可愛い彼女と、かっこいい彼女

 結局あの日を境に、紀野は図書室を訪れなくなってしまった。


 仕事で忙しくなった時期と重なったのか、意図的に来なくなったのかは、本人のみぞ知ると言ったところだろうか?


 そして新山さんはというと、何かにつけて絡んでこようとしていたが、優しくする気が起きなくて素っ気ない態度を貫いていた。


 たとえ嫉妬からきた行動だとしても、自分勝手な行動を許せるほど俺は人間ができていない。


 以上のことがあり、ますます孤立に拍車がかかった俺だが、後悔はしていない。むしろ清々しいもんだ。


 寂しくなんてないもんね! って、力一杯強がって誤魔化してみる。

 いや、本当にツラくないけどね?


「しかし……紀野はスゴいな」


 またしてもコンビニで立ち読みしていた俺の目に飛び込んできたのは、ファッション雑誌でポーズをしている紀野の姿だった。


 当たり前のように会話をしていたが、本来なら関わることがないキラキラな人種なんだよな。俺のような隠キャにも分け隔てなく接してくれて、本当にいい奴だ。


 今の時刻は夕方の6時を回っている。今の時刻なら生徒もまばらなので、購入しても目撃されるリスクが低い。


 せっかくだし、売り上げに貢献してあげてもいいのではないだろうか?


 け、決して水着特集の紀野が可愛かったからじゃない! あくまで友人の活躍を応援しているからであって……紀野に会えない寂しさを誤魔化してるとか、そんなんじゃない。


 俺は愛読している少年雑誌と共にレジに持っていった。


 くぅっ、そんな不審な目で見ないでください!

 レジのおじさんの目を見るのが怖い……。ある意味、エロ本を持って来た方が健全と言われているようだ。


「くそっ、何で俺ばかりこんな目に!」


 大事に本を抱き締めながら、全力疾走で駆け抜けた。


 やっとの思いで家に着いた俺は、肩で大きく息をして乱れた息を整えようと深く呼吸をした。


 しかし冷静になってみると、キモいな、俺……。


 女性ファッション雑誌を買う男子中学生って、何だよ。これじゃレジのおじさんが不審がっても仕方ない。


 でもどうしても欲しかったんだ!

 紀野を見た……じゃなかった、応援したかったんだ。


 普通に考えたらスゴくないか?

 こんなメジャーな雑誌に載っている子の連絡先を知ってるんだぞ。


 あれ以来、全然やり取りしてないけどね?


「くっ、自虐ばかり増えてしまう。紀野がいないだけなのに、こんなにも俺の日常は殺伐としてしまうのか?」


 そもそも彼女と絡み出す前の俺はどう過ごしていただろう?


 思い出したくもない、薄っぺらな過去しか浮かばない。


 ダメだ、このままでは!

 紀野がいなくても、立派に生きていけるように努力しなければ!


 そうだ、これを機会に過去のトラウマに向き合うことにしよう。

 いつまでも人間不信に陥ってもダメだ。


「紀野とは普通に話せたんだ。きっと他の人とも話せるはず」


 手始めに趣味でも作ってみよう。

 今の趣味は読書や映画鑑賞だが、いつも一人で行動してばかりだった。

 同じようなジャンルを読む者同士、サークルで交流を深めるのもいいかもしれない。


 早速検索してみると、近くの喫茶店を拠点に集まっている読書サークルがあった。


「よし、行こう!」


 思い切って行動に移したのは良かった。

 だが浅はかな行動だったとも言い切れなかった。


 そのサークルは5人ほどの小さな同好会で、参加者は男性4人と女性1人と偏った集まりだった。

 しかもその女性は、図書委員でもお馴染みの新山さんだった。


 互いに驚きと気まずさが漂った。

 しまった……もっと慎重に行動するべきだった。


 他のメンバーは中学生が2人と高校生が1人、そして社会人が1人と、大人しそうな人ばかりだった。


「斎藤くん、参加ありがとう。少ないメンバーだけど、みんな良い人ばかりだから気楽に参加してくれ」


 うん、きっと俺も居心地がいいと思っていたと思う。何も知らなければ。


 しかも社会人以外のメンバーは新山さんをオタサーの姫として持ち上げてるし。

 チヤホヤされて、満更でもない顔で、アイドル顔負けの持て囃され方!


「すいません、俺が思っていたようなサークルじゃなかったので辞退させてもらいます!」


 速攻で逃げるように店を出ると、ものすごい速さで追いかけてきた新山さんに捕獲されてしまった。


 な、な、何?


 彼女はゲホゲホと咳き込みながら、必死に何かを話そうとしていた。


「ざ、斎藤くん……、お願いだから、このサークルのことは学校では秘密で」

「え?」

「私みたいな底辺カーストが調子に乗ってるってバレたら、馬鹿にされるに決まってるから。お願だから……」


 別に言いふらすつもりはなかったし、言う相手もいないから心配は無用だ。

 俺は必要以上に絡まれなければそれでいい。


「それじゃ、学校じゃ必要以上話さないってことで」


 彼女は少し寂しい顔をしたが、納得したように深く頷いた。下手な恋愛感情を持たなければ、いい友人くらいにはなれたかもしれないけど。

 独占欲が強い彼女には無理なことだったのだろう。


「あーぁ、また振り出しに戻ったよ。俺には無理なのかな……」


 そんな俺を嘲笑うかのように、紀野は雑誌の中でいい笑顔で飛び跳ねていた。


「紀野、お前に会いたいな」


 雑誌の彼女に話しかけることに夢中になって、俺は気づいていなかった。


 スマホに一通のメッセージを受信していたことを。


 欲しくて、繋がりたくて仕方なかった人からの言葉に……。



 ———……★

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