? お前はそんな不良じゃなかっただろう? 髪切って中学デビューか? お前、今年受験生なんだぞ? 遅すぎるだろう?」
担任の先生が焦燥した様子で説教を始めたが、なぜ俺だけが怒られなければならないんだ?
クネ野郎は? アイツが先に絡んできたのに、俺が加害者になっているのだが?
「斉藤……周りの生徒もお前が久地宮を殴っているところを目撃しているんだぞ? 悪いことをしたら素直に謝る、子供でもできることをお前は……情けないと思わないか?」
先生の言うとおり、自分が悪いなら素直に謝る。だが今回に限っては、どう考えてもクネ野郎がいけないだろう。100人聞いたら99人は無罪だと言ってくれるはずだ。
先生、俺が口答えをしない無害キャラだからって、都合よく事を進めようとしてないか?
「あの、先生……! 斉藤くんは久地宮くんに絡まれていただけです!」
聞き覚えのある声が、異議を唱えてくれた。
関わらないでくれって一方的に告げたにも関わらず、俺の危機に駆けてつけてくれたのかよ。苦手な人だと邪険にして申し訳なかった、新山さん。
「けど久地宮は、暴力を振るわれたと訴えていたんだぞ?」
「いえ、彼はむしろ斉藤くんの胸倉を掴んで、壁に叩きつけてました! 他にも誹謗中傷をぶつけたり、けしかけたり………」
こうして真面目で成績優秀な新山さんの熱烈な援護のおかげで、お咎めなしで解放してもらえることになった。
「新山さん、ありがとう。助かったよ」
「ううん、余計なお世話だったかもしれないけど、何も悪くない斉藤くんが怒れるのは、みていられなくて」
ん、いつもよりしおらしい態度で、調子が狂うぞ? 彼女は顔を真っ赤にして全く視線を合わせてくれなかった。
「そ、そんなに覗き込まないで……っ、斉藤くんがそんなにカッコ良かったなんて、私知らなかったの」
「え、この髪? そんなに違う?」
「違うよ、全然! 髪だけじゃなくて、全体的にキラキラしちゃって……! すっかりイケメンに変身しちゃったんだね」
俺自身、中身は何も変わらないんだけどね。
それから俺達は、大した会話も交わす事なく、それぞれの教室についた。きっと彼女は「学校では関わらないでほしい」と言われたことを気に留めてくれていたのだろう。
「……あ、そういえば、あれから紀野さんと仲良くなったの?」
「え? 紀野?」
「うん、紀野さんって斉藤くんのことが好きなんでしょ? その髪も紀野さん絡みなんじゃないの?」
よく気付いたな、新山さん。
けどアイツは恋愛禁止だから、俺達の関係は秘密なんだ。
「俺の片想い。ほら、アイツってモデルで有名人だからさ。少しは外面磨かないと、眼中にも入らなそうだからさ」
———って、めちゃ恥ず! 片想いとか、こんなハッキリ言葉にしたことがないから、恥ずかしい!
何を青春染みたことをしてるのだろう。
そんなキャラじゃないだろ、俺。
「へぇー、そうなんだ。斉藤くんも楽しく過ごしてるんだね」
あー、もう止めて? これ以上は羞恥心に耐えられなくなる。真っ赤になって黙り込むと、新山さんは小さく手を振って「それじゃ」と教室に入って行った。
思っていたよりも悪い子じゃなかったんだな、新山さん。俺が勝手に思い込んでいただけなのか。もう俺に対して好意を抱くのをやめたから、憑き物が取れたようにいい人になったのか。
決めつけるのは俺の悪いところだなと、反省しながら教室に入ると、今度はクラスメイトが心配そうに駆け寄ってくれた。
「斉藤、ごめんな? 俺、お前のこと勘違いしてたみたいで」
「久地宮くんに反撃した時、カッコ良かったよ! あれだけ言われても殴らなかったのも、すごいよね」
あれ、もしかして俺の好感度、上がってんの?
いや、俺の好感度が上がってると言うよりも、久地宮のが下がってると言うべきなのかもしれない。
久地宮は教室の端で、しょぼくれるように一人で座っていた。いつも教室の中心で偉そうにしているのが嘘だったみたいだ。
そしてまわりで心配してくれるクラスメイトにも、少し恐怖を覚えた。ついさっきまで久地宮を持ち上げていたのに、今度は俺を持ち上げ始めて……まるで俺に久地宮の後になれといわれているようだ。
『千石さんにダディーズに入ってくれと言われた、あの時と同じような騒めきを覚えるな』
気付けば俺の意思とは関係なしに、外堀を埋められているような気持ち悪さ。
こんなことなら変わろうなんて思わなければよかった。
▲ ▽ ▲ ▽
やっと放課後を迎え、長い一日が終わろうとしていた。今日は紀野も仕事があると早目に帰ったので、俺もさっさと帰ろうと支度を始めた。
「え、斉藤くん。もう帰るの?」
「もし良かったら一緒に帰らないか?」
え、なんで? 今まで話したことがなかったのに? 何を話すって言うんだ?
正直、気まずさしかないのだが?
「———ごめん、用事があるから」
一生懸命笑顔を作って断ったけど、どうしても引き攣ってしまう。
きっと酷い顔をしていたのだろう。誘ってきたクラスメイト達も気まずい顔で納得してくれた。
くそ、今までならこんな苦労せずに済んだのに、リア充も大変だなと痛感しながら帰路を歩み始めた。
校門に差し掛かった頃、ふと他校の制服を纏った女子生徒の姿が目に入った。
何だろう、嫌な予感がする。
心臓がやけに騒がしい。背筋に悪寒が走る。
思うように息ができない———……。
「あ、斉藤くん?」
振り返ったその顔を見た瞬間、かつての思い出が鮮明に甦った。
小学生の頃に、泣いて追い詰めてきた女の子。泣かせたお詫びに付き合えって迫ってきた友達の顔まで思い出してしまった。
「すっかり有名人になったね。斉藤くん」
「———月音ちゃん……?」
二度と会うことがないと思っていたのに。
二度と会いたくないと願っていたのに。
俺の意思とは関係なく、周りがどんどん変わっていく。
俺はただ、紀野に相応しい男になりたかっただけなのに。
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