第30話 きらびやかな場での悲劇

 アンナ・ベアトリーチェ皇太子が正式に皇位継承第一位の皇女になった。


 その祝いのためにささやかではあるが、一般的な夜会が宮殿で行われることが決まったのだ。


 そのなかにアレクサンドラ王女と偽るアレクサンダー、同じく護衛騎士ノエルとしているルイーズが宮殿での夜会のための準備をしていた。


「アレックス様、大丈夫ですか?」

「ええ、ノエル。あなたも大丈夫かしら、髪色は変えなくても」

「良いのです。もう隠すことはありませんからね」


 ルイーズはエリン王国の王族護衛騎士団の黒い礼装に身を包み、豪奢な金色の飾りが目を引く。腰には武器となるサーベルが邪魔にならないように固定されている。


 アレクサンダーは女性用の夜会に必要なドレスとは異なるデザインになっている。

 未成年ではあるが、本格的に公務に参加していることもあるので礼装のドレスにした。


 彼女は体調不良から復帰したばかりであるので、少し厚手の布地を使用したドレスにしている。

 髪も一つにまとめているが、前髪は下ろしたことによって成人していないことを表せるようになっている。


「アレックス様。お加減はどうですか?」

「はい。おかげさまで良くなりました。これも奥宮に仕える人々のおかげです」

「その言葉を聞いたら、仕えている者たちも喜びます」


 そのようなことを聞いてからはすぐに夜会の主人公が登場し、出席している人々はそちらに注目が向いた。


 おそらく亡き母の着ていたドレスだろうか淡い紫色ではあるが、流行に左右されないデザインだ。


 髪は結い上げられており、春には成人を迎える予定であることもあるので成人に近い髪型だ。その髪には赤い椿を象った髪飾りをつけている。


 薄く化粧も施されているが、その初々しい皇太子というのが見えた。


 その後ろからは皇族方が続いているのが見え、なかなか公式の場に姿を見せないベアトリーチェ皇太后も出席している。


 それは孫娘アンナの後見人だということを周囲に知らせるためにやってきたのかもしれない。


 そして、自分のもとへやってくるのが見えてきたのだ。

 この会場では一番身分の高い異国の王女のもとへ挨拶することになっているのだ。


「アンナ・ベアトリーチェ皇太子殿下、この度の叙任おめでとうございます」

「ありがとうございます。アレクサンドラ王女殿下、ご出席誠にありがとうございます」


 そのような会話をしてから次に政財界で活躍する貴族たちのもとへと向かうことにしている。

 その後ろには影のようにローマン帝国の帝室護衛騎士団の礼装に身を包んだリカルドが見えた。


 しっかりとアイコンタクトをしてからはお互いに夜会での行動に移すことにしたのだった。

 そのときに広がっている袖を隣にいるルイーズに小声で話す。


「これからはで良いか」

「そうですね。わかりました」


 アレクサンダーたちは貴族たちとの談笑をしつつ、魔法工学について高名な学者のことを聞いたりしていた。


「そうですね。アレクサンドラ殿下が興味があるのは魔法工学とは意外でした」

「本当ならば兄も一緒に行きたかったようですが、体が弱いのもあって私が兄の目となり耳となっています」

「兄君はお体が弱いのですね」

「はい。魔力が大きすぎて、器となる体が追い付いていないのです。最近は政治などにも積極的に行っていますわ。間もなく叙任式も行うことができるだろうと父上がおっしゃっていました」


 魔力が体の成長に追いつかず体調を崩すことが多く、双子のアレクサンダーも同じように体が弱いというであることは自分のなかで考えたことだった。


 ルイーズと共に営業スマイルのままで談笑をしているなかで、丁寧な言葉づかいで貴族たちとは離れる。


 会場内に室内楽団オーケストラ円舞曲ワルツが流れてきたのを合図にフロアには男女が歩いてきているのが見えた。


「アレックス様、踊りませんか?」

「いや。背が釣り合わない」


 アレクサンダーとルイーズよりも背が高いため、踊るのには少しだけ大変かもしれないと感じている。

 なかなか身長差のあるアレクサンダ―と踊ることは難しいと考えているようだ。


「でも、私はあなたの護衛騎士です。踊ることはできますよ」

「わかった。俺も工夫する」


 ルイーズに手を取られてフロアの端からアレクサンダーは重心を落として身長差を縮ませる。


 かつて役者がこう言っていたことを思い出したのだった。


 背が高いけれど、女性役を務めるときは膝を落として、なるべく男性を映えさせることを努力しますよ。


 その言葉を聞いてアレクサンダーも実践してみることにしたのだった。


「それでは殿下、お手柔らかにお願いします」

「ええ、ノエル。あなたにリードをお願いします」


 そのままアレクサンダーはルイーズと円舞曲を踊り出したのだった。

 優雅な旋律に合わせてフロアのなかで踊っていく。


 ややホールドに力が入っているように感じていたが、周りを見ながら周囲の踊りの空いているスペースを探していく。


「ノエル。力を抜いて、息を大きく深呼吸をして」

「は、はい」

「大丈夫よ。緊張が解れてきたわね」

「そうですか」


 そのなかでルイーズも一歩を大きく踏み出して、腰を支える手に力を入れてからしっかりとリードしていく。


 動きが次第に滑らかになり、丁寧に踊っているのが見えて楽しそうな笑みを浮かべている。


 曲を聞きながら彼女の笑顔がアレクサンダーと共に踊る中で見られていた。


 それを見たアレクサンダーは少し困惑しながらも、視線を逸らして周りを見つめていた。


 心臓の鼓動がせわしなくなっていたが、悲鳴が聞こえて事態は急変してしまった。


 フェリシアナ妃がいきなり苦しみながら倒れたのだった。


 そのなかで魔力を通した目で彼女のことを見たアレクサンダーは驚いてしまった。

 体の内側から魔力がいきなり膨張し、間もなく爆発しそうな状態だった。


「ノエル! 結界を張るわ」

「はい」


 そのままフェリシアナ妃の周りに結界を張った瞬間に、彼女の体はいきなり爆発してしまったのだった。


 その場にいた女性たちの悲鳴が響き渡った。

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