夢心地、そして現実

「しかし、そもそもカースト上位の紀野が俺みたいな隠キャに絡む時点でさ、怪しむ奴が沸きそうじゃないか?」


 恋愛禁止を掲げているのは分かったが、もう少し普段のスキンシップを控えてもらわなければ、良からぬ噂を流す輩も増えそうだ。

 すでにクズ野郎とか、怪しんでいる奴もチラホラだ。


「えー、そんなの自意識過剰ですよー! 人って自分が思ったよりも興味ないんですよ?」

「普通ならな! 紀野、お前はもう少し意識を高めろ!」


 ———とは言いつつ、そもそも俺が隠キャなのがいけないんだ……。

 俺が紀野の回りにいるようなイケメン集団なら、何の問題もないはずなのに。


「えー……先輩なら直ぐにイケメンの仲間入りできますよ?」


 また一段と距離を縮めて! 首を傾げて覗き込んでくるな! こんな光景、誰かに見られたらキスしてると思われるぞ?


「えへへー♪ ごめんなさい♡」

「可愛く謝れば許されると思うなよ?」

「もう、先輩、許して下さいよ? 私、優しい先輩が大好きなんですから♡」


 だーかーらー、その軽々しく好きって言うなって!

 コイツ、本当に自重する気はあるのか?


「それじゃ控えますね……。もう先輩には好きって言いません」


 うぐっ、それはそれで寂しい……!

 二人きりの時は、言ってもいいかも……しれない。


「あはは♡ 先輩も単純ですね? そんなところが好きですけど」


 ハイハイ、言ってろ。


 しかし、俺ももう中学3年生。

 そろそろ小学時代のトラウマから解放されてもいいのかもしれない。


 ゆくゆくは交際していきたいから、それまでの間に釣り合う人間にならなければならない。


 紀野は……やたらと俺の前髪を切りたがっていたよな? 短いのが好きなのか?


「……? 先輩、どうしました?」

「いや、何でもない。そろそろ他の生徒も来だすかもしれないから、今のうちに帰った方がいいぞ?」


 名残惜しさはあるが、いつまでもこうしてるわけにはいかない。


「……先輩、今日の夜、連絡してもいいですか?」

「あれ、俺達って付き合ってないんじゃねぇの?」

「———先輩の意地悪」


 イーッと白い歯を見せて去っていく紀野を見届けて、俺も計画のために行動に移した。


 この辺で予約の取れる、カリスマ美容師を探さなければ……!

 できれば今日、これからでも。


「見てろよ、紀野。俺の本気を目の当たりにするがよい」


 こうして俺は、イケメン計画を決行したのであった。


 ▲ ▽ ▲ ▽


 昨日、憧れの先輩と気持ちを伝え合い、最高潮の気持ちで学校への道のりを歩いていた。


 昨日もたくさんメッセージを送り合って、まるで恋人のような関係に夢心地だった。


「はぁー♡ こんなことならもっと早く気持ちを伝えていればよかった」


 くれぐれも二人の関係はバレないようにしないといけないんだけど、少しでも好きな人に会いたくなるのは仕方ないよね?


 少しだけ先輩の顔を見ていこうと3年の教室に向かうと、何やら騒がしかった。

 どうしたのかな? 何かあったのかな?


 ヒョコ、ヒョコっとジャンプをしていると、クスクスと嘲笑する声が聞こえた。面白いことでもあったのかな?


 人集りを掻き分けて中を覗いてみると、そこには信じられない光景が待っていた———。



「おい、斎藤w その髪、どうしたんだ? ママにでも切ってもらったのか?」

「ウルサイ、放っておいてくれ……!」

「だってよー、あんまりだろう? そのパッツン! カリメロか? それとも某ラップのCM姉妹か?」


 ギャハハと指差しながら笑う久地宮先輩と複数の男子生徒。そしてその中にいたのは、眉毛をバーンと見せたパッツン前髪の斎藤先輩だった。


『なななっ! せ、先輩! 何その髪は!』


 百歩譲って言っても、ダサい!

 あんなにカッコいいと思っていた先輩が、弩級にダサい‼︎


 眉もボサボサのままだし、いくら他のパーツが良くても、ダサいが勝つ!


 今直ぐにでも手直しをしてあげたい。

 でもそんなことをしたら、私達の関係がバレてしまう!


 ワナワナ震えていると、先輩がこっちを見て『ゴメン……』と口パクで伝えてきた。


 せ、先輩は何も悪くありません……!

