はい、チーズ

「もし良かったら、ビフォーアフターで写真を載せたいんだけど、どうかな?」


 あの黒歴史の…パッツンカリメロを?

 できることなら、それは勘弁してほしい。それこそ正にデジタルタトゥーになりかねない。


「今の写真ならどれだけ撮ってもいいので、ビフォーアフターは……スイマセン」

「そっか、それは残念だな。バズると思ったんだけどなー」


 暁さん、中々な策士じゃないですか?


 しかし何度見ても、自分じゃないみたいでビビってしまう。

 多少のメイクを施されているにしても、昨日の俺とは別人だ。これだけでも十分宣伝になるが、ビフォーがビフォーなだけに、並べて掲載したい気持ちは分かる。その方が暁さんの実力が一目瞭然だ。


「その代わり、斎藤くんは今後僕のお店の専属モデルになってもらいよ? ちゃんとギャラも払うから」

「え、ズルい! 私も先輩と一緒に仕事したい! 暁さん、もし女の子のモデルが必要なときは私に声を掛けて下さいね?」


 え、もしかして暁さんって、手広く事業してる人? 安易にOKしてしまったけど、早まった?


「ちょっと服とかアクセサリーとかデザインしたりもしてるよ。ジェンダーレスをテーマにした感じとか?」

「私も暁さんのデザインした服を撮ってもらったこともあるんですよ? カッコ可愛いから大好き♡」

「俺も俺も! 彼女と一緒にコーデとか、しやすいんだよねー」


 千石さんの彼女って、噂の彼女だろうか……。なかなか興味深い意味深な発言だ。


「凪ちゃんに頼むときには事務所を通さないといけないから、少し面倒なんだよね。僕もそろそろ専属のモデルが欲しいと思っていたし、とりあえずバイト感覚で……お試しでね?」


 いや、そんな……俺なんかでいいのだろうか?

 急に不安になってきたけど、今更お断りは可能かな?


「まずは今日のカットの撮影をね。カメラを撮ってくるから待っててよ」


 そう言って店の奥へと消えていった瞬間、狙っていたかのように千石さんが隣を陣取ってきた。


「えー、やっぱカッコいいなー。今までスカウトとかされたことなかった? モテるだろう? あ、でもあのパッツンじゃモテないか。斎藤くんはあーゆーのが好きなの?」


 ぐいぐい迫ってくる彼に圧倒されて何も言えなかった。

 代わりに間に割って入ってきた紀野が、俺の言い分を代弁してくれた。


「先輩はオシャレに疎い子なんです! それに千石さんみたいにモテるために、チャラチャラするような人じゃないんで!」


 おーい、紀野さん? 確かに疎かったけど、無理やり千石さんにケンカは売らなくていいんだぞ?


「っていうか、写真撮っていい? ハイ、チーズ⭐︎」


 写真? いやって言う前に一人だけ決めポーズを取って、ズルくないですか千石さん!


「おぉ、凪ちゃんも流石! 斎藤くんは……カッコいいから、いっか♪」


 見てみると俺だけが真顔で、カッコ悪っ!

 本職二人と並ぶと一人だけ浮いて見える。ちょっと、そんなの消して下さいよ?


「ズルい、私も先輩との二人の写真撮りたい! 先輩、撮りましょ♡」


 意図せず撮影会が始まったのだが、本当に恥ずかしい!

 何で俺は芸能人二人と一緒にいるのだろう? 場違いにも程がある。


「あー、いい雰囲気だね。そのまま……何枚か撮るね」


 少し離れたところから、一眼レフを構えた暁さんが姿を見せた。

 え、この二人も一緒に撮るの?


「SNSに上げるのはダメ? 凪ちゃんと千石くんは連絡してた方がいい?」

「別に暁さんにはお世話になってるし、いいって言われそうだけど、一応お願いしてていいですか?」

「オッケー……んじゃ、3人とも楽にして、談笑してみてよ?」



 つい数ヶ月までは、何の面識もなかった紀野と、こうして笑い合って、一緒に写真撮って……夢見たいな時間だ。

 ついでにテレビの世界の人間、千石さんもいるし。


「………斎藤くん、今、俺のことついでって言った⁉︎」

「え、俺、心の声、漏れてました?」

「本当に言ったのかよ! ガッテム!」


 隠キャだった俺の世界が、紀野と知り合ってからどんどん変わっていく。あまりの目まぐるしさに目が回りそうだ。

 キラキラと眩しくて、このまま気を失ってしまいそうなくらい。


「エヘ、先輩! これからは仕事仲間ですね!」

「そうなのか? いや、待て。俺は芸能人には……」

「いいんだよ、斎藤くん。君はそのまま、カメラの前でだけ頑張ればいいから。それに僕らはそのままの君を撮りたいんだ。無理してなろうとしなくてもいい……肩の力を抜いて?」


 ———上手く乗せられている気もするが……そんなに悪い気はしないから。


 俺達は煽てられるままに、撮られ続けた。

 そして千石さんは髪を切ることなく帰ったし、俺達も遅くなり過ぎないうちに帰ることにした。


「先輩、髪、どうにかなって良かったですね♡」


 紀野の言う通りだ。

 もしあのまま髪が伸びるまで待たなければならなかったら、地獄だったに違いない。


 きっと俺のあだ名はヒキョーな斎藤から、パッツン斎藤に変わっていただろう。


「私としては、千石さんのグループに入ってくれた方が同じ事務所になるから嬉しいけど、暁さんもメイクとか頼むことが多いから、これからは一緒に仕事をする機会もあるかもしれませんね♡」


 確かに仕事の時間が増えれば、恋人同士でなくても一緒にいられるし、違和感がないかもしれない。っていうか、だからあんなに勧めていたのか。


 そんなに一緒にいたいって思っていたなんて、可愛いな、紀野。


「先輩との写真も増えたし、ラッキー♡」

「……俺も。まさか紀野とこんな写真が撮れると思っていなかったから、素直に嬉しかったよ」


 もうすぐ紀野の家に着く。そんな距離で、紀野は俺の手を繋いで、覗き込むように顔を近付けてきた。


「………先輩、おやすみなさい」

「お、おやすみ。紀野」


 もしかしてキスされるのか、と身構えていると、彼女の唇は耳元に近づいて「大好きです♡」って囁いてきた。


 と、吐息! エロ、何この……脳にゾクゾクくる囁きは! 最高級ASMRかよ!


「エヘヘ♡ また明日です、先輩!」


 最後の不意打ちにすっかり腑抜けになった俺だったが、何とか家に帰り着くことができた。


 まるで夢のような出来事だったな……。

 もう二度と体験することないような、豪華共演だった。


 だが、そんな気の抜けたことを考えている間に、とんでもない事態が起きていたなんて、俺には知る由もなかった。




 ———……★

 パッツン斎藤の明日はいかに?

 また次回からは学園パートになります。

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