第11話 そつない君と賭け事
「ごちそうさま。美味しかったよ」
「よろしおあがり、っと。どうする?二人帰ってくるまでうちにいる?」
「そうしよっかなー、今日は白星ちゃんと寝よー」
「本人の許可はとりなよ…?」
「まるで白星ちゃんが私と寝るの嫌がってるみたいな言い方やめてよ!」
嫌がってはないが、美羽姉は寝相が悪いらしく、白星のシングルベッドで一緒に寝ると美羽姉が朝起きたら床に落ちてるので心配してる。
「あ、星くん。二人が帰ってくるまでゲームしようよ」
「えー」
「もちろん今回も賭けるよ!私はいつもの!」
「じゃあ俺が勝ったらコンビニスイーツ二個ね」
「乗った!」
美羽姉と何か小さなことを賭けたゲームは、たまに行われる二人の間の恒例行事である。大体勝率は五分五分。お互いゲームが上手でも下手でもないため、非常にちょうどいい勝敗確率となっている。ちなみにゲームがぶっちぎりで一番強いのは白星。
今日も国民的大乱闘ゲームを起動する。もうお互いの持ちキャラも分かっているので、バトル開始までが非常にスムーズだ。
「今日も三機勝負?」
「それでいいんじゃない?前一機でやると味気なさすぎたし」
序盤はお互い無言で、カチカチとコントローラーをいじる音だけが響く。
「げっ」
「んえ」
お互い一機ずつ削りあった頃、俺はふと今日の出来事を思い出して、美羽姉に尋ねる。
「ねえ、美羽姉」
「んー?」
「幼馴染だから言えないことって、ある?」
俺の言葉から少しの間、沈黙が部屋に降りて、またカチカチとボタンがたてる音だけが聞こえる。今のところ俺が優勢だろうか。
「難しいこと聞くね。幼馴染だからこそってことでしょ?」
「そういうことだと思う」
「んー、そうだな…」
美羽姉は少し言葉を選ぶように間を置くと、画面からは目を離さずにこう言った。
「幼馴染って関係に甘えて、その人の他の部分を縛る言葉とかは言えないなあ…」
「他の部分を…縛る…」
その言葉を聞いて、なんだか自分の中で紀伊さんの言葉がどういう意味なのかが、輪郭を帯びてきたような気がした。
「はい、どーーん」
「あっ」
そして、その思考が深くなった一瞬の隙の代償を被ったのは、ゲーム中の俺の分身である。
名前の上に踊る敗者の文字を見ながら肩を落とす。
「ゆ、油断した」
「真剣勝負の間に真面目な相談なんてするからーー」
「言い返せねえ…」
おっしゃる通り。
ぐうの音も出なくて、自室の床に倒れ込む。それを見て美羽姉はケラケラ笑っている。畜生、次は覚えてやがれ。
「さて、賭けの商品はちゃんと貰うからね。次の外出はいつ?」
「土曜日…昼過ぎからだと思う」
「よしよし、じゃあ出かける前になったら私の部屋に来てね」
美羽姉はどうやら既に、今の勝負で得た戦利品について想像を巡らせているようで、随分と機嫌が良さそうである。
「楽しみだね、次はどんな系統の服にしよっかな」
「マジでお手柔らかにしてね…」
俺が賭けていたものというのは『次の外出時の自分の服装の自由』である。美羽姉はどうやら人を着飾るのがとても好きらしく、白星や風星をよく着せ替え人形にしている。
中でも、体型や身長が一番近い俺を着飾るのがとても楽しいとのことで、メンズライクな服も多い美羽姉のクローゼットの中身と俺の服を組み合わせて、毎度友人と遊びに行く時の服なんかを決めたがるのだ。
おかげで、友人たちには服のジャンルが統一されていないのを不思議がられている。方向性を決めかねている人だと思われていそうだ。
美羽姉が俺のクローゼットの中身を漁ったりしていると、風星と白星が同時に帰ってきた。タイミングが合って、途中から一緒に帰ってきたらしい。
二人に夕飯を出すと、四人で食卓に座って数十分の間雑談をした。和やかな時間の流れは早くて、ふと時計を見るともう九時過ぎだった。
誰か風呂に入れと俺が言い出したのを皮切りに、美羽姉が白星を連れて浴室に消えていき、風星は宿題があると自室に戻った。つい先刻までの盛り上がりが嘘だったかのように、リビングからは音が消えた。
布巾でダイニングテーブルを水拭きして、浴室から聞こえてくる姦しい声から逃げるように自室へ。俺にも宿題がある。
どうせ風呂から上がると、二人は白星の部屋で騒ぐに決まっているので、教科書類の入ったカバンを持って、一階へと降りた。
