第32話 サユリへの疑い
奥宮に戻り、自室に戻ったルイーズは騎士の装いを解いてベッドに座る。
遠くに見える海辺は大きな客船や貿易船が停泊しているのが見えた。
彼女は幼い頃に王宮のバルコニーで眺めていたのを思い出していた。
「ルー、あれが貿易船だ。ここから世界中に品物が入ったり、出ていくんだ」
「すごいね。おとうさま」
「ああ、交易することで、双方の国に恵みが生まれるんだよ。それはこの国にとっても必要なことだ」
父にそう言われながら貿易港に出入りする船を見ていたのが懐かしく思う。
自分が八歳の頃に弟のサミュエルが流行り病によってこの世を去った。
ジュネット王国では男子が王位継承することを優先しているが、このような場合は女子が王位継承することになっている。
ルイーズがジュネット王朝として初めての女王となり、最後の国王になるを知っている。
奥宮はとても安全ではあるが、ルカ・アンドレア帝の監視があるだろうと思っている。
でも、側妃たちと共にいる間はとても安心できるようになってきているのだ。
そのときにアレクサンダーがドアを叩くような音が聞こえてきた。
「ノエル、一緒にレオノーラ妃殿下のもとへ行きましょう」
「はい。わかりました」
「なるべく軽装の方がよいかと思います。ブレスレットは忘れずに」
「はい」
左手首につけているブレスレットは天才魔法導師のトマ・ルゼから渡されたものだ。
魔力を調整し、体力消費を防いで登録された人物の位置情報もわかるようになっている。
それを手に付けていると、何かしらのお守りのような気がして安心している。
ベッドに置いていた騎士の上着を羽織り、外に出たのだった。
部屋を出ると、王女に扮するアレクサンダーと共にレオノーラ妃の部屋へと向かうことにした。
レオノーラ妃はルイーズとは遠縁の親戚で、数代前にリュミエール公国の公女が王妃として嫁いだことがきっかけらしい。
それからは時折、レオノーラ妃とは文を交わすようになっている。
部屋の前にいた侍女たちがこちらを向いて礼をして、部屋の中にいる主に声を掛けようとしている感じだ。
「レオノーラ妃殿下、アレクサンドラ王女殿下方がいらっしゃいましたよ」
「ありがとう。ユリア、マリア、あなた方は下がっていいわ」
「はい。かしこまりました」
そう言って侍女を下がらせて、レオノーラ妃は笑顔で自分たちを見つめているのが見えた。
「アレックス様、ノエル様も共に皇帝陛下のことをご存知なのですか?」
「いえ、肖像画以外の情報は特に」
「そうですよね。私が側妃として
「十一月ですわ。まだ当分先のようなことかと思いますが」
「ですがあっという間ですわ。子どもの頃に比べて時の流れが早いものです」
レオノーラ妃は隣に生まれたばかりの我が子を見つめたりしている。
「でも、この子はアンナ様には似ていないように見えるのですよ。
その言葉にアレクサンダーとルイーズは驚いてしまったのだ。
◇◇◇
アレクサンダーは言葉を失ってしまって、隣にいるルイーズも似たような表情をしているようだ。
「アレックス様もご存知ではなかったのですね」
「薄々気づくことではないですからね。西の大国との交流は極めて難しいので」
「そうですね。エリン王国は大陸東側にある国ですからね」
「ええ」
その言葉を聞きながら心臓の鼓動がどんどんと速くなっていくのを感じていた。
冷や汗がダラダラと流しながらレオノーラ妃の方を向いて、魔力のこもった目で彼女のことを見つめた。
(傀儡はかかっていないか……外れたな)
彼が考えていたことは外れたものの、ドアをノックされる音が聞こえてきたのだ。
「アレクサンドラ王女殿下がいらっしゃいますか?」
「ええ、いるわ。どうしたの」
「申し上げます。サユリ・サイオンジ様がお会いしたいとのことです」
「アレクサンドラです。すぐに向かいますわ」
その侍女の言葉を聞き、アレクサンダーは向かうことにしたのだった。
彼らが向かったのは奥宮の庭園にあるあずまやに留学生であるサユリ・サイオンジがこちらを見つめているのが見えた。
いつものようにアズマの服を身に包んでいるのは変わらない。
「お久しぶりですね。アレクサンドラ王女殿下」
「ええ。あのときは男装をしていたので」
そう言うとアレクサンダーは彼女の方をレオノーラ妃に向けたように魔力を込める。
そうすると、彼は予想通りだと感じた。
サユリ本人には精神傀儡の魔法が掛けられており、その性質が破滅型魔法を持つ者が掛けたものだという。
(まずいかもしれないな)
「サユリさん。お久しぶりですね。あなたの働きぶりはよく聞いております。妃殿下方からお聞きしましたの」
「とてもありがたいです。女子教育についても知り、アズマ国でもそれを知らしめたいと思っていますの」
「そうでしたか。故郷はどのような国なのですか?」
「はい。国民のほぼ全員が魔力を持ち、魔法に関しても扱えるようになっています」
「そうなのですね」
サユリは文官の家柄であるサイオンジ家の長女として生まれたので女子教育には恵まれているようだった。
アズマでは貴族の女性でも勉強をしたいと話しても、知識を持つ女性の嫁ぎ先が限られてくると聞いたことがある。
女性としての教養はあるものの、それ以上学ぶ必要はないという考えらしい。
それ以上を望みたいのであれば手習いを親戚の家で住み込みで行うことだった。
「こちらでいう家庭教師ということですね」
「ええ、私は故郷に戻れば結婚式を挙げる
「そうなのですか?」
彼女には
親同士が決めた婚姻はサユリが生まれてすぐに成立し、相手は五歳上の君主のミカドの従妹に当たる男性だと聞いている。
アズマでの成人は十三歳から十六歳までにおこなわれ、それと同時に結婚も行うことでかなり幼いときに決まることも教わった。
アレクサンダーはサユリとの会話を終わらせて、彼女に不可視の追跡魔法をつけておくことにした。
何かあるかもしれないということで考えたのだ。
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