可愛い後輩の大好きが、俺にだけ伝わらない。

中村 青

女子は「可愛い」だの「好き」だのと……

 なぜ女子は「可愛いー」って言うんだろう?


 フルーツたっぷり映えパフェ———

 それは分かる。


 毛並みが綺麗なシーズー犬……。

 うん、それも可愛い。


 けどさ、ウィンドウに飾られたマネキンの服、全部可愛いか?


 たまに「こんなの誰が着るんだ? このシャツの丈の長さ、おかしいだろう? ヘソ見えるぞ」っていう服にまで「可愛いー」って言ってさ。感性、理解出来ない。


 最近じゃ、通りすがりの宇宙人みたいに頭を光らせているカップルに「可愛い、ウケる」って笑ってる女子高生がいたし。


 おいおい、それって何でも可愛いをつければ許されると思ってないか?


「可愛い=免罪符」じゃねーんだぞ?

 語彙力! 少しは語彙力をたぎらせろよ、っていう俺も大した感想は言えないけど。


 ……分かるよ、分かる。

 人を傷つけない為に言ってるんだろ?

 可愛いって言ってれば、誰だって傷つかないもんな。


 けどさ、の言葉で勘違いする奴が存在することも分かっていてくれ。

 だっては———こんなにキラキラした雑誌の表紙を飾るような、選ばれた人間なんだから。


 コンビニに陳列されたティーンズ女性向け雑誌「Very Chu」は、女子小学生から中学生に人気の雑誌だった。

 この雑誌で特集された服や物は、必ず流行ると言っても過言ではない。


 SNSを駆使した戦術———専属モデルを駆使した華やかで可愛らしい世界で溢れたモノは、世の女子の心を虜にしていた。

 紙媒体が廃れていっていると言われている業界だが、現にこうして沢山の本が並んで、実績を残している。


 ほら、今だって隣に置かれていた今日発売日の雑誌が手にとられていった。


『……またが売れていった』


 そのモデルの中でも人気なのが、今回表紙を飾っている紀野 凪きの なぎだ。

 実は彼女は、俺が通っているカドカワ中学校の生徒なのだ。しかも同じ図書委員! 今日は月に一回の委員会の日‼︎


「………まぁ、あまり学校に来てないけどね」


 委員会なんて、彼女は最初の一回しか参加したことないけどね。


 あ、申し遅れました。俺の名前は斎藤 心さいとう しん、カドカワ中学校に通っている中学3年生だ。


 自慢ではないが、俺はまだ彼女ができたことがない。

 モテないわけではないのだが、小さい頃に母親を亡くして男手に育てられた俺にとって、女性は未知の生物だった。

 何を考えているか分からないし、すぐに泣くし、何かにつけて皆で行動したがるし。


 今でも思い出せるトラウマは、ある女の子の告白を断った時に、一緒に来ていた女子が「月音つきねちゃん、泣いちゃったじゃん。サイトー、アンタ謝る代わりに付き合ってあげなよ」と言ってきたことだった。


 断って泣いたのに、それで付き合うってどういうコト?

 そこに俺の気持ちはないの?


 正解のない迷宮に頭が混乱した俺は、一刻も早くその場から逃げ出したくて、全力で駆け抜けた。もちろん泣かせた女子を置いて。

 逃げた卑怯者として、俺のあだ名は「ヒキョーな斎藤」になった。


 ………そのままやんけ!


 とにかく俺は、女子ってものがトコトン苦手だった。

 だってこのコンビニのハゲた店長にも「ツルピカ、可愛いー」って言ってんだもん。

 彼女達は道端に落ちている犬のウ○コも可愛いって言うのだろうか? その姿をSNSにアップしてやろうかな……。

 全世界の人間がどう反応するか、思い知るがいい……!


「先輩、さっきからブツブツと何を言ってるんですか?」


 すぐ隣から聞こえた声に、俺は全身に鳥肌が立った。

 コイツ、いつの間に現れやがった!


「ふふふっ、先輩の反応って、いつ見ても面白いですね。可愛い、好きー♡」


 黒縁メガネを掛けて、変装用にマスクをして。それでも隠しきれないオーラが、辺りに散らばって眩し過ぎる……!


「き、紀野凪! 何でここに……?」

「この前を通ったら、先輩が雑誌コーナーの前に立っているのが見えて。それに今日は私が表紙の雑誌の発売日だったなーって思って」


 彼女はVery Chu(略してベリチュ)を両手で持って、同じ表情で覗き込んできた。


 か、か、可愛い! 本当にコイツは同じ人間なのか? 何でオーラが放たれてるんだ? 俺のような隠キャな奴にはない華やかな雰囲気……、くそ、目が潰れる。直視できない———‼︎

(ただし、現在は黒縁メガネとマスクが邪魔で、効果は低下中)


「先輩ー、あんまりゆっくりしてると遅刻しますよー?」


 ………あれ、紀野。いつの間にレジに移動したんだ?

