落ちた影、重なる影……

 頬と口角の、ほぼ唇と言っていい場所に、掠めるように触れた紀野の———……。


 夢なのか? これは俺にとって都合のいい夢をみてるのだろうか?


 沈みかけた太陽の光が、二人の顔に影をハッキリと落とす。


 随分と長い時間、見つめ合ったような気がする。今、俺の前にいる紀野は、見たことがないくらい可愛い顔で、真っ赤に染まっていた。


「ごめんなさい、私……! なんか、雰囲気に流されて!」

「え?」

「なので、その……今日のことは全部忘れてください!」


 わ、忘れてください、だと?


 無理、無理だろ、そんなの!

 こんなにも幸福な気持ちで満たされているのに、忘れろと?


 仮にもファーストキスだぞ?

 え、俺が相手だなんて黒歴史と言いたいのだろうか?


 やっぱり間近で見たらキモいって思ったとか?


「………やっぱり紀野も、俺がダサ男だから」

「ち、違います! その……、私、先輩のことが好きだけど、好きになっちゃいけないんです!」


 は? 何だ? 謎掛けか?

 クイズに正解したら、ご褒美に付き合えるのか?


「付き合えないから言ってるんです! その、私、事務所から恋愛禁止って言われてるから」


 あー、そういうことか。


 ……………いやいや、待って!

 ちょっと待てよ?

 ってことは、紀野は……。


「付き合えないけど、俺のことは……好きなの?」


 ボンっと爆発して、紀野が茹でたこのように赤くなった。


 うわー、マジでマジで?


 ———マジで?


 どうしよう、語彙力が、何も言葉が思いつかない。

 だってあの紀野が、俺のことを好きとか、ドッキリとしか思えない。


 あまりの嬉しさに涙が出そう。

 口から心臓が出そうなんですけど!


「せ、先輩は……どうなんですか? その、私のこと……少しはいいなーって、思ってくれたりー……?」


 そんなの大好きに決まってるだろう‼︎


 恥ずかしそうにする紀野が可愛くて、思わず力一杯抱き締めてしまった。

 細くて、柔らかい……可愛い、俺の好きな人。


「先輩、苦しぃ……っ、」

「わっ、ごめん! あまりにも嬉しすぎて、つい!」


 慌てて離れると潤ませた目でジッと見つめて、今度は尖らせた唇でチュッ、チュと触れるようなキスをしてきた。


 耐えろ、耐えろ俺の理性!

 またしても抱き締めたい衝動に駆られたが、必死に寸止めで我慢した。


「えへへー、先輩、大好き♡」


 くそ、付き合えないって言っておきながら、こんなの酷いだろ? 拷問だ、拷問に匹敵する残酷さだ!


「俺も好きなのに、紀野のこと……」

「え、先輩、そんな小さな声じゃ聞こえませーん。なんて言ったんですか?」


 この確信犯、ニヤけた顔が意地悪過ぎるんだよ!


「でもゴメンナサイ。せっかくの告白なんですが、私、先輩とはお付き合いできないんです」


 え、何この三文芝居。


 ニヤニヤしながら言うな、おい!

 こちらは本日二回目の断り文句を聞かされてるんだよ?


「………で、俺はどうしたらいいん? 他の女の子とお付き合いしたらいいの?」

「だ、ダメ! そんなの絶対にダメ! 先輩のことを好きなのは私だけなの!」


 紀野、ちょろ……。

 可愛い子に好きって言われて、俺も満更でもない優越感に浸っていた。


「事務所に恋愛禁止って言われてるから……しばらくは今までみたいに、たまーにデートしたり、連絡取り合えたら嬉しいなーって思うけど……先輩、だめ?」


 ダメじゃない、ダメじゃないけど……。


 ズルくないか? 紀野の言い分ばかり聞いて、俺の要望は通らないの?


「せっかく紀野と両思いになったなら、もっと恋人らしいこともしたいんだけど」

「それはダメなの! 人前でイチャイチャとか、キスとかエッチなこととか、ダメなの!」

「いや、流石にそこまでは……」


 俺の予想以上のことを考えていたようで、思わず笑ってしまった。エッチだな、紀野は。思春期真っ盛りだもんな。


「うぅーっ! それじゃ先輩のいう恋人らしいことって何ですか?」


 すっかり拗ねた紀野は、頬を膨らませながら怒っていた。俺の考える恋人らしいことか……。


「おはようのメッセージとか、寝る前に電話して話すとか?」

「え、それ私もしたい♡」


 おいおい、恋愛禁止なんじゃねーのかよ?

 ガバガバな決意だな、おい!


「………本当は色んな奴に、紀野は俺の彼女だって自慢したいけど、それは迷惑かけることになると思うからやめておくよ」


 流石にこれには照れたので、顔を隠しながら言ったが、彼女も同じように恥ずかしがっていた。


「それ以前に、今の俺じゃ紀野に釣り合わないから、まずはイケメンになるように頑張る! いつか自慢の彼氏って言えるように、ひたすらオシャレを極める!」

「わー、楽しみにいしてますねー♡」


 うわっ、軽い言葉! くそ、紀野め! 無理だと思ってるだろ? コンチクショー!


 けどな、今の世の中、金さえあればどうにかなるもんだ。

 カリスマ美容師とカリスマショップ店員に頼めば、俺のようなモブでもイケメンになるんだぞ。


 自分にセンスがなくても、どうにかなるって素晴らしい!


「………それじゃ、俺達は恋人同士じゃないけど、お互いの一番ってことで」

「———はい。先輩、これからもよろしくお願いいたします」


 こうして俺達は、お互いの気持ちを伝え合い、晴れて両想いになった。





 ———……★

 いつもお読み頂き、ありがとうございます!

 もう少し先伸ばそう、先伸ばそうと思いましたが、無理でした。でも私からも……紀野ちゃん、斎藤先輩、おめでとう! 末長くお幸せに!


 そしてよろしければ、★やフォローなどよろしくお願いいたします!



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