煮えきれない態度

 仲のいい友人、宇佐美ちゃんに聞かれ、私は口篭ってしまった。

 大好きな先輩と付き合いたいから、仲を取り持ってほしい———……。


 そんな彼女に、なんて答えたらいいのだろう?


「けど、あの先輩って隠キャっぽいから、凪ちゃんの協力がなくても簡単に落とせるよね!」

「え?」

「見ててね、凪ちゃん! 私、頑張ってみせるからね!」


 こうして宇佐美ちゃんは、一人で勝手に決意して、勝手に燃え上がっていた。


 一方私は……素直に伝えることができなくて、自己嫌悪に陥っていた。


『私の方が先に好きだったのに……。宇佐美ちゃんよりも、私の方が先輩の良いところをたくさん知ってるのに』


 今の関係でいいと思っていたけど、もし先輩に彼女ができたら、私はどうなるのだろう?


 宇佐美ちゃんはワガママで面食いで、ちょっと困ったところはあるけど、友達思いで優しい子だ。可愛いし、男子からの人気もある。あんな子に告白されたら、先輩も嬉しくて付き合っちゃうんじゃないかな?


 頭の中がグルグルして、気分が悪い。

 立っているのもままならなくて、座り込むように蹲った。


「凪ちゃん? どうしたの、大丈夫?」

「大丈夫、ちょっと眩暈がしただけ。私、保健室で休むから、先生に伝えててくれないかな?」


 気分が悪いのは本当。でも保健室に行くほどではないんだけど、今は一人になりたかった。


「一緒に行かなくても大丈夫? 保健室まで行こうか?」

「ううん、ホームルームに遅れちゃうといけないから」


 そう言って宇佐美ちゃんを先に帰らせた。


 静まり返った廊下で、私は一人でため息を吐いていた。

 先輩を思うだけで、片想いをしているだけで良かったのに、何でこんなことになるんだろう?


 私が素直にならなかったのがいけないのかな?

 私が、ちゃんと言っていれば……私が。


 ポロポロと溢れる涙。

 胸が苦しい……これは私が悪いことをした罰なのかな?


 すると、いきなり腕をぐいっと掴まれ、強引に立ち上げられた。あまりにも突然の行為に、声をあげそうになった。


「おい、紀野! 大丈夫か⁉︎」

「え………?」


 ハッとして振り返ると、すぐそばにいたのは斎藤先輩だった。

 何でいるの? 今、ホームルームの最中なのに……。


「いや、さっき……久地宮に絡まれてる時に顔色悪そうだったから、もしかしてと思ってきたんだよ。そしたら案の定、蹲っていたし」


 これは……自己嫌悪で蹲っていたんだけど。

 先輩が気付いてくれたことや、駆けつけてくれたことが嬉しくて、思わず甘えるように胸元に寄り添った。


 大きくて、頼りになる。


「………先輩、優しすぎです。大好き」

「………言っただろ? 俺はいつだってお前の味方だから、甘えたいときは、いつでも甘えていいって」


 そもそも、先輩は何でそんなに優しいの?

 誰にでも優しいの? だったら私、勘違いするからダメだよ……。


 先輩の心臓の音が、トクン、トクンと聞こえてくる。

 心地のいい、優しい音。


「ねぇ、先輩は……彼女、ほしいと思う?」


 もし宇佐美ちゃんが告白してきたら、先輩はOKしちゃうのかな?

 突然の質問に、先輩も取り乱すように慌てたけど、私の真剣な態度に気付いたのか、真面目に答えてくれた。


「そりゃ、俺だって年頃だし、欲しいとは思うけど」


 顔を真っ赤にして、可愛いな……。そんな照れてる顔の先輩を見るの、大好きだった。


「先輩のことが大好きで大好きで仕方ない女の子が告白してきたら、付き合っちゃいます?」


 キュッと胸元を掴んで、じっと見つめて尋ねてみた。

 先輩も、少しだけ目を逸らすように泳がせていたが、私の顔を見つめて応えてくれた。


「………付き合うと思う」


 その先輩の顔を見て、全身の力が抜けた気がした。


 きっと宇佐美ちゃんが告白したら、二人は付き合うだろうな。

 だって可愛いもん……断る理由がないもんね。


 私は先輩を突き放して、必死に強がるように笑顔を作った。

 泣いちゃだめだ、泣いちゃ……。


「先輩、ありがとうございます。少し元気が出ました」

「え、紀野?」


 踵を返して、先輩から見えない距離まで走った後、堪えきれなくなった涙をたくさん流した。


 先輩が幸せになるなら、応援しよう。

 私に出来ることは、それくらいだから。


「うっ、うぅ……っ、先輩っ、先輩……!」


 私は殻に閉じこもるように膝を抱え込んで、ひっそりと一人で泣いた。


 そして、そのまま先輩への想いを……閉じ込めた。


▲ ▽ ▲ ▽


 走り去る紀野を見て、酷い動悸がした。

 先輩のことが大好きで大好きで仕方ない子?


 そんなの———お前しか思い当たらないんだけど!


「え、嘘だろ? もしかして紀野、俺のことが好きなの?」


 心配で追いかけてきたけど、思いがけない収獲に嬉しさを隠しきれなかった。


 くそ、あのままの勢いで告白してくれたら、俺もOKしたのに。

 恥ずかしかったのか?


 いや、それとも男の俺から言われるのを待っているのか?

「先輩から言って欲しくて……♡」とか、堪らないんだけど。


 いや、確かに俺もね……もしかしてとは思っていた。好きでもない男と二人で出掛けたりはしないだろう。


 もしかしたら千石雪人の件も、俺の思い込み、もしくはガセかもしれない。そうでないと、あんなに呆気羅漢とはできないだろう。


 そうなると、最高のシチュエーションを考えて告白するしかない。

 紀野に告白される前に、俺が気持ちを伝えよう。


 紀野があんな想いをしてるとも知らずに、俺は有頂天に浮かれていた。


 ▲ ▽ ▼ ▽


「あの、斎藤先輩はいますかー?」


 今朝は久地宮を呼んでいた女子、宇佐美ちゃんが、今度は俺を呼び出してきた。


 嘘だろ、何で?

 まさか———紀野のやつが告白するために、呼び出してきたのか?


 連絡先も交換してるのに、なんて周りくどい。

 けれど仕方ない……紀野が呼んでいるならいくしかない。


 行く途中「何でお前が……?」って目で久地宮が睨みつけていたが、お前は自業自得。朽ちてしまえ、この節操なしめ!


「ど、どうした?」って気付いてない振りをしながら宇佐美ちゃんのところへ行くと、マジマジと見ながら「うーん」と唸られてしまった。


「あれェー? さっきはかっこよく見てたんだけどなァ? やっぱ斎藤先輩、隠キャっすね」


 はァ……⁉︎

 な、なんで呼びされた挙句、そんな暴言吐かれなくちゃいけないんだ?

 俺が隠キャなのは重々承知だ!


「やっぱ彼氏はイケメンがいいなー……。先輩、ごめんなさい!」


 え? 待って、何で俺が振られたことになってるの? って待て、紀野は? 紀野がまってるんじゃないのか?


「いくら隠れイケメンでも、普段がアレじゃなー……。ちょっと違うんだよねー。やっぱり久地宮先輩にしようかなー?」


 まさかそんな展開になってるとも露知らず、俺はただ呆然とすることしかできなかった。

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