チョコパイ苺チーズケーキの代償

 紀野 凪きの なぎ、中学2年生。

 一般的な女子中学生よりも、少し発達がよくて身長も高い。日本人離れしたクッキリした顔立ちに、自分をよく理解したセンスはズバ抜けていい。

 だから彼女は、こうして表紙を飾っているのだ。


「やばいよな、紀野の写真。俺さ、こういう雑誌って加工済みだと思っていたけど、本当にそのままだもんな」

「わかる、わかる! マジヤバいって」


 学校中の奴らが紀野の話題で持ちきりだ。

 特にアイツの場合、人気モデルだからといって鼻にかけたりしないから、余計に好感度が高く見えるのだろう。


「へぇ、紀野凪……凪ちゃんか。彼女なら俺に釣り合うかな?」


 ———は?

 生意気な爆弾発言に、シンっと回りが静まり返った。

 誰だ? あの紀野にそんなことを言うやつは?


 流石の俺も、寝たフリをしていた顔を少し上げて回りを見渡した。

 あのクラスの中心で集まっているリア充集団か。


 確かサッカー部キャプテン、久地宮くちみやだったかな?

 長い前髪が自慢なのか、さっきから指で払ってはクネクネしたり、動作がウザい奴だ。


「凪ちゃんって彼氏いるのかな? もしいないなら立候補しちゃおーかなー? まぁ、いたとしても俺が告白したらなびいちゃうかも知れないけど」


 は、はァー?

 コイツ、何寝言ほざいてるんだ!


 紀野がお前なんか好きになるかよ! このクネ野郎!


 けど紀野は、誰にでも好きだって言う奴だ。もしコイツが告白して、いつもの流れで「好き♡」なんて言ったら、このクネ野郎は間違いなく勘違いする。


 ———断固阻止だ。

 紀野にクネ野郎を近付けてはならない。


「あのー、斎藤先輩いますか? ちょっと呼んで欲しいんですけど?」


 聞き慣れた声が俺を名指しで呼んだ。

 何で今回に限ってお前が来るんだ、紀野!


 今、話題の可愛い子の登場に教室が騒めいた。しかも斎藤、あの斎藤……? いや、そもそも斎藤って、このクラスにいた?


 くそっ、ボッチをクラスメイトに呼ばせるな! 俺まで伝言が伝わらないんだよ! それよりも早く行かなければ、あのクネ野郎が気付く前に!


「君が凪ちゃん? ヒュー、可愛いね。雑誌のまんまじゃん?」

「え? あ、見てくれたんですか? ありがとうございます」


 だぁー! 遅かったか……。紀野に声をかける前に、クネ野郎が隣を陣取った。しまった、俺のせいで紀野に毒牙が掛かってしまった。


「ねぇ、凪ちゃんは彼氏とかいるの?」


 またしても前髪をクネクネしながら、失礼な態度で紀野に聞いていく。殴れ、紀野! こんな奴は一掃してしまえばいい!


「私、彼氏とかNGなんです。これでも一応、真面目に仕事をしてるので」


 意外にも真面目に対応する紀野に、感心の声が上がった。


 そうだよな、仮にも雑誌の表紙を飾る子だ。生半可な覚悟では臨んでいないのだろう。

 だがクネ野郎は諦めが悪かった。

 というよりも、何故か奴は根拠のない自信で満ち溢れていた。


「けどさ、ときめいたりしない? カッコいい男とか見たら。ほら、俺とか?」

「え? 何ですか?」


 ぶはっ、クネ野郎、痛恨の空振り!

 これ、計算でも何でもなく、素の対応なんだろう。

 紀野は天然なんだよ……悪気はないんだよ……。


「だから、流石に仕事一筋だとしても、一目惚れしちゃうこととかないの?」

「一目惚れですか? まぁ……尊敬することはありますけど」


 一応質問には答えているが、紀野はキョロキョロと回りを見渡して、心ここに在らずだった。


「でしょー? だからさ、今度ゆっくり二人で」

「あ、先輩! やっと来たー。何で早く来てくれないんですか?」


 うっ、よりによってこのタイミングで見つけるか⁉︎

 クネ野郎がギロっと嫉ましく睨みつけてきた。

 いやいや、本来俺が呼ばれたのに、横からしゃしゃり出たのお前だからね? 俺は悪くない……!


 とはいえ、今更名乗り出るのはバツが悪い。苦虫を噛んだような顔で紀野の前に出たが、視線が痛い。


「ど、どうした、紀野」

「今朝、先輩のアレをチョコチョコしたじゃないですか? ほら、路地裏で」


 アレをチョコチョコ!

