俺は「好き」が怖い

 元来ぼっちである俺にとって、教室での単独行動は慣れたもんだから、気にしてなんてない。

 むしろ気を使わずに済むので、気楽なもんだ。


 ……決して強がりなんかじゃない。嘘じゃない、嘘じゃない……。


 だが委員会活動の時は少し違う。

 図書委員っていうのは、本好きの人が集まるのか、大人しくて真面目な優等生タイプが集まる傾向がある。

 もしかしたら俺の学校の委員会だけかもしれないので、主観が入っていたら申し訳ない。


 その為か、俺のように単独行動を好む生徒もチラホラ。

 特に同じ曜日のカウンター担当の新山にいやまさんは、積極的に絡んでくる方がもしれない。


「今日も本を借りにくる人、少ないね」

「そうだね。今はネットでなんでも読める時代だし、わざわざ図書館まで足を運ぶ人も少ないだろうね」


 身も蓋もない返答に分かりやすく焦っている。


 申し訳ないね、新山さん。

 俺は会話が途切れても気にしないタイプなんだ。


 むしろ寝たフリをしたり、本を読んで時間を潰している方が安心する。

 だって会話なんて、地雷を踏みかねないから恐ろしくて出来やしない!


「斎藤くんはどんな本を読んでいるの?」


 チラッと上半身を傾けて確認してきたが、出来ればスルーして欲しい。

 自分が読んでいる小説なんて、知られたくない。だからブックカバーをしてるんだよ? それくらいは察してくれ、読書愛好家なら!


「………」

「……………」

「……………………」


 ———ぶはっ! 何、この意味分からない沈黙!

 もう俺に絡むのやめてよ、放っておいてくれ!


 大体俺に絡んでも良いことなんてないのに! クラスの陽キャに目をつけられて肩身狭い思いをしているような奴だぞ? むしろ百害あって一利なし!

 自分で言っても悲しくなるけど、本当に関わらない方がいい! 面白い話ができるわけでもないし、時間の無駄だよ?


「ふふ、斎藤くんってオーバーリアクションで面白いよね」

「な、な? 面白くなんてないけど……?」


 第一、笑わせようなんて微塵にも思っていない。つまり俺は普段の行動を笑われていることになる。


 あれ、もしかしてケンカを売られているのか?