 でも、髪を切るなら私に一言相談して欲しかったです。


 天国から地獄に突き落とされたような衝撃に耐えながら、フラフラした足取りで教室へと向かった。


 そして案の定、そこでも洗礼を受ける羽目になった。


「凪ちゃん、先輩……! 見た見た? めっちゃウケる髪型になってるの!」


 昨日、あれだけダサくないと言い張った身としては、何とも遣る瀬無い気持ちにさいなまれた。


「目とか鼻とか、パーツは整ってるのに、逆にあそこまでダサくなれるなんて、一種の才能だよねー」

「お笑いの才能ありそうだよね、斎藤先輩」


 もう二人してバカにして!

 急にイケメンになってモテだすのも不安だけど、これはこれで納得いかない!


 絶対に先輩をイケメンにプロデュースする!


 私は急いでメッセージを送って、私のお気に入りの美容院を予約した。これは宣戦布告だ!


「今日、先輩のことを笑った人達を見返してやる!」


 バレたらいけないってことを忘れて、無我夢中に没頭していた。



 そして放課後、一緒にお店に行くのはリスキーだと判断した私達は、それぞれ向かうことになった。


 先についた私は、担当の人に要望を伝えて待っていたのだが、その人も先輩を見るなり腹を抱えて笑い出した。


「ぶははは! え、イケメンの無駄遣い! どうしてこんな髪型にされたの?」


 前までは前髪で隠れていた顔が、オープンになったせいで、真っ赤になっているのが一目瞭然になってしまった。


 見慣れれば、可愛いと思えなくもないんだけどね?


「い、いや……紀野がやがらと前髪を切りたがっていたから、美容師に『短めの髪でオシャレにして下さい』って伝えたら、こんなことに」


 え、先輩……私の為にその髪型に……?


 本来ならトゥクン……と、ときめくところなのかもしれないけど、その結果がこれではときめきたくてもときめけない。


 せめて眉だけでも整えてくれれば……!


「まぁ、強ちオシャレとも言えなくないけどねー。君の場合はもっと男らしいのが似合うと思うよ?」


 そう言って担当のあきらさんは髪を切り出してくれた。


「眉をちゃんと整えて、ムダ毛処理するだけでも変わるもんだよ? 君も凪ちゃんの彼氏なら、色んな事に興味を持たないとだね」

「い、今までオシャレとは無縁の世界で生きてきたので……。っていうか、俺、彼氏じゃないですけど」

「そういう気遣い、ここではいらないから大丈夫だよ」


 そう言って暁さんはあっという間に、先輩をイケメンに変えてしまった。


 ワックスで前髪を上げた先輩は、モデル仲間顔負けなほどカッコよくなってしまった。


『こ、これはこれで失敗したかも……!』


 カッコ良すぎる! 絶対に明日からモテてしまう……!

 暁さんのことだから、絶対に失敗しないと思っていたけど、想像以上すぎて驚いた。


「おー、これは斎藤くん。君もモデルになれるんじゃないか?」

「俺がモデル? いや、暁さん、寝言は寝て言って下さい」

「いやいや、ねぇ、凪ちゃん?」


 暁さんの言う通り、今の先輩なら人気モデルになれる。ううん、ならせたい。


 そもそも私は、先輩をモデルの世界に誘いたくて仕方なかったのだ。


「ねぇ、先輩……! 私と一緒にモデルになりましょう?」

「え、ヤダよ。そんなのなれるわけないじゃん! 大体さ、芸能人なんて見た目だけじゃなくてカリスマ性もないと」


「えー、俺もいいと思うけど? 君さ、俺の後釜としてダディーズに入らない?」


 すると、奥の部屋から話を盗み聞きしていた男性がこっちに向かって歩いてきた。それは、今、世間を最も騒がせているスキャンダルアイドル、千石雪人さんだった。


「え、雪人さん、来てたんですか?」

「うん、変装用に髪を切ってもらおうと思ってね。ねぇ、凪ちゃんは髪色、赤と青、どっちがいいと思う?」


 いや、ファンを裏切ったんですから、しばらくは黒のままがいいと思うけど?


 初めて見る芸能人に、先輩は餌に食いつく金魚のようにパクパクと口を動かしていた。


「ねぇ、君なら俺の跡を継いでくれると思うんだけど? お願いできるかな?」


 雪人さんはカッコつけて決めポーズをしていたが、それがトドメになって斎藤先輩は倒れてしまった。


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