玄関のすぐそばにある扉を開けると、そこは本で溢れた部屋だった。窓が存在する一辺以外の壁全てを本棚が覆い尽くし、それ以外には作業用のテーブルと椅子しか存在しない。ここは、父と母の作業部屋兼家族の図書室である。本棚には、学者である両親の資料が主に詰め込まれているが、一部分には俺の買った小説や、白星の本棚に収まりきらなくなった、長編の漫画なども存在している。
カバンから宿題に必要な教科書類を取り出すと、机の上に少し乱雑に置いた。今日の宿題がそこそこの量だったことを思い出したからだ。
一時間はかかるだろうと目算すると、机の上に置かれた小型の加湿器に水を補充することにした。キッチンへ行き、シンクの蛇口から水を注ぎ込むと、溢さないように少し歩みを慎重にして、ついでに一本天然水を持って部屋に戻る。
加湿器の電源を入れ、椅子に座るとようやく準備が完了だ。俺は長時間の作業をするときは、最初に環境づくりをしないと、細かいことが気になって集中できない質だ。
長時間の作業を想定したであろう革張りの椅子は、父親がこだわったと豪語していた品で、事実座り心地がとてもいい。これほどまでは求めないが、学校の椅子も、もう少しなんとかならないものだろうか。
この部屋は、父親と母親が家にいるときは、ほとんどの場合どちらかがこの部屋で何か作業をしているため使えないが、今のような家を空けている期間は好きに使っていいようになっている。
椅子もいいし、本に囲まれた環境が小説好きの俺としては非常に好ましいので、集中したい時は、この部屋で作業する。もちろん今日のように、騒がしい時の避難場所的な側面もあるが。
まずは数学の宿題範囲を見ながら、教科書と問題集のページを開く。数学は苦手だ。
授業の記憶を遡りながら、数式を理解して解きほぐしていく。疲れからか、たまに頭痛がする。それと共に、余計なことまで考えてしまう。
「(そういえば、紀伊さんがああなった原因も、数学の授業が発端だったな…)」
解法に詰まるたび、頭にそんなことがよぎっては、髪をかき上げて打ち消す。シューっと鳴る加湿器の音に合わせて、シャーペンを動かして、考えないようにした。
四十分ほど経って、数学の宿題が終わると、次は古文の宿題に取り掛からなければならなかった。余計な思考が挟まったせいか、それとも疲れによる頭痛のせいか、目算よりも宿題の進行が遅かった。
伸びを一つして、机に右肘を乗せ、頬へと手のひらを持っていく。頬杖は、癖の一つだった。母や美羽姉に「顔の形が歪むらしいからやめた方がいいよ」と言われてもやめられなかった。なんとなく、落ち着くのだ。
タバコをやめられない人間も、こんな気持ちなのだろうかと想像する。俺自身、タバコの匂いが嫌いで、一生縁はなさそうなので、その気持ちを実体験することはなさそうだから、答え合わせの日は来ないだろう。そんな答えの出ない思考を、今はしていたかった。
机の上に小型の加湿器を置くのは、自分の喉が乾燥に弱いというのもあるが、単純に加湿器の稼働音が好きなのである。コポコポとなる水音と、ぼんやりと視界を歪ませる、噴き出た水蒸気が好きだった。
その音を消したくなくて、作業中にあまり音楽はかけない。音楽は好きだけれど、いや、好きだからこそ、意識の外にあるBGMにしておくのは勿体無いと思うから。
どうにも集中できない。先ほどから、益体のない思考が浮かんでは消えていく。
どうせ、随分と予想したより時間がかかってしまうならと、一旦古文の参考書を開くのを諦めて、音楽をかけることにした。
スマホを開いて、愛用しているサブスク音楽アプリを起動したら、自作のプレイリストをかけた。
それは、好きなバンドの中でも特にお気に入りの曲を集めて作ったものだった。ファンタジックな独特な世界観と、透き通るようなボーカルの声が好きで、かれこれ小学生の頃から十年近く応援している。
加湿器の音を消さないくらいの、極小音に音量を調整した。ドラムのシンバル音と、ボーカルの声、そして各パートで目立つようになっている楽器の音くらいしか聞こえなかったけれど、何年も聴き続けているので、足りない音は脳内で勝手に補完される気がした。
背もたれに体重をかけ、軋むリクライニングにかき消され、ボーカルの声が一瞬途切れた。ギターソロに耳を澄ますように、気づけば目を閉じた。
カウベルの音が最後に聞こえたような気がした。
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大乱闘!(シリアスなので、ここに何書くか迷って結局これ)
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