「そういえば、裏にあった本を修繕して欲しいって伝言があったね。せっかくだし少ししよっか?」


 会話をするよりはマシだ。それに自分達以外の人間が、率先してするとは思えないので、やるしかない。


 人の少ない図書館で、黙々と修繕作業をする俺達。

 カッターの音が無常に響き渡る。


「わぁ……、やっぱり斎藤くんって修繕作業、上手だよね。いつもスゴいなって思ってたんだ」

「あ……ども」


 そしてまた無言が続く。分かりやすくあわめく新山さんには悪いけど、俺は仲良くする気は毛頭ないから。


 彼女は少し、トラウマの女子『月音』ちゃんに似ているから。

 か弱さを武器に、周りを味方に付けて攻め立てる———だから、少しの優しさが命取りになる。

 好意なんて、僕はいらない。面倒なものはいらない。


『あんな怖い思いは、二度と味わいたくない。好きなんて言われたくない』


 そんなことを思いながら、俺は矛盾してることに気付かされた。


 紀野の好きは信じないとか言っておきながら……実はを期待してる自分。


『いやいや、アイツの場合は本当に他意がない、口だけの好きだから! 期待なんてするな、俺! 後で痛い目に遭うのは俺だぞ?』


 けど、紀野の好きは怖くないな……。


 人と関わるのが怖かったはずなのに、アイツはいつの間にかテリトリーに入ってきて、そのまま「先輩!」って声をかけてくるようになった。


 そう、まるで……餌付けをして懐いてきた小型犬のような。


「ぶはっ! げほ、ゲホゲホッ!」


 犬耳の紀野を想像して、自分の変態さに悲しくなった。くぅ……、情けない。


「だ、大丈夫? 急に咽せてどうしたの?」

「気にしないで、ちょっと考えごとしてただけだから」


 盛大に咳き込む俺の背中を摩って、自然と対処できる彼女は根から優しいのだろう。


 だがそんな優しさですら、下心と捉えてしまう俺は、反射的に手を払ってしまった。


 柔らかい白い肌に、痛々しい赤い痕が残る。


「ご、ごめん、新山さん! 俺!」


 優しさの行動をしたのに、悪いことのように拒まれた新山さんは、混乱した顔持ちで怯えていた。


「う、ううん。私の方こそごめんなさい……! あの、ちょっと……」


 そしてそのままカウンターを飛び出して、図書室から出ていった。


「ご、ごめんなさい……!」


 きっと俺じゃなければラブが生まれただろうに、申し訳ない。


 不器用な自分に嫌気が刺す。

 こんなふうに捻くれた自分が情けない。


 俺は、最低だ……。


「せーんぱい、本を借りにきたんですけど、オススメってありますかー?」


 俯いて顔を覆っていると、急に目の前に影が落ちて、聞き慣れた声が頭上から聞こえた。


 見上げると、ほら。

 いつもの呆気羅漢あっけらかんとした笑顔が俺に向けられていた。


「何か嫌なことでもあったんですか? そんなときはホラ、甘いものがオススメですよ?」

「………図書室は飲食禁止です」

「落ち込んだ時は大目に見てくださいよー。ほら、先輩にもあげますから」


 まるで賄賂のように渡されたチロルチョコ。

 っていうか、手! 紀野の手が、俺の指を広げて!


 ギュッ、ギュ……と握られて、恥ずかしさが顔全面に出てしまう。


「私はミルクが大好きです。先輩は何が好きですか?」

「お、俺は……俺もミルクが好き」

「わ、一緒ですね! それじゃ、今度はミルクを多めに買いますね!」


 お前、モデルならお菓子ばかり食うなって。そもそも図書館は飲食禁止ー……。


 紀野は無邪気な顔で口元に人差し指を置いて「二人だけの秘密ですよ?」って。


 くっ、罪な女、紀野凪!

 お前も図書委員のくせに!


「そ、そういえば、今日の放課後、委員会があるけど、紀野は参加するのか?」


 咄嗟に呼び掛けたせいで、思ったよりも声が張ってしまった。

 利用者の視線が痛い……。すいません、図書館では静かにします。


「あー……、ごめんなさい。今日は仕事で、もう帰らないといけないです」


 申し訳なさそうに頭を下げて、舌をペロっと出して謝った。


 そっか、それは仕方ない……。

 元々紀野は数に入ってないようなもんだし、参加を期待する方が無駄だ。


「でも手伝えることは手伝います。だから、今度修繕の仕方を教えてくださいね?」


 無理するなって、多忙者め。

 紀野なんて、さっさと行っちまえ。


 不貞腐れて作業に戻ると、ズイっと一際近付いてきて、そのままカウンター越しに両頬をガシッと掴まれてしまった。


 な、何で! 待て、紀野、それはダメだ!


「もう、本当に手伝いますから! ちゃんと教えてくださいよ?」

「わ、分かった! 分かったから放せって!」


 こんな至近距離、顔を近付けて、見る人が見たら勘違いし兼ねない誤解を招く距離だ!


 少し怒った顔の紀野の顔が、いつもの表情に戻って、やっと束縛から解放された。

 し、心臓に悪い……!


「へへ、先輩、優しいー♡ 大好きですよ♡」

「はいはい。まぁ、その……紀野、仕事頑張れよ」


 ボソッと呟いた声援に、彼女はニマァーっと笑みを浮かべて跳ねるように図書室を出た。


 騒がしい奴だ、本当に。

 やれやれ……と呆れて作業に戻ったが、そんな二人のやり取りを悲しい顔で見ていた女子生徒が一人。


「斎藤くん……」


 戻るに戻れなくて、立ち往生していた新山は、今にも溢れそうな涙を堪えながら扉の前で立ち伏せていた。



 ———……★

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