俺は悪くないのに!
噂の美人モデル、
通称、ヒキョーの斎藤。
「おい、オメェ、凪ちゃんの何なのさ!」
夢心地に落ちていた俺の胸倉を乱暴に掴み、一気に現実に引き戻したのはクネ野郎だった。
内心焦りまくりだったのだが、さっきの紀野との約束を思い出して、名刺だけは咄嗟にポケットの奥へとしまい込んだ。
ゲッ、一緒に握っていたチロルチョコが出てきた。手の平がベチョベチョだ。
「まてまて、俺は図書委員。紀野も図書委員、それだけの関係だよ?」
「はァ? お前、ふざけてるのか?」
ふざけてねぇよ。こんな状況でふざけても殴られるだけだろう? クネ野郎、お前がその強く握った拳を下げれば、少しは真面目に対応してやるけどね。
「大体、同じ委員会ってだけで仲良くなれるなら、俺もとっくに図書委員してるから!」
………うん、そうだね。確かにそうなんだけど、俺と紀野の接点は本当にそれだけなんだよ。
でもアイツは最初の委員会の集まり以外は全く参加してなかったのに、あれ、本当に何で俺に絡んでくるんだ?
「おい、ひょうきんな顔をするな! 殴るぞ、お前!」
「暴力反対! 俺も何故かわからないし! 俺が聞きたい!」
只でさえ隠キャのぼっちなのに、どんどん孤立していく。
何で俺ばかりこんな目に遭うんだ?
至近距離にはギリギリギリギリと睨むクネ野郎。そんなに見られても答えは分からないのに。
「ぐるるるるゥ………ん、お前、ん?」
何かに気付いたのか、眉を顰めたクネ野郎はバツの悪い顔をして胸倉を解放した。
「………チっ、これが噂のヒキョーな斎藤か。噂通り卑怯な奴だな」
「は……?」
ハァぁぁぁぁッッッ⁉︎
何でそんなことを、ほぼ初絡みのお前に言われないといけねぇんだ⁉︎
ふざけるな、こちらと十五年間、真面目にコツコツ、人様に迷惑をかけないをモットーで生きてきたというのに!
卑怯はお前だろう! この、スケこまし!
———とはいえ、小心者の俺は、小さく拳を握ることくらいしかできなかった。
くそ、悔しい! あのウザい前髪をバッサリ切ってやりたい!
そんなやり場のない怒りを奮闘中の斎藤に対し、クネ野郎こと
「くそ、アイツ……っ! 実は美形だったのか!」
雰囲気とか誤魔化しとか、そういうのではない。
磨かれていないダイヤの原石っていうのか?
髪も長いし、眉もゲジゲジ。
なのにくっきりした二重に大きな黒目、高くスッとした鼻筋に、綺麗な歯並び、色素は薄いが形のいい唇。
アレか! 凪ちゃんはアイツの
「卑怯過ぎるだろう! クソっ! 俺は絶対に認めねぇからな!」
幸い、誰も気付いていないし、
誰かが気付く前に、俺が徹底的にドン底ド底辺に落としてやる!
負け犬の遠吠えを撒き散らしているクネ野郎を横目に、斎藤は手の平をじっと見ていた。
「あーぁ、せっかく紀野がくれたチロルチョコがぐちゃぐちゃになっちまった。勿体ねぇな」
既に溶けかかっていたチロルチョコ。
モデルのくせにお菓子が好きとか、まったくー。
俺は包装からはみ出たチョコを舌で舐めた。
甘い……甘くて蕩けそうだ。
まるで紀野の無邪気な笑顔みたいだ。
誰にでも優しいくせに、意外としっかり者。
皆にたくさんの愛想と大好きを振り撒くくせに、最後はクネ野郎のようにバッサリと切り捨ててさ。
きっと俺も、クネ野郎のように勘違いをして告白をしたら、ゴミ虫を見るかのように蔑んだ目で
「隠キャのくせに、本気にしたんですかァ?」
———っ、違う、俺は………!
一応リア中の位置に立つクネ野郎ですら、あの惨敗だ。俺なんかが太刀打ちできるはずがない!
少し絡まれたくらいで調子に乗るな!
