いつもの場所で、待ってます

「はぁー……やっぱり運命の出会いって中々ないもんなんだね」


 保健室から戻ってくると、机に寝そべった宇佐美ちゃんとマリちゃんがいた。

 どうしたんだろう、テンション低めに見えるけど?


「あ、凪ー。具合は大丈夫? 心配したんだよ?」

「ちょっと横になったら元気になったよ。それより、どうしたの? 宇佐美ちゃん、元気ないけど」


 さっきまではあんなにヤル気で満ち溢れていたのに、何かあったのかな?


「それがさー、好きになった先輩が、思ったよりも微妙だったらしいよ?」


 微妙……? それって、斎藤先輩のこと?


「よく見たら思ってた以上にダサかったの。私、彼氏にするのはイケメンがいいから」


 え、宇佐美ちゃん、目が悪いんじゃない?

 あんなに素敵な斎藤先輩に、失礼な……って言いかけたけど、喉まで出かけた言葉を急いで飲み込んだ。


「やっぱ顔だけなら久地宮先輩の方が好みだから、久地宮先輩に告白するよ!」

「うん、頑張れ、宇佐美ちゃん!」


 斎藤先輩以外なら、応援する! 久地宮先輩は微妙な気もするけど、さっきの行動を見た上で選んでいるなら何も言わない。


「それとさ、凪ちゃん、ちょっとちょっと……」


 ひょいひょいっと手招きされた私は、何だろうとしゃがみ込んで耳を貸した。

 すると宇佐美ちゃんは周りに聞こえない声で「本当は私に言いたいことがあるんじゃない?」って耳打ちしてきた。


「………え?」

「ね、私さー、できれば凪ちゃんから言って欲しいからさ。ね?」


 気付いていたんだ……!


 いつ? いつから気付いていたの?

 隠してた私、すごく恥ずかしいじゃん……!


 黙ってて怒ってるかなって心配したけど、宇佐美ちゃんはニコニコしたまま待ってくれていた。


 大丈夫かな……言っても。

 観念したように正座に直して、こっそりと告白した。


「……私、斎藤先輩のことが好き」

「………やっぱり? そんな気がした!」


 でもさ、私の気持ちに気付いておきながら先輩に告白するなんて、酷くない?

 私がどれだけ心配したかも知らないで。


「ごめんね? ちょっと意地悪したくなったの。だって凪ちゃんって、いつもニコニコして余裕そうな顔してるでしょ?」

「そんなことないよ? 結構あたふたするし、泣いたりもするよ?」


 ついさっきも泣いてたし、ニコニコ笑ってるだけじゃない。

 一人前に嫉妬もするし、モヤモヤ悩んでヤキモチだってやくもん。


「うーん、でも凪ちゃんって趣味悪くない? 斎藤先輩、本当にダサいじゃん?」

「ダサくないよ? カッコ良くて頼りになる先輩だよ?」


 必死にフォローする私を見て、二人はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべていた。


「やっぱ恋する乙女なんだね♡ 美化フィルターついてるじゃん」

「そ、そんなのじゃないよ! 本当にかっこいいんだって! 皆、気付いていないだけでイケメンなんだよ?」

「またまたー。それ、凪だけだって。大抵の人はダサ男って言うよ?」

「酷い! それは先輩に対して失礼だからね?」


 必死に弁解するけど、聞く耳持たず。


 ———でも、素直に好きって言えてスッキリした。改めて私は、先輩のことが好きなんだって自覚した。


 ▲ ▽ ▲ ▽


 一方、いつの間にか振られてしまった斎藤は、ヒソヒソと言われ続ける級友の陰口に耐えきれず、いつのもように図書館へと足を運んでいた。


「何で呼び出された俺が振られないといけないんだ? 意味が分かんねぇ」


 返却ボックスに溜まった本を返しながら、ブツブツと不貞腐れていた。


 てっきり紀野が告白してくると思っていたのに、肝心の奴はいなかったし。


「———もしかして、友達審査に落ちたのか?」


 あの宇佐美って子が、紀野に相応しいかを見極めていたとか?


『先輩みたいなダサ男に、凪ちゃんは渡せません』って、落第の烙印を押してきたのか?


