ちゃんと聞いてたの?

 次の日、メッセージの通り図書室へやってきた紀野だったが、することは雑用だというのにニコニコして、変な奴だと苦笑を溢さずにいられなかった。


「お前、本当に来たんだな」

「それってどう言う意味ですか? 来ますよ、約束ですもん! 今日はよろしくお願いします、先輩♡」


 無駄に後光を放つな! 眩しい!

 幸い今日の利用者は少なかったので、紀野が何をしても騒がれないだろう。


 だが念には念を。

 人目に付きにくい、とっておきの場所で教えるとしよう。


 そこは考古学や地域伝記など、特に生徒が来ない棚に囲まれた作業場所だった。

 俺が一人になりたい時に使う、自作の秘密基地だ。


「わぁー、すごい。隠れ家みたいですね」

「そうだろ、そうだろ? 心が躍って童心に返るだろう?」


 だが紀野は戸惑ったまま、中々入ってこなかった。


「どうした? 早く入れよ」

「え、うん……。でもこれは……」


 言われるままに入ってきたが、彼女が躊躇っていた理由がやっと分かった。

 紀野の手が胸板に触れて、じんわりと体温が伝わってきた。


 近い、これは近過ぎる!


「一人で作業するにはいいんだけど、二人だと……ね?」

「ダメだ、ダメだ、ダメだ! 別の場所に移動するぞ!」


 せっかく築き上げた隠れ場だったが、やむ得ない……! 今日は大人しく、皆と同じようにテーブルを使おう。


「広々と使えていいですね。これなら上手くできそう」


 悪かったな、狭いところに案内して。

 この失態は取り戻さなければならない。


 机に座って、準備をし始めた彼女の後ろに立って、二人羽織のように手を添えた。


「ん、んんン⁉︎ せ、先輩?」

「修繕作業はフォーメーションが大事なんだ。まず、綺麗にシートを剥がして……」


 手取り足取り丁寧に伝達しようとしたのに、紀野は茹蛸のように真っ赤になってポンコツになってしまった。


 おい、コイツ、習いに来たんじゃないのか?


「あ、あ、あの! 先輩がお手本を見せて下さい! そのほうが分かりやすいかも?」

「ん、そうか? それなら見せてやるか」


 何百回と繰り返してきた作業だ。きっとこの学校で、俺より上手い奴なんていないだろう。

 特技気に見せてやったが、あまりの速さに紀野は呆気に取られていた。


「紀野? 大丈夫か?」

「え、え? あ、はい……」


 明らかにいつもと様子が違う。

 自信たっぷりで、天真爛漫な笑顔に影が落とされた。


「お前さー……本気でやるつもりあるか? この程度で躓いていたら、到底できないぞ?」

「だ、だって先輩、上手過ぎるんだもん。あ、そうだ! 動画撮ってもいいですか? それならいつでも練習できそう!」


 は? 動画だと? そんなの撮られたら、いつどんな時に晒されるか分かったもんじゃない!


 自分の知らぬ間に拡散され、きっとリア充共にこう言われるんだ。


『こんな作業に命を賭けて、恥ずかしい奴だなw』


「くそ、紀野も嘲笑うのか……! 俺の唯一の得意技を!」

「何のことですか? 嘲笑うわけないじゃないですか! 大丈夫ですよ、絶対に他の人には見せないですから! ———むしろ、他の人に見せたら、先輩の格好良さが伝わって面倒なことになっちゃうし(ぼそっ)」

「ん、何か言ったか?」

「何も言ってませんよーだ」


 やむ得ず動画を許可したのだが、撮られていると思うと無駄な力が入って、いつものように動けない。


 くそ、本来ならもっと早くできるのに……!


「先輩、さっきよりゆっくりで分かりやすいです! 私が困ってることに気付いて調整してくれるなんて、優しいなぁ。先輩、大好きです♡」


 え、格好つけて早くしていたのが、仇となったのか?

 っていうか、またしても息を吐くように大好きって言いやがって!


 こうして一通りのレクチャーを教え終わった俺達は、実践を兼ねて修繕作業に取り掛かった。

 ゆっくりだが、確実に丁寧に作業を進める紀野と、スピーディにサササッと終わらせる俺。


 まぁ、練習だし。初日は数冊できるようになるだけでも上出来だろう。


『こんな雑用をしたがるとは、本当に物好きだな』


 そう眺めていると、本を借りにきた図書委員、新山が俺達の存在に気づいてドタドタと近付いてきた。


「ハァ……っ、ハァ……っ! 斎藤くん、何で……ここに?」

「何でって、本の修繕作業にきたんだけど?」


 息切れしていた新山さんは、胸元を押さえて紀野の方を見てきた。


「……ねぇ、斎藤くん。少しだけカウンターの手伝いに行ってもらえないかな?」

「え、俺、今日は当番でも何でもないんだけど? それに利用者も少ないのに」

「……お願い」


 理由も教えてもらえないまま、半ば強引にカウンターへと追い込まれた。

 何なんだ、コイツは……。


「ねぇ、紀野さん。昨日、私が言ったこと覚えてる?」


 凄みが増した新山の質問に、紀野は大きく肩を揺らして返事を探していた。


「あ、でも……今回は先輩から連絡くれてー」

「本当に迷惑だから。あなた達リア充はリア重同士で遊んでよ。邪魔なのよ、本当に」


 この人……何て勝手な人なのだろう。

 先輩を心配してるふりをして、ライバルである私を引き離そうと一生懸命になっている。


 でも、今回は私も負けない。


「私、先輩のこと尊敬してます」

「———はぁ?」


「人が嫌がることも、コツコツと頑張る斎藤先輩のことを尊敬してるんです。そんな先輩に近付きたくて、教えてもらってる最中なんで、邪魔しないでください」


 ピキっと、新山先輩の顔に血管が浮き出た。

 うっ、怖い……!


 すると無人だったカウンターから、斎藤先輩が戻ってきた。

 一体、何しに行ったんだろう、先輩……。


「どうしたんだ? 何かトラブルか?」

「別にトラブルじゃないけど……。紀野さんにね、仕事が忙しいなら無理して図書委員の仕事をする必要はないよって話してたの」


 え、そんなこと言ってない!

 斎藤先輩、信じて?

 こんな嘘吐きの言葉を鵜呑みにしないで?


 そんなしてると、斎藤先輩が口を開いて語り始めた。

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