しのびよる影

第31話 喪失

 悲鳴がこだまするが、いきなり起きたことに近衛団や騎士たちがやってきた。

 そのなかで招待客たちは叫び、青ざめ、なかには嘔吐や失神してしまう者も出ている。


「アレックス様!」

「ノエル、見てはいけない。あまりにも」

「しかし」

「いけないわ」


 言葉を遮り、ルイーズに決してフェリシアナ妃の姿を見せないようにしていた。

 ちらりとアレクサンダーは遠くに横たわる彼女を見る。


 結界を解いてからはフェリシアナ妃の姿は形をとどめておらず、誰もが予想しなかったような姿だった。


 大理石の床には血だまりができており、着ていた華奢なデザインのドレスにも血のシミがどんどんと広がっていくのが見えている。


 それをルイーズが見てしまうと、大きく動揺してしまうかもしれないと考えたのだ。


 招待されていた客たちはすぐに宮殿を後にしていくのがわかる。

 結界を解いたときにルイーズ自身も見たのか、少し息をのむ声が聞こえた悲鳴は聞こえなかった。


「アレックス様、こちらへ」

「しかし」

「早く、安全のためです」


 そう言うルイーズも青ざめた顔をしながらも、主であるアレクサンダーを護衛するためにサーベルから剣を抜く。


 彼女も同じように騎士としての職務にあたっているので、拒否することはできないと感じた。

 同じように護衛騎士のリカルドと皇太子になったばかりのアンナも似たように奥宮へと向かうことになっているようだった。


 奥宮へと戻ると騒ぎを聞いて起きた皇女と皇子たちがこちらを見ていた。


 そのなかでも出席していたイリヤ皇子とアンナ、側妃たちは見ていたので、状況を教えるわけにはいかなかったのだ。


 しかし、伝えないといけない皇子がいたのだ。

 亡くなったフェリシアナ妃の子どもであるセバスティアーノ皇子だった。


 二歳にして母親がいなくなったことについて、まだ理解すらできないかもしれない。

 まだ幼い彼のこれからについてを思うと、とても辛い出来事に違いない。


「ああ……セバスティアーノ様、おかわいそうに」

「かあさまは? どこにいるの?」

「お母様は天の国に旅立たれたよ。申し訳ない」


 つたない言葉で兄たちに問いかけているが、アンナやイリヤが抱きしめてそう伝えることしかできなかった。


 翌朝には第四側妃であるフェリシアナ妃が、逝去が発表されたのだ。





 それからの数日間はフェリシアナ妃の葬儀などが執り行われ、彼女の故郷から家族も参列して亡骸は皇族の霊廟へと埋葬されたのだった。


 亡骸を収めた棺のふたを開けても、そこには埋め尽くされるように花が入っているだけだ。

 損傷が激しく、こうすることしかできなかったということを関係者が話していたのを聞いてしまったのだ。 


 参加していたエリン王国王女も哀悼の意を伝えていた。


「アレックス様。申し訳ございません、せっかくいらしてくれたのに。このようなことになってしまって」

「いえ。正直、驚いていますの。でも、一番悲しいのはセバスティアーノ殿下ではないですか?」


 セバスティアーノ皇子はわずか二歳で母を亡くし、いまはお付きの侍女だった女性が世話をしているという。

 そのなかでも彼は何となく元気をなくし、少しずつ母の状況を知ってしまったのかもしれない。


 ソフィア妃がセバスティアーノ皇子のために何かできることがないかを考えているようだった。

 喪服に身を包んでいた側妃たちも同じことを考えているようだった。


「そうね。あの子がたった一人で生きていくには難しいですわ。一応、陛下に成人まで過ごせるようにと願いを出したいくらいですが」

「そうですわ! アリーチェ、侍従を呼びなさい。陛下に言伝を」


 そして、夜会で起きたことにはかん口令が敷かれ、厳重になかったことにされているような感じがしていた。



 しばらくの間、アレクサンドラ王女として魔法工学の専門家と意見交換を行う機会が先延ばしになっている。

 時間が空いているのでアレクサンダーは宮殿にある図書館へと向かう。


 奥宮からは転移魔法で移動できるので、それを使うことにより人目を避けて移動ができるのだ。


 そこに現れたのはグレイヴ伯爵だったのだ。


 あの宮殿で行われた夜会に参加していたので、状況は知っている人物でもあるので話は通じやすい。


 こちらに来ると安堵したような表情で彼らのもとへとやってきた。

 そして、アレクサンダーが強固な結界を張ることで、魔法の干渉と盗聴を行えないようにしている。


「殿下、ご無事で何よりです」

「ええ……でもフェリシアナ妃殿下があのようなことに、とても胸が痛みますわ」

「奥宮での状態は」

「皆さま、とても悲しまれていますわ。妃殿下方も仲が良かったようです」


 そのまま気づかれないように話しながら情報となる紙切れを伯爵から手渡されたのだった。


 隣にいたルイーズにも情報を共有してからは丁寧に詳しい情報を聞いていく。


 そのなかで皇帝の弟であるレオ・アントニオ皇子が眠る霊廟があり、そちらは皇帝以外の人物の立ち入りを禁じられていることだ。


「なぜ、陛下以外の立ち入りを禁じているのですか。母君であられるベアトリーチェ皇太后陛下もいるのに」

「そうなのです。ベアトリーチェ皇太后陛下も禁じられており、陛下に花を手向けるようにと頼んでいるとのことでした」


 本来ならば母であるベアトリーチェ皇太后が立ち入ることも許可されるのだが、それが叶わない状況に違和感を感じていた。


 霊廟に埋葬されている皇族は血縁者であれば立ち入りが許可されているのだ。


 なので皇族の血を引く貴族たちが命日に先祖に花を手向けることができるようにという配慮もあるのだ。


「俺の場合、姉と兄の墓に参ることができる。それを禁じているのはおかしい」

「そうですね。亡くなっている家族にも会いに行きたいですよ」


 それを禁じていることがかなりおかしいと思っているようだ。


 そのことについて詳しいことをグレイヴ伯爵の弟であるリカルドに依頼しているという。


 かつて暗殺者アサシンとして任務に当たっていた過去もあるため、宮殿内の隠されている通路などを知っているという。


 しばらくの間、女性の外交官がいろいろと聞きたいということがあるとのことでグレイヴ伯爵が呼ばれた。


「それじゃあ」

「ええ」

「また。連絡しましょう」


 伯爵が外に出ていき、図書館に残されたアレクサンダーは一度司書に読書に使う書物について調べてもらおうとカウンターへと向かう。


 カウンターにいたのは五十代くらいの女性でこちらに気が付いて、柔和な笑みを浮かべて会釈してくれた。


 淡いはちみつ色の瞳にはモノクルがつけられており、イヤーカフに繋がっている鎖がシャランと音を立てている。


「あら。アレクサンドラ王女殿下ですね。どうされましたか?」

「読書のためにいくつか書物と、魔法書などがあれば読みたいのですが……貸し出せるもので構いませんので」

「そういうことでしたか。少々お待ちください。魔法導師の資格をお持ちでしたら、こちらも使いこなせそうですわ」


 それを言いながら彼女は貸出可能でかつ彼に見合う魔法書、読書には民話が入った書物を取り出して手渡した。


「ご返却される際は侍女にお伝えください」

「はい。ありがとうございます」

「いいえ。ごきげんよう」


 そして、奥宮へと戻った。

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