第29話 アンナ・ベアトリーチェ皇太子

 父であるルカ・アンドレア帝から皇太子となる儀式の許可が下りたのだった。


 その儀式に関しての肖像画が公表されてから、キアラ皇后の忘れ形見であるアンナ・ベアトリーチェ・ヴィオラ・ビアンキ皇女の生還を知ったのはその日だった。


 国民たちは疑いの目で皇女の生還を見ていたが、肖像画を見て納得していたのだったと感じていたという。

 儀式の後にそれを祝う夜会を行うことが決まっており、お披露目も兼ねているのかもしれないと感じていた。


 彼女が正式な皇位継承権を持つ皇女として認められ、立太子の儀式を行うことになっていたのだった。


(一国の主として未来が決まるのは、あと数年だと言われている)


 実はルカ・アンドレア帝はここ一年で体調が急激に悪化し、床に臥せがちだという情報がすでに国内で流れている噂の一つにあるのだった。


「アンナ・ベアトリーチェ殿下。儀礼服に関してのお話がございます」

「はい。わかりました」


 彼女が身に着ける予定のドレスはオフホワイト、細かい刺繍がされているのが見えたりしている。

 ドレスはベアトリーチェ皇太后の若き日に着ていた物を少し手直ししているが、似たような背丈だったのであまりないのが幸いしている。


「おばあ様が着ていた物、とてもきれいですね」

「そうですね。とてもお美しいものですね」

「ええ、とてもきれいですわ」


 侍女や、仕立人はそう言いながら彼女を鏡越しに見つめていた。

 癖がついているふんわりとした銀髪を結い上げることになる。


 まだ未成年でもあるので編み込みをしたハーフアップにし、国花の赤い椿を入れ込むことにした。


 椿は枝を髪留めのピンのように平らにし、固定することができるように加工してある。

 彼女の銀髪に赤い椿はよく映えるため、同じように結び目を隠すようにいくつか編み込まれている。


 宮殿には皇族専用の神殿があり、そこで生まれてから死ぬまでの儀式をここで行われている。

 控え室にて皇太子としての服を身にまとっている。


 白いドレスは長袖であり、露出はないものを使っているのだった。

 刺繍されているのは彼女が生まれた春の植物がこれでもかと白い糸で施されているのだった。


 その上から皇太子の使うマントを羽織り、まだ成人ではないが髪を結い上げて前髪を下ろしたままにする。


 そうすれば成人していないということがはっきりするはずだ。


 手にはイリヤがつけていたのと同じだが、瞳と同じ色の青紫水晶ブルーアメジストの指輪をつけている。


「殿下、間もなくですね」

「ええ、師匠」

「今日から自分のことをリカルドとお呼びください。殿下、もうあなたの師匠ではない、護衛騎士です」

「はい。わかりました……リカルド」


 言葉を聞いてリカルドも彼女をまもる任務に就くため、生まれ故郷であるエリン王国からローマン帝国に帰化した。


 そのため彼はローマン語読みの姓名に改めた。

 母方と養親の姓と組み合わせることにしたらしい。

 リカルド・カルロ・フェラーリ=モンテベルディとなり、騎士としてのキャリアを再び始めたのだ。


 そのなかで楽しそうな笑みを浮かべているのかもしれないと感じているんだろうとわかった。


「アンナ・ベアトリーチェ皇女殿下、お時間でございます」


 五人の神官たちが笑顔で最敬礼を行い、彼女の登場を待っているようだった。

 その言葉を聞き、主役である彼女が一歩を踏み出した。


 儀式が始まり、荘厳な雰囲気が神殿に漂い始めている。


 参列しているのは各領地の貴族たちやフェラーリ公爵の姿が見え、思わず頬を緩ませてしまったが再び前を向く。


 そこにはアレクサンドラ王女の姿もあり、急きょ立太子の儀式に招待をされたようだった。


(アレックス様、ルイーズ様がおられる)


 体調もよさそうで安心して背筋を伸ばし、一歩ずつ確実に歩みを進めていく。


 ステンドグラスは太陽の光に照らされ、神々の絵が神々しく見え荘厳で神聖な雰囲気を漂わせている。


 そのなかで歩いて行くと、その手前にイリヤがこちらに恭しく礼をしているのが見えた。


「イリヤ、楽に」

「姉上こそ」


 その会話は聞き取れる程度に小さな声で、イリヤもにこやかに接している。


「これよりお二人のどちらかに神託が下ります。『白銀の銃』を持てる者が皇位継承者とする」


 神官長の声が聞こえ、イリヤが最初に触れると空気を震わせる音が聞こえた。


 それと同時にイリヤが右手を押さえながら痛みに耐えているのが見えたのだった。


 それを見たアンナは驚きながらも、彼を見守ってから自分の持つ順番が回ってきたということだった。


 その天鵞絨ビロードに置かれているのは白銀でできた王杖みたいなものであり、大ぶりな青紫水晶ブルーアメジストはまっている簡素なものだったのだ。


 それを手にして魔力を流したときに目の前で驚きの光景が広がっていたのだった。


 王杖おうしゃくが輝きだし、それも青白い光を放ちながら彼女の手の中で変化していくのがわかったのだ。


 それが女性にしては大きめではあるが瀟洒な造形が施されている白金の銃が手に収まっていたのを見たのだ。


 左手にはあの王杖に嵌っていたはずの青紫水晶ブルーアメジストが弾丸のような形に変わっていたのだった。


 それを見た神官と側近たちは驚きのあまり、言葉を失っていたが儀式を続けることを思い出した。


「神託はアンナ・ベアトリーチェ・ヴィオラ・ビアンキ第一皇女殿下を正統な皇位継承者とする。よって、これより立太子の儀を行う」


 帝都の大神殿の神官長はすぐに儀式を行うことにし、アンナはそっとクッションに膝を着いてから神話典の前で祈りを捧げる。


「創世の神々よ。アンナ・ベアトリーチェ・ヴィオラ・ビアンキのけがれをはらい、加護を与えたまえ」


 その声が聞こえてからは神話典に手を置いて、皇太子としての誓いを立てたのである。それは魔力の契約に基づいて神々に知らされることになっている。


 そして、皇太子の証であるティアラとガーター勲章を神官につけてもらう。


 それぞれには彼女の瞳と同じ色の宝石が飾られ、神聖な光に反射して神々しく見える。


「ここに新たなる皇太子が誕生いたしました。アンナ・ベアトリーチェ皇太子に神々のご加護がありますように!」


 アンナが正式に皇太子として認められ、国民へのお披露目を行うためにバルコニーへと移動することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る