これは特別だと思ってもいいのだろうか?

 そのメッセージに気付いたのは、風呂まで済ませてベッドでゴロゴロしようと寝転んだ時だった。


 何故、スマホを手元に置いていなかった!

 届いた時間は、17時16分……3時間も前じゃねぇか!


 今日に限って雑誌を買って、それにばかり気が行っていっていたから! いつもはスマホでゲームをしたり、漫画を読んだりしてるのに、珍しくスマホ離れをしてる時に限ってこうだ。


 ———いや、嘆くのは後だ。


 急いでメッセージを開いた。

 送信主は「紀野 凪」

 内容は明日、時間はありますか?


「土曜日……学校は休みだけど」


 もちろん予定なんて皆無だ。

 あっても融通の利く、自分一人の予定しかない。


「どうした……時間はあるけど、何かあったか?」


 震える指先で言葉を紡ぐ。

 だって、紀野からのお誘いだ。


 もしかして、新山さんから個別に嫌がらせをされたとか?


 俺にオタサーの姫秘密がバレたから、口封じに紀野に矛先が向いたとか?


「………いやいやいや、俺の身近な人で紀野の名前が上がるなんて、おごりにもほどがあるな」


 まぁ、実際に紀野くらいしか構ってくれる人間がいない。喜ばしいのか、悲しいのか判断しにくい現実だ。


 そもそも弱みを握られているのは新山さんの方だ。

 そんなバカな真似はしないだろう。


 そんな矢先、ピロンと着信音が鳴った。

 早いな、紀野。


『それじゃ、一緒にケーキでも食べませんか? 場所は駅ビルのライクチーズで♡』


 くっ、ハート! 男へのメッセージにハートをつけるな、勘違いしてしまうだろう?


 いやいやいや、相手は紀野だ。

 ハートなんて「!」や「?」などの記号と大差ないんだ。いろどりだろ? 文字だけじゃ素っ気ないからって、弁当かってツッコミたくなる。


 でも、悪くない。

 しばらくニヤついた顔で眺めていた。


 まさか俺が女子とこんなメッセージのやり取りをする日が来るとは、お天道様もビックリだろう。


 しかもケーキを一緒になんて……あれ?


 いつの間にか、目からポロポロと涙が溢れていた。


 笑ったり、泣いたり、心配したり。感情がうるさいな。情緒不安定か、俺は。


 だってさ、ずっと会えなくて。

 SNSだって交換したのに、全く音沙汰なしだし、てっきり嫌われているのかと思った。


 あんな終わり方だったし、面倒な奴って思われて避けられてるのかと思っていた。


 こんなふうに誘ってくるってことは、少なくても嫌われてないよな? そう思ってもバチは当たらないよな?


「———いいよ。この前、仕事を頑張ってたから、お礼に俺が奢ってやるよ」


 ちょっと先輩風を吹かせて、カッコつけてみる。こんなことなら俺から送ってみれば良かった。

 でもなー……俺から送って「キモ……」って言われた日には———死ねるな、俺。


 言われてもない言葉に絶望したり、叫んだり、本当に忙しい、俺の感情!


 そしてまたピロンと気の抜ける音が鳴った。


『ゴチです、先輩♡ 優しい先輩、大好きです♡』


 うわぁぁぁぁぁぁぁぁー‼︎

 だからハート、しかも好きはヤメろォー!


「………はっ、待て俺。服はあるか? あのスーパーモデルの紀野とお出かけだぞ? 下手な服じゃ隣を歩けねぇぞ?」


 急いでクローゼットを開いて確認したが、見事にモノクロームの世界。


 白黒しかねぇのかよ、俺!


 きっとオシャレな奴は、カラフルな差し色を駆使してるんだろうな。無理無理無理、唯一の色のある服はチェックのシャツ。


 よく皆が想像するオタクの服装が完成してしまう。シャツはしっかりズボンにインしましょうって奴か!


「その構図は被写体とカメラ小僧だな! 違和感はないけど、駅ビルでそれはないだろう? 許せてもコミケ会場やオフ会の集まりくらいだ!」


 流石の亜熱帯宅急便も、夜中じゃ無理だろう。

 くそ、もっと早くメッセージに気付いていれば……!


 俺は今日購入した雑誌を開いて、無難なコーディネートを必死に考えた。


 白シャツに黒いカーディガン。細めの黒のデニムに白のスニーカー……。念の為に親父のブランド物のベルトを拝借しよう。


 唯一の差し色は靴下に、チラ見せの赤いラインの入ったものを履こう。


 これが精一杯のオシャレだ。


「これでダメなら、現地で紀野に見繕ってもらおう。下手な物を着ていくよりもいいだろう」


 所詮、素人が背伸びしたところで限界があるのだ。素直にダメ出しされようじゃないか。


 それにしても改まって会いたいなんて、何の様だろう?

 下手に期待しても無駄だと分かっていても、つい期待してしまう。


 もしかして、紀野も………?


「いやいやいや、ないないない。紀野に限って、そんなことあり得ない」


 っていうか、紀野ってなんだ?


 自分の気持ちを再認識して、体温が上昇して真っ赤になった。


 恥ずい、恥ずかしすぎる!

 こんなの青春じゃねーか……こんな隠キャのぼっちが一丁前に青春なんて、あり得ない。


 そんな浮ついた気持ちで、俺はベッドに潜り込んで悶絶を繰り返していた。



 ———……★

 

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