………あれ、周りが騒がしいようだ

 昨日はあれから死んだように眠っていたのだが、窓から差し込む太陽の光に顔を引き攣らせながら目を覚ました。


 眩し……過ぎる。

 太陽がすっかり登り詰めてるじゃねーか!

 目覚ましアラーム、何で仕事してねぇんだ?


 急いでスマホを取り出すと、真っ黒いままスンとも言わなかった。


 電源切れると、ホンマに役に立たねぇな!

 時計を見ると、急いで着替えても遅刻ギリギリだ。飯も充電の時間もない。


「くそォ……っ! 調子に乗った瞬間にコレだ! ふざけんな、俺!」


 しかし髪だけは、ワックスだけはしなければならない! これだけは暁さんの弟子になった今、死んでも守らなければならない必須事項だ。


「けどなー、改めて……この短さは赤ちゃん以来だな」


 デコ全開だぞ? 生え際バッチリじゃん。

 だが、セットしやすい髪にしてくれて、師匠暁さんに足を向けて眠れない。

 カリメロから俺は、生まれ変わったんだ。


「よし、行くか!」


 こうして俺は、焦りつつも晴れ晴れとした気持ちで出た。


 ▲ ▽ ▲ ▽


 ちなみに、遅刻寸前だったが間に合ったかって?


 優雅に髪をセットしていた奴が、間に合うわけがない。

 学校の近くのコンビニの辺りでチャイムが鳴って諦めました。ご愁傷様です(チーン)


 廊下ですれ違った先生に謝りながら廊下を歩いたが、何やらいつもと雰囲気が違う。

 どこか余所余所しいというか、斎藤と認識していないような。


 まぁ、いいや。そんなに怒られなくてラッキーと喜んでいよう。


 とっくに始まったホームルーム。妨げないように静かに教室に入ろうとした瞬間、俺の存在に気付いた男子が「斎藤だ!」と大袈裟に声を上げた。


 それだけならまだしも、他の生徒まで一斉に振り向きだして、何何何?


「な……っ?」


 まるで雨に群がる蟻のように、一気に集まって気持ち悪い。

 遅刻がそんない悪いのか? 意外と皆もしてるだろう? 俺だけを責めるなんて、差別だ!


「おい、斎藤! お前、ダディーズに入るって本当か?」

「いつの間に千石雪人と知り合ったの? ねぇ、サイン頂戴!」


 は……? いや、俺はダディーズになんて入らないぞ?


「斎藤バズりまくりだから! 千石推薦、期待の新人って!」


 いや、知らない! 知らねぇし!


「千石さんとは昨日初めて会ったばかりだし! 俺は芸能人なんて興味ないし!」

「嘘だー! 芸能人になりたくて紀野凪ちゃんに近付いたんじゃないの? 最近、仲がいいからおかしいと思ったんだよね」


 ———は? 聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 芸能人になりたくて、紀野に近付いた?


 んなわけないだろ? ふざけんな!

 だが俺の言葉よりも先に、担任の先生が声を上げた。


「席につけ! 斉藤への質問は後でもいいだろ?」


 やっと質問攻めの野次馬から解放されたが、胸糞は悪いままだった。


 なんで俺の知らないところでそんなことになっているんだ?


 ふざけるな……。


「こら、斉藤も席につけ。早くホームルームを済ませたいんだよ、先生はー……」


 気怠そうな伝達を終えて、先生が教室を出たと瞬間、また押し寄せるように級友達が集まってきた。


「ねぇねぇ、これって斉藤くんでしょ? 千石くんと仲良さそうで羨ましいなー♡」

「これって凪ちゃんも一緒に撮ったの? 芸能人二人といても違和感ないなんて、斉藤くんもイケメンだったんだね」

「それで、斉藤くんも芸能人になるの?」


 うるさい———と、机を叩こうと思ったが、それよりも先に椅子を蹴り倒した不機嫌な音が聞こえた。


 静まり返った教室。

 その犯人は久地宮だった。


「おい、斉藤。お前さぁ、調子に乗るなよ? 昨日まではお笑い芸人みたいな髪してたくせに! テメェが芸能人になれるなら、俺はハリウッドスターだ!」


「………は?」


 的外れな反論に、怒りすら忘れちゃったよ。

 え、久地宮はハリウッドに興味があったのか?


「何を勘違いしてるか知らないけど、俺は芸能人になんて興味はない。ダディーズにも入らないよ」


 そう断言したけど、周りは納得してないようだった。

 あー、コイツら、今まで俺のことなんて興味なかったくせに、現金な奴等め。


「けどさー、この写真は本物だろ? 現に斉藤も……スゲェかっこよかったし」

「別にかっこよくないよ。皆も知ってるように、俺はただの隠キャだし」


 見た目だけじゃ生きていけない世界だってことは、俺も重々承知してる。


 俺には無理。以上!


「でもな! いくら斉藤にその気がなくても、周りは放っておかないぞ? 千石雪人の発言のせいでダディーズのメンバーもめちゃくちゃ怒ってるし!」


 いや、だからさ……俺は関係ないだろう?


「千石さんが勝手に言ったことだから、俺に文句言わないでくれ!」


 中学3年という大事な時期に、俺は何をしてるんだろう。情けなくて涙が出そうだ。


 すると廊下を走ってきた生徒が、息を切らしながら尋ねてきた。


「斉藤先輩! 何で連絡とってくれないんですか! あの、その、今すぐ事務所に来てくれませんか?」

「紀野? え、今?」


 え、学校は? お前も本業学生だろう?


「ごめんなさい! 緊急事態なんです!」


 俺には拒否権もなく、そのまま校門に待機していたタクシーに乗せられた。


 ………事情が読み込めない。

 髪を切ったことで、何らかの変化があったら嬉しいと思ったが、こんな大掛かりなことは望んでいなかった。


『斉藤、髪切ったのか?』

『実はカッコ良かったんだな、見間違えたぜ』


 そのくらいのことしか望んでいなかったのに。


 頭を抱えて悩んでいる俺の隣で、紀野も申し訳なさそうに唇を噛み締めていた。


「斉藤先輩、ごめんなさい……昨日の写真、千石さんが勝手に上げたみたいで」

「……だろうな。まぁさ、写真くらいは別にいいんだけど……それだけでこんなに大事になるもんなの? 有り得なさ過ぎてビックリなんだけど」


 紀野はまた、困ったように口篭ってしまった。

 いや、紀野を困らせたいわけじゃないんだけど、俺もこの事態が信じられなくて、どうしたらいいのか分かんないんだよ。


「あの……ね? 先輩、これは……単純にバズったの」

「は? 何で? 千石さんがダディーズにって言ったから?」

「ううん、違うよ。先輩がカッコ良いから」


 ———は? 紀野、流石に寝言は寝てから言ってくれ。


「違うよ、先輩。皆が先輩のかっこよさに気付いたせいだよ? 私だけが知ってた先輩が……バレちゃった」


 いや、だってイケメンなんて、案外そこら辺に沢山いるし。SNSなんかイケメンだらけじゃん?

 それだけでバズるなんて、有り得ない。


 そんな討論をしてる間に、紀野と千石さんが所属している事務所についてしまった。




 ———……★


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