第33話 皇帝の独白と霊廟

 その後にサユリは皇帝が過ごしている私室へと向かう。


 彼女が彼の私室に向かうことは珍しくはない、アズマ国にいる初期皇族の血とミカドの血を色濃く引く貴族の存在を知っているため交流はある。


 そして、皇帝と同じ容姿を持つ子が生まれた場合、男女問わず帝国との縁組を行うことが決められているのだ。


 またローゼオール公爵夫人の年の離れた異母妹いもうとが同じ容姿をしているため、呼び寄せて皇后に据えることを考えているのだという。


 皇帝の私室に入った際には彼女の意思とは反して、彼の目の前まで歩き跪く動きを取らされている。


「皇帝陛下。申し上げます」

「サユリか、あのの娘は何と?」

「いいえ。エリン王国の王女と接触いたしました。隣に控えている騎士はジュネット王国の王女ではないのでしょうか?」


 その言葉を聞いて皇帝は気だるげにベッドから起き上がって、サユリの方を見つめてくるのがわかる。


「そうか。あのルイーズ王太子か、ここで一気に王位継承者がそろい踏みとはな」

「ええ。覇道を陛下がお歩きになる日も近いでしょう」

「感謝する。サユリ」

「ありがたきお言葉でございます」


 ルカ・アンドレア帝の顔色は悪く、すでに命は長くはないということも知っているのかもしれない。

 そのときにドアをノックする音が聞こえてくるのがわかり、少年の声が聞こえてくるのがわかる。


「父上、イリヤです」

「入れ」

「失礼します」


 イリヤ皇子が部屋に入り、こちらに向かうときにサユリは会釈をして部屋を出ていく。


 その場に残されたのは白金髪プラチナブロンド青玉サファイアのような瞳をした息子のみだった。

 その表情は怯えたようなものになり、父に向けて最敬礼をしたまま黙ったままだ。


「イリヤ。あの娘を仕留めよ」

「あの娘とは、まさか」

「ああ、あの愚兄の子だ。我が覇道を邪魔する奴は一切活かしてはいけない‼ いつもそうだ、愚かな娘に皇太子を明け渡したお前に残された仕事だよ!」

「そのようなことはできません。あの人はすでに武術と魔法は自分より――」


 反論を唱えるイリヤは必死に父に伝えることができずに、言葉が詰まってしまう。


「黙れ! この出来損ないが」


 それを言いながら彼はイリヤの首根っこを掴み、顔を近づけこう言ったのだ。


「それができなければ、お前を殺す。いいな」


 そう言い、彼は息子に呪いという名の魔法をかけて行ったのだった。

 イリヤはすぐに立ち上がり、礼をして部屋を後にして外に出て行っているのが見えた。


 ドアを閉じる音が聞こえてくると、皇帝は一人ベッドの上で大きく咳き込む。


 そのときに喉の奥から血の匂いと、白いベッドの上にどす黒い血で海を作っていたのだった。

 この光景を見て思わずとうとう命が尽きることが近いのだろうと悟っていたのだった。


「はぁ、我が覇道を信じるか」


 幼い日に兄が覇道を歩み、隣には愛しい人を伴侶にした姿をうらやましそうに見ていたのだった。


 十三年前のあの日――自らの手で兄を殺めたことを昨日のことのように思い出す。


 そのときの血の匂いや感触、兄の首を手にしたときの興奮が冷めやらぬままだ。


 それを神々は許すことはなかったのか、次第に自らの体には病を抱えるようになっていった。


 しかし、その瞳は赤紫色と魔力はどす黒い影となり体にまとわりついている。


 彼は目を閉じて、意識を手放して彼は休息に入ったのだ。



 ◇◇◇



 宮殿の者が全て寝静まったなか護衛する騎士のみが見回りのために歩く靴音のみが響き渡っている。


 リカルド・カルロ・フェラーリ=モンテベルディと名乗り出した彼は見回りのため、ランプを片手に歩いて不審な者がいないかを確かめているところだ。


「行くか」


 彼は騎士の装いではなく闇に溶け込めるように上下黒い衣服を着て、さらに髪と顔を覆うことができるフードのマポンチョを羽織っている。


 そして、彼が絵画の隣にあるライオン像の目を押し、絵画が横に動き出すとそこには空間が広がっていくのが見える。


 風が流れてくるのでこの下に空間があるということを暗示しているようだった。


「よし、誰もいないな」


 そして、彼は絵画を元に戻してからはランプの光を頼りに階段を下っていく。


 階段には石造りだが、あまり反響しないような加工がされているのか不思議なほどに響かない。まるで絨毯に靴音が消されるような感覚になる。


 そのときにランプの灯を消してから暗闇に目が慣れてくると、彼は歩いて三叉路の真ん中を通る。

 ここは何度も暗殺者だったときに知っているので通ったことがあるのだ。


 この地下に繋がる階段は主に暗殺者アサシンの移動経路として使われていたが、現在は限られた優秀な暗殺者のみに伝えられる場所だ。


 ここ十五年だとただ一人、リカルドのみに伝えられている。

 他の暗殺者部隊の者は知らないということも感じられているのだった。


(兄様は危険なことを頼むな……)


 兄が頼むときはだいたい危険なことが伴うことを教えてくれていたが、これほどだったとはいう事を感じて思わずため息をついて歩く。


 兄のクラレンスがアレクサンダーに頼まれたのはある霊廟を調べてほしいということだった。


 皇族の霊廟のうち、唯一皇帝が立ち入りを禁じている霊廟が一つだけ存在する。

 それが皇帝の弟のレオ・アントニオ皇子の霊廟だ。

 その霊廟までに徒歩で数分も経たずにそこにたどり着いているのがわかったのだ。


「よし」


 そのなかでリカルドは禁じられている霊廟の裏から取り出して、丁寧に音をたてないように歩いていく。


 リカルドはランプの灯りで霊廟の扉に刻印されている名前を見つめると、思わず目を見開いた。


 刻印されていたのはルカ・アンドレア・カルロ・ビアンキ。


 それは皇帝――アンナ皇太子の父親であり、キアラ皇后を愛していた男性の名前だった。


 リカルドはその後に人の立ち入った形跡を消してからはすぐに元いた場所へ戻ることにした。

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