 一人で身構えるポーズを取ってて、俺、恥ずかしい奴じゃん……。


 本当は紀野の雑誌を買いたかったのだが、流石に女子向けのキラキラ雑誌を、俺のような隠キャが買うわけにはいかない。


 いや、買えるわけがない!

 しかも学校の近く……っ、誰に見られるか分かったもんじゃない。


 俺のあだ名は未だにヒキョーの齊藤だ。

 流石に面と向かって言ってくる奴はいなくなったが、俺がいない間にコソコソとその名を口にしているのは知っている。


 クソ陽キャめ! 自分達は何をしても許されると思いやがって! そんなの……この学校という狭いテリトリーの中だけだからな! 社会に出たら、お前らよりも更にキラキラした陽キャが幅を利かせてくるんだからな!


 ………まぁ、隠キャはずっと隠キャのままなんだけどな。


「まーたブツブツ言ってる。先輩って、何でそんなに暗いんですか?」


 コンビニを出ると、スムージーを吸って待っていた紀野が立って待ってくれていた。


 何でいるの、お前!


 周りを見渡したけど、俺しかいない?

 え、俺を待っててくれてたの?


「うーん、先輩ってもう少し前髪を切って、顔を出したらいいのに。今のままじゃ、暗くないですか?」

「ほ、放っておいてくれ。俺はこのくらいがいいんだ」


 イメチェンして目立ったら、また何を言われるか分かったもんじゃない。


 それこそ「ヒキョーの齊藤が調子に乗ってるぞ? アイツ、本当に身の程知らずだよな……」「しかも凪ちゃんに言われて切ったらしいよ? 隠キャが勘違いして恥ずかしいよなー」って言われるに違いない!


「———紀野、申し訳ないが断る! これが俺のアイデンティティーだ!」

「アイデン……? うん、分かりましたー」


 ……うん、きっとコイツ、面倒臭いと思っただろう。

 隠キャがお世辞を間に受けんなよ、面倒くせーって心の中で言っているに違いない!


 別にいいけどね! 俺は俺の身を守っただけだから‼︎


「でもさ、先輩。今のままだと少しだけ目に入りません? 痛くないですか?」

「まぁ、そうだな。確かに少し長いかも知れないな」


 そういうと紀野は「そうですよね。先輩、ちょっとここに座ってください」と少し入った路地裏に誘ってきた。


 か、カツアゲされるのか? もしかして美人局か? 紀野レベルになると、一緒に歩くだけで金を取られるのか⁉︎


「ほらほら、早く。本当に遅刻しちゃいますから」


 そう言うと紀野は、ポーチから小さなハサミを取り出して、俺の髪をチョコチョコ切り出した。


 あの、紀野凪が……俺の髪を摘んで、十数センチ前にいた。視線は上にあるけれど、見つめ合っているような体制に、胸が苦しい……っ、息が出来ない。無駄に心臓がバクバクして、寿命が一年は縮んだ気がする。


「ほら、出来た。これでスッキリしたよ?」


 ほんの数ミリなんだろうけど、確かに落ち着いた気がする。目に入らないからストレスにもならない。


 たまにはやるな、紀野も……。

 珍しく感心していると、さっきコンビニで買ったチョコパイ苺チーズケーキをひょいと取られてしまった。


「お前っ、何を!」

「カットのお礼はこれでいいですよー。先輩、いい感じです。好き♡」


 くっ、コイツは……!

 誰にでも好き好き言うな、息をするように好きって言いやがって!


「あ、マリちゃん? 今日の宿題した?」

「凪ー、おはよー。うん、したけど凪は? もしかしてしてないの? 見せてあげようか?」

「本当? いいの? マリちゃん、大好きー♡」


「おはよ、紀野。雑誌見たぞ。妹がファンだから買ってやったぜ」

「うそ、土方、ありがとう! 好き好きー♡」


 ………おい! やっぱコイツの好きは油断できない! あんなを間に受けていたら、とんだピエロになるところだった!


「くそ、陽キャが……。好きとか言われ慣れていない隠キャは、勘違いするんだよ」


 赤くなった顔を手で隠しながら、俺は学校へと歩き始めた。




 ———……★


 最後までお読みいただき、ありがとうございます。今回は改行多めで書いてみましが、いかがでしょうか? 

 拗らせ男子と陽キャな後輩の話、もし読んでみたいと思ったら、応援やフォロー、レビューや★などよろしくお願いします。


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