デート、その後、それぞれの夜

 紀野とのお出かけを終えた俺は、しばらく夢心地から抜け出せずにいた。


 だって、信じられるか?

 あの紀野とだぞ?


 個室でイチャイチャ……は、してないけれど楽しい時間を共に過ごして、あんなの意識しない方がおかしいじゃないか。


 あんなに真っ直ぐな笑顔を見せられて、勘違いするなって方がおかしい。


「いやいや、けど紀野だからなァ。息をするように好きだって言う奴だしな……」


 と、言いつつ、俺は満更でもない様子でソファーに座った。

 あの後も一緒に本屋に行って、新刊をチェックしたり、好きな漫画家について語ったり、雑誌コーナーで紀野の仕事について教えてもらったりした。


 あんなキラキラした女の子と楽しい時間を過ごしたなんて、俺の人生も捨てたもんじゃないな。


 あぁ、こんなに幸せなんて、隕石でも降ってくるんじゃねーかな?


 紀野に勧められて買った少女マンガを読みながら、ニヤニヤしていた。


 また一緒に遊びに行ったりしてぇな……。

 けど紀野は忙しいから、あまり時間がないかな。

 学校の帰りに、少しだけ本屋に寄ったりするだけでも楽しいんだけどな。


 さっき会ったばかりなのに、もう声が聴きたくなったが、彼氏彼女でもないのに電話を掛けるほど図々しくはなれなかっった。


 だが、メッセージくらいは許されるんじゃないだろうか?


 そう思って文章を綴っていた時、ふっと、俺は魔が刺してしまった。


 学校ではあんな調子の紀野だが、仕事の世界ではどうなのだろう?


 もしアイツがいつもと同じ様子なら、間違いなく噂になっているハズだ。勘違いする輩も少なくないだろう。


 逆に言えば、それでも何もなかったら、少しは期待してもいいのかもしれない。


 俺は指を怖ばせながら、スマホの画面を指差し出した。


「紀野凪、彼氏」


 そのワードから出てきたネタの多さに、驚きを隠せなかった。よくもまぁ、こんなにズラズラズラと溢れることだ。


 やはり紀野レベルになると、少しは注目されるのだろう。

 中には僻み満載のヒドい中傷記事もあったし、紀野も気苦労が耐えないだろうなと勝手に同情してしまった。


 えっと、歴代彼氏……?

 そんなの絶対に見るわけない。彼女はまだ中学2年生だぞ? 彼氏、いたことあるのか?


 疑心暗鬼していると、一つの写真がバーンと出てきた。紀野と……最近人気なダディーズの、歌って踊れるイケメンくんだった。


 熱愛報道……?

 ベリチュの人気モデル、紀野凪とダディーズの千石 雪人せんごく ゆきとのラブラブ写真———だと?


 どうせ噂だろうとたかを括っていたが、それぞれの頬にチュッとしてる写真を見て、全身がフリーズしてしまった。

 それはそれは、甘々でとろけるような雰囲気で、誰も文句が言えないような雰囲気だった。


「マジかー………」


 そうだよな、そうだと思ったよ。

 紀野みたいな高嶺の花が、俺みたいな底辺隠キャを好きになるわけがない。


 所詮、俺は図書委員だけの関係。

 俺なんかを好きになるなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないことなのに。


 あまりの衝撃に、ろくに記事も読まずに閉じてしまった。

 これ以上ダメージを受けたら、精神が粉々になってしまう。


 調子に乗ってカッコつけて出したカップを直し、慎ましくひっそりと腰を下ろした。


 千石雪入、カッコよかったな……。

 紀野と並んでいても、違和感なかったし、お似合いだったな。


「はは……っ、紀野のリップサービスを間に受けて、とんだピエロになるところだった」


 泣いてなんかない。

 泣くなんて、そんな資格もない。


 紀野は皆にしてるように楽しく話しかけてくれただけだ。それを俺が勝手に勘違いしただけ。


 アレを勘違いするなって方がおかしいし、うん……誰も悪くない。悪くない……。


 けど、もう———今日みたいに会えるかって言われたら、無理だ。


 だっておれは、やっぱり紀野のことが好きだから、勘違いしてしまうんだよ。


 拗れたストーカーになってしまう可能性もある。きっとこの辺りで退くのが正解なんだろう。


 傷が浅いうちで良かった。うん、そうそう。この記事を偶然見つけたのも何かのお告げなんだ。


 俺は乱れた髪を一層掻き乱し、蹲ったまま殻に籠った。


 ▲ ▽ ▲ ▽



 今日は大好きな斎藤先輩とたくさん遊ぶことができた。

 久しぶりに会った先輩はカッコよかったし、初めて見た私服も先輩らしくて、とても似合っていた。


「あのシルバーアクセは、先輩なりの一生懸命なオシャレだったんだろうな♡」


 むしろそんなところも可愛い。

 もう大好きしか語彙力がなくなる。


 普段先輩が読む本とかも教えてもらったり、知れば知るほど先輩という人間が見えて嬉しかった。


「好き、先輩、大好き♡」


 また一緒に出かけられたら嬉しいな。

 今度は雑誌で紹介したようなデートもしてみたい。


 私は前に撮影した雑誌をペラペラと捲った。

 この時は千石くんと一緒に「理想のデート」をテーマに撮影したんだ。


「カメラマンにキスしてーって言われた時にはビックリしたけど、千石くんが機転を効かせてお互いのほっぺにチューで済んでよかったなァ」


 やっぱり仕事とはいえ、ファーストキスは好きな人としたい。

 できることなら、斎藤先輩と……♡


「きゃー! もう私ったら、気が早過ぎ! 先輩はそんなつもりじゃないかもしれないのに!」


 でも、でも、最近の斎藤先輩は、妙に優しい気がする。

 好きまではいかなくても、少しは他の人よりも気になる存在として認識してくれているかもしれない。


 今はそれでもいい。

 せめて先輩が卒業するまでには、特別な存在になりたいけど。今は、まだワガママは言わない。


 先輩が好きな作家さんの小説を開きながら、嬉しさを噛み締めるように読み出した。


 綺麗な言葉が綴られる。

 先輩が見ている世界は、こんなにも洗礼された美しい世界なのかもしれない。


「もっと先輩に触れたいな……。もっと深く、たくさん知りたい」


 その頃、愛しの先輩が同じ写真を見て絶望しているとも知らず、私は幸せな気持ちのまま眠りについた。



 ———……★

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