 おい、文字を伏せるな、誤解を与えるだろう?


「あー、髪を切ったアレね! そ、それがどうした?」


 今年一番声を張ったぞ、おいおいおい。

 そもそも紀野に髪を切ってもらったって事実も、普通じゃありえないけど。嫉妬の視線が痛い、痛い……。


「いやー、せっかくなら、もっと切ったほうが良かったのかなーって思ったり。で、もし先輩が良かったら、もう少し切らせて欲しいなって思ったんです」


 え、そんなことでわざわざ俺のクラスに来たの?

 スゲェ、どうでもいいことじゃん!


「えー、どうでも良くないですよ? だって先輩って、とてもいいモノ持ってるじゃないですか? 私、大好きなんですよねー」


 だ、大好き⁉︎

 ほら、お前……、またそんな発言を人前で!

 やめろよ、何でもかんでも好きだっていうの!


「何でそんなにキョドるんですか? えー、だって隠してたら勿体ないですよ? 私、もっと見たいのにー」

「や、やめろ、お前……!」


 これ以上、俺のHP抉るのはヤメろ! お前が発言すればする程、クラスでの居場所がなくなるんだよ!


「だから、今度切らせて下さいね? 先輩の前髪」


 紀野の指が俺の額に触れて、髪を靡かせた。

 久々に広がった視界に映ったのは、眩しく放った彼女の笑顔。


「っていうか、私、先輩の連絡先知らないし? コレ、私のIDなんで登録して下さいね」


 渡された名刺に目を白黒させていると、紀野は上目で覗き込んでいた。


「事務所から、無闇矢鱈むやみやたらに教えたらダメって言われてるから、他の人には教えたらダメですよ?」


 耳元で囁かれた声に、胸が詰まった。俺、絶対に早死にするわ……。

 そもそも何で、事務所からダメって言われていることを俺に教えるんだ?


「えー、そんなの先輩が好きだからに決まってるじゃないですか?」


 唇を悪戯に動かして、コイツは……!


「紀野の好きほど、信じられないものはねぇよ」

「え、何でですか? 好きなものは好き、コレ以外に理由ありますか?」


 お前の場合は好きが多すぎるんだよ。

 その他大勢の中の好きを鵜呑みにするほど、俺は自惚れてはいない。


「ところで用事ってコレだけか? わざわざ三年のクラスに来てまで、お前は……」

「だって気になっちゃったんですもん。せっかくの先輩との絡み、大事にしたかったんですよ?」


 可愛いこと言うなって、お前……。

 鵜呑みにする隠キャと、妬む野郎がいるからヤメろって。


「あと先輩のチョコパイ取っちゃったから、もしかしてお腹空いたかなーって思って。これ、私のチロルチョコです。これで我慢して下さいね」


 紀野の制服のポケットから取り出されたチョコは、少し体温で溶けていて、強く握るとフニャっと歪んだ。


「それじゃ、先輩! 私、ずっと待ってますから忘れないでくださいよ? 約束ですよ?」


 バイバイと大きく手を振りながら、去っていくが、主語がないから回りが不審な目を送ってくる。

 痛いっ、痛い……ぼっちにこの視線は痛すぎる!


 手元に残った名刺とチロルチョを見ながら、俺はニヤつく口角を隠したが、すぐに思い直した。

 ダメだ、アイツの好きを勘違いするな……勘違いしたら、俺は。


「おい、斎藤……っ、お前、勘違いするなよ?」


 心を読んだかのように、クネ野郎が牽制を仕掛けた。


「あの人気モデルの紀野が、お前なんかを好きになるわけねぇだろ? 俺ですら相手にされなかったのに、お前なんか有り得ねぇんだよ! 俺はお前の為に言ってるんだ! 絶対に勘違いするなよ⁉︎」


 あまりの勢いに圧倒されて言葉を失っていたが、そんなこと重々承知だ。


「テメェに言われなくても分かってるよ! このクネ野郎!」

「クネ……⁉︎」


 分かってるよ、こんなことで調子に乗るほど、長年隠キャはしてない。俺は回りの視線を一掃するかのように、ズカズカと自席に戻って、再びふて寝を始めた。




 ———……★

 凪ちゃん、どうせならクネ野郎の前髪切ってあげれば良かったのに。

 第2話もお読み頂き、ありがとうございます✨引き続き、3話もよろしくお願いします!

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