リア充は何故か駅ビルに集まる
その日は、どこまでも澄み渡った爽やかな皐月空が広がっていた。生い茂った新緑が風に乗って届く……まさにデート日和。
「肝心な
まぁね、いくら楽しみにし過ぎていたとはいえ、待ち合わせの1時間前は早過ぎだったんだよ……。
迷子になったら、渋滞に巻き込まれたらって考えてたら、3時間前には準備を終え、もしかしたらと紀野も早く来るかもしれないと期待を胸に来たのだけど……。
早く来るどころか、バッチリ遅刻ですわー……。
メッセージも既読にならないし、どうしたんでしょうか?
「……デート詐欺? 俺のような暇人隠キャを騙して笑う、新たなドッキリか?」
ばっちりイメージトレーニングまで済ませて、恥ずかしいったらありゃしない。
だが折角街に出てきたのだ。本屋で新刊でも覗いて帰るか。気になる作家の新タイトルが出てたんだよな。
帰ろうと足を踏み出した瞬間、ぐいっと腕を引っ張られた感触に、思わずバランスを崩しそうになった。
「先輩! 遅くなってすいませんでした!」
懐かしい声……。
息を切らして、一生懸命走ってきたんだろうって様子が振り返らなくても分かる。
平然を装うように、唇を噛み締めて振り返った。
「心配したよ、紀野。大丈夫だったか?」
ある程度、覚悟はしていた。
だが自分が思っていた100倍可愛い紀野が、大きく肩で息をしていた。
大きめのパーカーにショートパンツ。黒のキャップと変装用の黒縁メガネ。そしていつもよりも濃い、女の子らしい華やかなメイク。
「わっ、私服の先輩って初めて見た! カッコいいー♪」
ぐっ、紀野の方が何千倍も可愛いって!
ここでさり気なく褒められる奴がモテるのだろう。
生憎俺にはそのスキルはない。
「ふふふっ、でも先輩。この服に髑髏のシルバーアクセサリーは似合わないですよ?」
だあぁぁぁぁっ! さっき調達した渾身のオシャレが!
イカついお兄さんがジャラジャラつけているから流行ってると思って買ったのに!
「ストリートの格好なら良かったのかもしれないですけど、先輩のはそーゆーのじゃないですよね? あれ、先輩ー?」
会って早々HPを抉るとは……やるな、紀野。
「ところで、今日の目的は何だ?」
「え?」
「俺の様なボッチを呼び出すなんて、よっぽどのことがあったんだろ?」
陽キャで人気者の凪のことだから、俺以外にも遊ぶ奴は沢山いるはずだ。わざわざ俺を指名したには、何か理由があるはずだ。
「ふふふっ! 流石先輩、見抜いていましたか。そうです、今日は先輩に見て欲しくて呼んだんです」
そう言って彼女は、俺の腕を掴んで軽やかに、タイルを跳ねるように走り出した。
まるで恋愛映画のワンシーンみたいな光景に、俺まで期待が膨らんでしまった。
紀野は、いつもこんな光景を見ているのか———……。
変装も無意味なくらい、周りが紀野に魅入っていた。
それもそうだ。
彼女の笑顔は眩しくて、いやでも視界に入ってしまう。
「先輩、こっちです! ほら、あのお店! チーズ専門店で、めちゃくちゃ美味しいんです♡」
おいおい、急ぐな、走るな!
俺はもう少し、この状況を噛み締めていたいんだ。
二の腕を包む柔らかな感触。フニフニとパーカー越しでも伝わってくる。
生きてて良かったー……。
「ここね、個室でソファーなんですよ? 真っ赤なソファーに黄色いチーズが可愛くないですか?」
気付けば俺達は部屋に案内されていて、狭い部屋に二人きりになっていた。
い、いいのか?
紀野、お前は事務所から彼氏とか、そういう類はNGが出ていたんじゃないのか?
———いや、所詮、俺。
こんな隠キャなモブじゃ、噂にすらならねぇよって?
鏡見てから言いやがれ、この野郎ってか?