「うわっ、俺……なんてことをしてしまったんだ!」


 そうだよな、俺のようなダサい隠キャなんかを、キラキラ種族の紀野が好きになるわけがない。


 高望みもいいところだ……。

 俺って奴は、救いようもないアホだ。


 行き場のない怒りと情けなさを昇華させるかのように、誰もいない図書館でひたすら返却作業にいそしんでいた。


 季節は5月。衣替えも済んで、短くなった袖が涼しく感じる。大きなガラス窓の向こうには、青々とした空と白い雲が浮かんでいた。



 新しい本を取ろうと台に近付くと、ガラッと入り口のドアを開いて。


 誰だろうと覗き込むと、そこには紀野が身を乗り出すように覗き込んでいた。


「あ、先輩! ここにいたんですね」


 ブンブンと手を振って、おいおいお前、ここは図書館。静かに、暴れないで下さい。


 だけれども彼女はお構いなしに入ってきて、あっという間に俺のところへと来た。


 え、嘘だろ? もしかしてココで、告白するのか?


 ドキドキドキドキと待っていると、彼女はゆっくりと口を開いて「さっきは宇佐美が失礼しました」と謝罪を述べてきた。


「………え? 宇佐美ちゃん?」

「先輩に失礼なことを言ったんじゃないですか? ダサいとか……」


 あー、アレね。別に気にしてない、事実だし。そもそもよく知らない人に何て言われても、どうでもいい。


「先輩、残念でしたね」

「残念? 何で?」

「だって、宇佐美ちゃんみたいな子に告白されそうだったのに、流れちゃって」


 心なしか、紀野の口調が早口に聞こえる。

 何に対してなのか分からないが、もしかして怒ってる?


「別に残念じゃねーよ。俺のことをよく知らない人に好かれても、嬉しくないし」

「え、嘘。だってさっきは、付き合いたいって言ってたじゃないですか? 自分のことを好きで、好きで、仕方ない子が出てきたらって」


 だからさ、何をムキになってるんだ? 別に俺が振ったわけじゃないのに、友達と付き合わなかったことが、そんなに許せないのか?


 くそ、コイツ……俺の気も知らないで。


「宇佐美ちゃんは俺のことなんて好きじゃないだろう? そんな子に好かれても、嬉しくないって言ったんだよ」

「あんなに可愛いのに? 先輩、もしかして面食いですか?」


 隠キャのくせに生意気って言いたいのか?

 別に良いだろう? 迷惑をかけるわけじゃないんだから、想うくらいは許してくれ。


「俺は、好きで好きで堪らないくらい俺のことを知ってる奴なら、付き合いたいって言ったんだよ。誰でも良いわけじゃ———……」


 そこまで言って、失言に気付いた。

 そもそも陰キャの俺と仲良くしてくれるのは、紀野くらいしかいない。


 口元を押さえて紀野を見たが、彼女も耳まで真っ赤にして口元を隠していた。


 何だよ、その可愛い反応は……ズルいだろ?


 俺が一歩を踏み出すと、紀野は身構えるように後退りをした。

 だが、後ろに棚があることに気付いていない彼女は、思いっきりバランスを崩して倒れ込んでしまった。


「わっ!」

「紀野!」


 数冊の本が容赦なく降りかかってくる。

 咄嗟に彼女を守るように抱き寄せたが、まるで壁ドンのような、至近距離に心臓が止まりそうになった。


 時間が止まったような———……永遠にも想える張り詰めた空気が、二人の間に存在していた。


 生唾を飲み込む音が響く。

 吐息が、紀野の頬に掛かる。


 早く退かないとキモいって思われる———そう思いつつ、身体が動かない。

 違う、離れたくないんだ。


 もう少し、あと少しでいいからこのまま。



「………先輩、オデコの辺り……血が出てる」


 同じように紅潮した顔の紀野が、ゆっくりと手を伸ばして、前髪を掻き上げた。


 震えた彼女の指が、ゆっくりと輪郭を撫でて———そのまま吸い寄せられるように唇を重ね合わせた。


 初夏というにはまだ早い、新緑が香る五月晴れの昼下がり……。


 俺達は初めて、繋がり合った。



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