この、現金娘!
「先輩、先輩、先輩! 雪人くんと知り合いだったなんて、何で隠してたんですか! そもそもこんなイケメンだなんて聞いてないし! ズルいズルいズルい!」
学校に着くなり待っていたのは、宇佐美ちゃんの猛攻撃。
正直「えぇー……?」しか言えない。
だって、そうだろ? 俺は君に(意味も分からないまま)振られた被害者であって、何一つ悪くない。
「先輩、今からでも全然良いので、私と付き合いましょ? こう見えて私、めっちゃ優しいですよ? チューも沢山してあげますから♡」
「こ、断る! そんなのいらない!」
「先輩だったら、おっぱいも触って良いですよ? ポニョポニョですよ?」
ポニョポニョ?
魅惑的なワードに、一瞬心が揺らいでしまったが、紀野の殺意にもにた視線に目を覚ました。
危ない、危ない……さっきあんな約束をしたというのに。もう裏切るところだった。
「もう、宇佐美ちゃん。ダメー、先輩は私の先輩なんだよ?」
「えー、好きってだけで付き合ってないんでしょ? 私も好きになっちゃったから、これからはライバルだね♪」
軽! 枯葉よりも軽すぎる友情に、俺の方が驚いた!
「先輩もー……何もさせてくれない子よもり、エッチなことをさせてくれる子のほうがよくないですか?」
「ダメダメ! そんなの絶対にダメなんだから!」
結局、遅刻扱いで登校した俺達は、保健室で待機させてもらっていたのだが、そこに何故かいた紀野の友達、宇佐美ちゃん。
本当に頭が痛くなってきたので、ベッドで休んでも良いですか?
「先輩、私が膝枕してあげますー♡」
「ダメー! 斎藤先輩、私が! 私がします!」
こ、これがいわゆるハーレム状態っていうのだろうか?
隠キャの俺に、こんなシチュエーションが訪れるなんて、思ってもいなかった。世のイケメンはこんな思いを味わっているのか。
俺がよからぬことを考えていることを見透かしているのか、紀野はムスーっと頬を膨らませている。
シマリスみたいなそのほっぺ、プシューっとしてぇ!
「っていうか、すごい勢いで先輩のファンクラブ出来てますよ? 凪ちゃん、ヤバいと思う」
「えェ———……」
あ、宇佐美ちゃんはそれを伝えにきてくれたのか。
最初は何しに来たんだって本気で疑いそうになったよ。ゴメンね?
「え、私は本気で先輩を狙ってますけど? だって芸能人になるんですよね?」
「いや、ならないって」
「それじゃ、紹介でいいですよ♡ 雪人くんは結婚しちゃったから、錦城くんでも♡」
「だから俺は芸能人にならないから。俺に唾をつけても何の意味もないよ?」
「先輩の役立たず!」
うおぃ! 案外ここまでワガママだと清々しいな!
「でも実際、気をつけた方がいいですよ? もう先輩の世界は180度変わってしまったんですから。今まで通りになんて過ごせませんよ?」
———俺はただ、髪を切っただけなのに?
自分からは何も発信してないのに?
きっと宇佐美ちゃんは大袈裟に言ってるだけだ。
そう、重く捉えずにいたのがいけなかった。
俺はこの後、最大のトラウマと遭遇することになる。
▲ ▽ ▲ ▽
そして給食の時間が終わり、それぞれに教室に戻った時、ドアを開けたと同時に胸倉を掴まれ、そのまま壁ドンを味わう羽目になった。
「おうおうおう、ヒキョーな斉藤。お前、凪ちゃんとどこに行ったのさ?」
く、クネ野郎こと久地宮……。テメェこそ何のつもりだ?
掴まれた胸倉に力が籠る。本当にコイツは……。
「お前さ、調子に乗るなよ? ちょーっと顔が良かったからって、所詮お前はオドオドして、気持ち悪いことしか考えられない屑野郎なんだからな? 本来なら凪ちゃんみたいな子の隣にいるのは、俺のような奴なんだ。何でお前なんだよ……お前はさァ!」
「……お前みたいなイケメンなら隠キャに何をしても、何をいっても許されるのか?」
別に俺は、調子に乗ったつもりはない。
ただ、紀野の隣にいても恥ずかしくない人間になりたかっただけで、紀野が恥ずかしい思いをしないようにって、その一心だけだったのに。
「少なくても紀野は、人を見下すような奴を選ばねぇよ。それに紀野は———……」
見た目だけで判断するような子じゃないから。
「は? 結果を見てみれば、凪ちゃんもお前の顔に惚れたホイホイ女じゃん。顔だけしか取り柄がない奴が何を言ってんだ?」
紀野を悪く言われた瞬間、頭に血が登って、掴まれた腕を払い落とした。
少し離れたところから悲鳴が聞こえる。
気付いたら俺は、久地宮に馬乗りして拳を振り上げていた。
「や、止め……っ、ゴメンナサイ、もう言いませんから……暴力だけは、暴力だけは……!」
え、俺……殴ってた?
確かに手の甲はヒリヒリ痛む感覚があるけど、久地宮の顔に傷はない。牽制の為に床を殴ったようだ。
『自分の中に、あんな野生的な一面があったとは———……』
生徒指導室に連れて行かれる途中、青々とした空を見ながら、他人事のように自分のことを考えていた。
———……★
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