「何をブツブツ言ってるんですか? 座りましょうよ、先輩」
ぐいっと引っ張られるように座り込んだ。
二人掛けのソファーは思ったよりも狭くて、肩が当たる。紀野の綺麗な顔が、すぐそばに見える。
「えへへー♡ 初めて来ちゃった、こーゆーお店」
は、初めて頂きました……!
ヤベェよ、心臓がいくつあっても足りねぇ!
可愛い可愛い可愛い可愛い……!
いくら雑誌でイメトレしたって、本物には敵わなかった。
「先輩、何を食べますか? 私のオススメはたっぷりモッツァレラチーズケーキとパンケーキ♡」
指でハートを作って、俺相手にサービス満載過ぎる!
ここはメイド喫茶か? 金を払わないと申し訳ないレベルの神対応。
「き、紀野が好きなのをたくさん頼めばいいよ。シェアすれば、色々食べられるだろ?」
「え、いいの? やったー♡」
なんでコイツ、こんなに可愛いの? 顔だけでも反則なのに、行動も全部可愛いんだけど?
「あ、早速……私、先輩に見せたくて、ずっと頑張ってたんだよ?」
俺に見せたくて頑張った?
何だと視線をやると、紀野はゴソゴソとカバンを漁り出して、何かを取り出そうとしていた。
何? 怪しいんだけど……?
まさか個室でしか出来ないような、アダルトな?
待て、紀野! 流石にそれはマズい! そもそも俺達は、お互いの気持ちも打ち明けていないのに!
「ほら、先輩。これ見て?」
「待て待て待て、紀野! まずは俺の気持ちを!」
「ん?」
固く瞑った目をゆっくり開くと、そこには綺麗に修繕された本があった。空気も入っていないし、寄れてもいない。これなら誰も文句は言いまい。完璧だ。
「あの日からずっと練習したんだよ? どう? 結構いい感じじゃない?」
「あ、あぁ、綺麗だよ。こんな短期間で驚いたよ」
俺ですら慣れるまで時間が掛かったのに。紀野は可愛い上に手先も器用だったのか。
「違うよー、たくさん練習したんだって。だって下手なままだったら、先輩と一緒に作業できないでしょ?」
「え?」
俺と一緒にする為に?
ヤベ、そんな健気なことを言われたら、俺———!
何十回も好きって言われるよりも堪える。
でも、ダメだ、ダメだ……! 紀野はただ、真面目に図書委員の仕事をしようとしているだけなんだ。
勘違いするな、俺……!
たまたま彼女に教えたのが俺だっただけで、図書委員なら他の奴でも良かったのかもしれないんだから。
「———紀野、よく頑張ったな。これなら新山さんも文句言わないだろう」
「やった♡ 先輩に褒められた」
「うん、スゴい、スゴい。今日は何でも好きなのを食べろ」
よっぽど新山さんに言われたことが、悔しかったのだろう。
もう彼女との問題も解決して、文句は言ってこないというのに。
「今日はね、目の前でも実践しようと思って。持ってきたんだよ、修繕セット」
「別に疑ってねぇって。紀野は真面目だって知ってるから」
「えー、先輩。本当に私のことを分かってますかー?」
意外と知ってるぞ? 一見細く見えるけど、意外と胸があることも。
甘いものが好きで、よくコンビニに
「もっと威張ってもいいくらい頑張ってるのに、少しも鼻にかけないで。スゴいよ、紀野は。俺なら威張り散らすのに」
紀野は俺の言葉に素直に反応した。耳まで真っ赤にして、嬉しいをはにかむ様に、面白い顔で照れていた。
「そ、それじゃ、先輩……! もし良かったら私と」
そう言いかけた時、タイミング悪く注文していた品物が届いた。
ズラズラと並ぶ美味しい誘惑。見ているだけでヨダレが溢れる。
「まずは食べよう……! これは絶対に熱いうちに食べるべきだ」
本当は紀野の言葉の続きが気になっていたが、勇気がなくてはぐらかしてしまった。
そして結局、その言葉の続きは聞けることなく、その日のお出かけは終了してしまった。
———……★
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