例え、その他の人が虐げても

 何? もしかして……二人は揉めてる感じ?

 戻ってきた俺は、只ならぬ雰囲気にめげそうになった。これだから人と関わるのは面倒なんだと項垂れたくなった。


 ただ、紀野の様子を見ていると、非常に焦っているような、困っている様子が見受けられる。何かあったことに間違いないだろう。


 しかし、新山さんは真面目でいい子と定評の優等生タイプ。むやみに人を困らせるような人ではないはずだが?


「新山さん。確かに君の言うとおり、紀野は忙しい人間で、学生としての本業もままならない」


 この発言で二人の明暗がハッキリした。

 ほら見ろと、ドヤ顔の新山さんが笑みを浮かべたが、そう長くも続かなかった。


「けど、紀野も曲がりなりにも図書委員だ。彼女が何か役に立ちたいと思っているなら、俺はその気持ちを優先してあげたい」


 ———は? っと、疑問符と殺気を纏った怒りのオーラが見えた。


 ついでに「コイツ、何をほざいてるんだ? 隠キャがしゃしゃり出るな」と内なる声が聞こえてくる。

 うっ、聞かれたことに答えただけなのに、どうしてこんな当たりが強いんだ?


「けど、そんなの効率悪いでしょ? 斎藤くんの時間を煩うことないと思うよ?」

「それは俺が決めることで、新山さんには関係ないでしょ?」


 だんだん腹が立ってきたな……。

 まさにこの時間がもったいないことに、なぜ彼女は気づかない?


「………でもさ、不慣れな人がしたら直すはずだった本も、ほら。スゴく汚い。やり直ししなきゃいけないよ?」


 丁寧に時間を掛けていると思っていたが、アレ? 本当だ……。空気が入ったり、筋が入ったり、グチャグチャだ。


 流石の紀野も、これには申し訳なさそうに顔を伏せた。これは言い訳もフォローもできないな。反論できずに黙り込んでいると、攻撃ターンが移ってしまった。


「別に責めてるわけじゃないの。ただ紀野さんの場合は、仕事で忙しいから教えるだけ時間が勿体ないのよ。他の人みたいに、関わらないで放っておいてくれればいいの」


 新山さんが言うことも一理ある。

 けど俺は、そんな正論に素直に頷きたくなかった。


「最初から上手くできる人の方が珍しいし。下手だからって切り捨てるのは違うだろう?」


 やっぱり新山さんは、俺のトラウマの根源の月音ちゃんに似てる。正しいを振り翳して人を追い詰めるのは、好きじゃない。


 むしろ追い詰めて論破したくなる衝動にかられるが、したところで何を言われるか分かったもんじゃないから、少し大人の対応を選んであげた。


「新山さんが色々と気にかけてくれるのは有り難いけど、そっとしておいて欲しいんだ。新山さんに迷惑かけないから。俺が責任持って、紀野の担当になるから」


 カウンター当番や掃除割当も紀野と一緒でいい。そうすれば……紀野が仕事でいない時、俺は一人で悠々と仕事に没頭できる。


 つまり、人に気を使わずに時間を過ごせるのだ。


 素晴らしい……! ナイス機転だ、俺。

 これで新山さんとのカウンター当番の苦痛からも解放されるし、紀野のことも守れる。


 さぁ、納得した去ってくれ!

 一刻も早く、面倒だから!


「………ズルいな、紀野さんは。目立つグループだけじゃなくて、地味な人まで引き抜いちゃうんだから」


 彼女は伏見がちに健気を装って言ったが、スルーしないぞ? 人を勝手に地味って言うな? 確かに俺は友達のいないボッチの隠キャだが、人には言われたくない。


 これってやっぱケンカ売られてるよね? 買っていいかな? いいよな、こんなあからさまな嫌味。


「俺も残念だよ、新山さん。君がこんなに平気で人を傷つける人だと思っていなかった」


 俺の言葉に時間差で「え?」と首を傾げたが、まさか無意識なのか?


 でもね、やっぱ他意はなくても現に傷ついてる人がいたら、何らかの形で償って欲しいと願ってしまう俺って、やっぱ性格捻くれてるのだろうか?


「新山さんには新山さんなりのがあるのかもしれないけど、俺が教えたくて教えてるから、気にしなくていいよ。したくないことは、ちゃんと嫌だって言うから」


 だからさ、いつも笑顔の紀野に困った顔をさせないで。


 ちなみに、玄人級の修繕技術を持っている新山さんに教えてって言われたら、俺は嫌だって答える。沈黙の間の『何か喋れ』オーラも気まずいし。


 俯いてワナワナと震える新山さん。

 あと一押しがあれば畳み掛けれると思ったけど、その行動は実害をこうむった紀野が止めに入った。


 俺の服を摘んで、フルフルと横に振った。


「先輩方、すいません、私が空気読まないでグイグイ頼んじゃって。斎藤先輩も貴重な時間をありがとうございます」


 紀野はいつも以上の笑顔を作って、敬礼をした。


「それじゃ、また機会があったら教えてくださいね」


 おいおい、紀野。なんでお前が去ろうとしてるんだよ。

 俺の話を聞いてなかったのか?


 立ち去る紀野を追いかけて引き止めると、彼女は振り返ることなく小さく呟いた。


「……だって先輩、優しすぎるんだもん」

「え?」


「私、優しい先輩が大好きです」


 紀野、それはいつもの好きだよな?

 調子のいい、誰にでも言う適当な好きなんだよな?


 なら何で、そんなに耳を真っ赤にして言うんだ?


 お前は今、どんな顔で言ってるんだよ。


「紀野、俺は———……」


 ひらりと逃げて、立ち去る彼女を捕まえることはできなかった。


 小さくなっていく彼女を見送りながら、俺は紀野のことをずっと考えていた。




 ———……★

 甘酸っぱい! 

 この二人の関係を見ていきたいと思った方は、ぜひ応援やレビューなどをお願い致します。または新山さんにザマァをと思う方もぜひ、教えて下さい。

 作者はもっとザマァをしたかったです。



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