もしかして、好きなの?

 本当は少し見て帰るだけのつもりだった。

 でも意外な光景を目の当たりにして、いても立ってもいられなかった。


 だって、ぼっちな斎藤先輩が、女子に絡まれていたんだもん。そんなの黙っていられるわけがない。


 けど結果的に先輩と絡めて、幸せな気分で仕事に行けそうだ。


「良かった、勇気出して覗いてみて」


 まだ指先に残る先輩の温もり。

 今度は先輩の好きなミルクチョコを持っていこう。


 教室に戻ろうと小走り仕掛けた時に「あの……!」と声を掛けられた。


「え、私?」


 誰だろう? そう振り向くと、そこにいたのは斎藤先輩と一緒にカウンター当番をしていた女子、新山先輩。


 え、まさか賄賂お菓子を渡したのがバレた? 食べてないので大目に見てください! 急いで謝罪のポーズを取ろうとしたが、発せられた言葉は意外なものだった。


「斎藤くん、あまり女の子に慣れてないから、その……困らせないでくれませんか?」

「………え?」


 思わず言葉を失った。

 待って、そんな、何であなたにそんなことを言われないといけないの?

 さっきのやり取りを見てても、私よりも新山先輩の方が困らせていたように見える。


「それって、斎藤先輩に言われたんですか?」


 それなら言うことを聞くけど、そうは見えなかった。


 きっと新山先輩は、斎藤先輩のことが好きなんだ。うん、きっとそう、好き———……。


 ってことは、ライバルなの? うそ、そうなの?


 思いがけない敵の登場に、目の前がグルグルしてきた。え、私はどうしたらいいの? 宣戦布告しないといけないの?


「あの、何で? え、新山先輩は斎藤先輩と仲がいいんですか?」


 まだ知り合って一ヶ月ほどの付き合いだけど、仲良くしている人は見たことがない。

 新山先輩と一緒にいるのも初めて見たくらいだ。


 でももしかしたら、私が知らないだけで仲が良いとか?

 アタフタと困惑している私を見て、先輩は呆れるように溜息を吐いた。


「少なくてもあなたよりは斎藤くんのことを理解してるつもりよ? だって彼は、私達と同じタイプの人間だから」


 同じタイプ? それって、どういう意味?


「紀野さんみたいな人気者に絡まれたら、恐縮しちゃうんだよ……。あんなに強引に絡まれて、斎藤くん、可哀想」

「え、私、そんなつもりじゃ!」

「あなた達にとって普通のことも、私達にはストレスなの。お願いだから、同じタイプの人間で仲良くしてよ。私達に迷惑をかけないで?」


 気付けば私の方が悪い人間になっていた。

 さっきまであんなに幸せな気分だったのに、すっかり台無しだ。


 私の方が泣きそう……。


「それじゃ、ちゃんと伝えたからね? もう無闇に絡んでこないでね」


 先輩、邪魔だったのかな? 本当は嫌だったのかな?

 私は先輩と話している時間、とても楽しくて好きだったのに、それは私だけだったのかな?


 新山先輩の姿が見えなくなったと同時に、涙がポロポロと零れ落ちた。どうしよう、今日は撮影があるのに、腫れた目で行ったら迷惑かけちゃう。


『止まれ、止まれ、止まれ、止まれ……』


 そう願えば願うほどに、どんどん溢れて止まらなくなった。

 もう嫌だな、こんなの……。


 とりあえず持っていたハンカチで目を押さえて、教室に向かったけど、こんな顔で言っても心配かけるだけだよね。

 財布やスマホは持ってるし、今日は荷物を置いて帰ろうかな。


 その時、スマホがメッセージを受信音を鳴らした。何だろう?


 取り出した画面に映っていたのは、一件のメッセージ。


 サイトウ

『斎藤心です。よろしくお願いします』


「先輩……っ、先輩からだ」


 ちゃんと連絡くれたんだ。繋がってくれたんだ。

 迷惑だと思っていたら、メッセージなんてくれないよね? きっと握り潰して捨てるよね?


 でも現にこうして、ちゃんと繋がってくれたんだから、いいんだよね?


「私、先輩のこと、好きでもいいんだよね?」


 本当は、心のどこかで不安だった。

 あれだけ沢山の好きを伝えても、態度を変えてこなかった人は初めてだった。

 だって、何とも思ってない人でも、言われ続けたら意識するものじゃないの?


 だから私も気を許した人にしか好きって言わないんだよ?

 先輩は全然気付いてくれないけど……。


 本当の好きは、先輩だけなんだよ?

 先輩だけが、特別なんだよ……?


「先輩、好き……好き……好き、好き………大好き」


 一方通行の好きが募っていく。

 伝えたくて仕方ない好きが、増えていく。


 開いて既読にしたメッセージ。早く返事を打たないと、そう思っていると、続けてメッセージが届いた。


『今度、本の修繕の仕方を教えるから、良かったら仕事がない日にでも図書館に来いよ』


「———え?」


 涙で滲んでいた視界だが、その文字だけはハッキリと捉えることができた。見間違いじゃない。もしかして送り間違い? でも仕事って、きっと私だよね?


 確かな、確実な約束ではないけど、初めてもらった誘いの言葉に、自然に笑みが溢れた。さっきまであんなに苦しかったのに、やっぱ私、先輩の言葉一つでこんなにも幸せになれるんだ。


「先輩、大好き……」


 紡がれた言葉を抱き締めるように、スマホを大事に抱えた。心拍音が早くなる。恋してるんだ、きっと。


「先輩、私、明日は暇ですよ? 先輩は?」


 シュッと、メッセージを送ると、早々と既読になって、次の言葉が続いた。


『俺も暇。それじゃ、紀野にも図書委員としての仕事をしてもらおうかな』


「へへっ、嬉しいなァ……。先輩との約束だ」


 残った涙を手の甲で拭き取り、私は仕事へと向かい出した。


 明日は大好きな先輩との時間。

 先輩が好きだって言ってたお菓子を沢山用意して、図書館へ行こう。



 ———……★

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