きっとアイツのことだから、俺の挙動不審な行動が面白いー、ウケるー、大好きーって思っているだけだろう。
うん、すごく目に浮かぶ。これが正解だろう。
「それ以外、こんな俺に紀野を惹きつける理由なんてねぇよ」
全く、こんな隠キャを振り回すのが好きだなんて、変や奴だよ、紀野凪。
▲ ▽ ▲ ▽
一方、斎藤の教室を後にした凪は、高鳴る鼓動を抱き締めながら走っていた。
「ハァ、ハァ……ハァ……っ、斎藤先輩に……渡せた」
やっと渡せたID。今になって嬉しさが込み上がってきた。
顔のニヤニヤが止まらない。
斎藤先輩を見つけたのは、4月初めの図書委員会。
モデルの仕事が忙しい私は、クラスメイトのご厚意に甘えて、本来2人選出のところを3名にしてもらって図書委員になった。
「凪ちゃんは在籍だけでいいからね? 仕事は私たちがするから」
一番仲がいいマリちゃんに誘われてなったのはいいけど、意外と面倒な作業が多い図書委員。
本の貸し借り作業、返却作業、修繕作業……。
最初の集まりの時も、自己紹介をした後に修繕作業をする流れになっていたんだけど、雑談ばかりしてサボるグループと、真面目に作業をするグループに別れちゃって。
私も最初くらいは手伝いと思っていたんだけど、中々解放されなくて、申し訳ないと心の中で謝りつつ、結局皆でふざけ合っていた。
そんな時、黙々と作業を続けていた根暗な先輩がボソッと呟いたんだ。
「何でも簡単に済むもんなんてねェんだよ。コツコツ済ませるしかねぇのに、アイツらめ……(ぶつぶつ)」
わ、この人……随分と拗らせてるな。
それが斎藤先輩に対する第一印象だった。
回りの人間がこれだけサボっているんだ。
少しくらいはサボりたくならない? 何で自分ばっかりバカを見なきゃいけないんだってさ。
でも先輩の手は止まらずに作業を続けていた。
『この人、なんて効率の悪い人なんだろう。「皆でやれば早く終わるよ! 喋ってないで始めよう」とか声を掛ければいいのに』
最初は下手な素人に邪魔をされたくないのかと思ってたが、そうでもなさそうだし、変な人だなーくらいにしか思っていなかった。
『修繕作業なんてしたことないけど、私も手伝おう』
普段来れない分、それくらいは貢献しないとね。私は真面目先輩が本棚に戻しに行ったのを見計らって、後をついて行った。
長身の先輩は最上段に本を直している最中だった。
「あの先輩、私も手伝いたいんですけど、仕方を教えてもらえませんか?」
急に声を掛けられて驚いたのか、大きく肩を振るさせて、先輩は持っていた本を額にゴンと落としてしまった。
「ぐっ、痛っ……!」
うわっ、痛そう! わ、私が突然声掛けたせいだよね? あわわと取り乱しながら、持っていたハンカチを取り出して、彼の額に当てようとした。
膝を立てて蹲った先輩の手が、ゆっくりと外れて……掻き上げた前髪の下には、驚くほど整った顔が現れた。
「———っ、え……?」
「え? あ、え? あ、紀野、凪さん?」
か、か、カッコ良過ぎる! 何この人、イケメンだよ!
いや、遠目から見ても身長高くてスタイル良いなとは思っていたけど、この顔ハーフみたい! 私もそれなりに褒められることはあるけど、この人は……なんて……。
「先輩、勿体無い! 何で隠してるんですか!」
「は、え? えぇ? な、何を?」
とんでもない美形が、わかりやすく取り乱していた。
あれ、この人、外見と中身が伴っていないぞ? 面白いリアクションだなー……なんか緊張がほぐれてきたかも。
「い、いや、それよりも何で紀野凪が? お、同じ学校にいるのは知ってたけど、どうして図書室に?」
「え、あー……私も図書委員なので。先輩、よろしくお願いします」
きっと幽霊部員になっちゃいますけど。
それよりも、この先輩の美貌……絶対に磨けば売れっ子モデルになるのに、勿体無いよ。
「あの先輩! ちょっと髪を切りませんか?」
「何で! 今、委員会活動の最中なのに⁉︎」
う、うん、そうなんだけど……! うぅー、この衝動をどうやって抑えればいいんだろう? 私はものすごく先輩を磨き上げたい。
「……冷やかしはやめてくれない? 君達がサボるのは勝手だけど、俺が作業しないと仕事が終わらないんだ。邪魔はしないでくれ」
「それじゃ、私も手伝いますから! ねぇ? だから髪を切らせてください!」
でも先輩は、じぃぃぃぃー……と見て、ハァっと大きな溜息を吐き捨てた。
「そもそも君が隣にいたら、皆が邪魔しに来るから。君は今まで通り皆と一緒にサボっててくれ」
———えぇぇぇぇー! いや、私は先輩と一緒に、仕事をしたいのに!
「そ、それじゃせめて、返却作業だけでも! 先輩は修繕作業に集中してていいので!」
引き下がらない私に観念したのか、先輩は前髪を掻き上げながら大きく笑った。
「ははっ、変な奴! 普通サボれって言われたら、喜んでサボるのに。助かるよ、ありがとう」
ぶわぁ……っと、風が吹いた気がした。
きっと、この時、私は先輩に一目惚れをしたんだ。
この笑顔に、心を奪われた。
「………先輩こそ真面目過ぎ。大好き」
ポロッと溢れた本音だった。慌てて口元を隠したけど、先輩は一掃するような呆れた顔で「はいはい……」と作業机へと戻っていった。
あれ、スルー? もしかして聞こえなかった?
ま、まぁ、いいや。
少しずつ伝えていこう……先輩、大好きって。
———……★
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