第25話 決意

 アレクサンダーはルイーズと共にすぐに部屋に向かうと、一度休息を取るという形で話を続けることにした。


 時刻は夕暮れを過ぎ、夜の帳が下りているのが見える。


「さて、かなり冷えてきたな。暖炉だんろに火を入れるか」

「そうですね」


 それから薪に火を魔法でつけてから近くにあるソファに座ることにした。

 その前にルイーズの顔色があまりよくないように見えたのだった。


 この時間になると帝国も冷えてきているので、ルイーズにショールを羽織らせておく。


「冷えるのは体にもよくないからな」

「ありがとうございます。アレックス様、よくわかりましたね」

「いいや。家庭教師カヴァネスのアメリアに教えてもらったんだ。母上も冷える日は暖かい服装をしていたから」


 それを聞いて納得したようでうなずいてから肩にかけていた。

 椅子に座り、膝の上に握りこぶしを作ったルイーズは姿変魔法を解いてうつむいていた。


「大丈夫か? 乗り物酔いにでもなったか?」


 アレクサンダーは彼女の前に膝をついて見つめると、か細い声で自分に問いかけてきたのだった。


「アレックス様」

「なんだ?」

「……わたしは怖いです。自分とアレックス様の正体が明かされることが」


 ルイーズは皇帝の側妃になることを拒み、命を狙われている人物だ。

 十五歳という若さ隣国へ逃れ、新しい身分と名前で過ごしていたときも不安だったに違いない。


 そして、アレクサンダー自身は王女としての姿を偽りながら生活をしている王子だ。

 皇帝の側妃候補の一人として知られているはずだと知っているはずだ。


 宮殿に入れば自ら死を望んでいるかもしれないということに恐怖を感じているという。


「ルイーズ」

「わたしが死んでもいい。アレックス様を護ることができるなら」


 その言葉には主に従う騎士として、命を懸けてでもアレクサンダーを護るということだ。


(どうして、このことを……)


 自分自身も未来の王国を背負う運命にあるルイーズがそのようなことを言わないといけないのかと感じてしまう。

 大きな青い瞳が涙で潤み始めている、緊張の糸が解けたらしい。


「わかった」

「アレックス様――」


 ルイーズが次の言葉を言おうとしたとき、それを遮って自分の言葉を吐き出す。

 そっと同じ目線になったとき、彼女の瞳が揺れ動いていた。


「――生きてほしい、それは自分も同じだ。ルイーズ殿下、あなたは愛する家族と国民がいて、自分の命を犠牲にすることを考えてはいけない」

「でも……わたしは、怖いんですよ? 王太子として、こんな姿は見せられない」


 そんなことを話しながら泣きじゃくる彼女をどう答えればいいのかわからないでいた。

 しばらく経ったとき、彼女に手を重ねてこう語る。


「大丈夫だ。俺がそばにいるし、仲間がいる」

 それを聞いたときにルイーズはハッとしたような表情をして、目に鋭い光のようなものが宿ったようにも見えたのだ。


 真摯に答えていたが、彼女の表情は明るくなっているのが見えた。


「ありがとう。アレックス様」


 そして、アレクサンダーは奥の部屋に入り、着替えてからベッドに入る。



 翌朝、アレクサンダーも出発する日になったことを告げられると、身支度をして王女としてふさわしい身なりを整えていく。


 髪は未成年であることもアリ、ハーフアップをしてそこに国花である赤いバラを象った髪飾りをつけたのだ。


 自らのできる範囲のヘアセットを終え、すぐにルイーズがこちらへやってくることが見えた。

 そのときの容姿に彼は驚きを隠すことができなかった。


「ルイーズ、お前」

「どうしたのですか? アレックス様」

「どうしたじゃない。髪が」


 彼女の波打つ金髪は襟足を少し残した状態に短くなっていたからだ。

 幼い顔立ちながらも短髪にすると不思議と少年のようにも見えたのだった。


「皇帝の目をあざむくにはこうするしかないと、思っただけですよ。これだったら男と気づくだろうと」

「奥宮へは入れなくなるぞ」

「わたしは女性の身でありながら男として育てられたという令嬢です。騎士としてアレックス様をお守りいたします」


 皇帝の妻や小さな子供たちが暮らす奥宮で仕える男性はかなり少なく、せいぜい側妃や皇子や皇女たちを護衛する騎士たちに限られてくるはずだ。


 彼女は自らを偽ることを決めていると考えているようだった。


 その表情を見た。

 ルイーズの瞳は鋭い光を宿し、その覚悟を持つことができたように見えた。


 昨夜泣きじゃくっていた人物だとは思わないだろう。


「アレックス様」

「ルイーズ、本当にそれでいいのか?」

「あなたが命を落とすときは、わたしも死ぬときだと思っています」


 その言葉を聞いてアレクサンダーもうなずき、彼女と共に部屋を出た。





















 のちにこのことをアレクサンダーはこう語っている。


「互いに信頼していないと、宮殿での戦いをすることはできなかった」


 その言葉を言いながら彼は自らの首から下げている魔石を見せた。


 それはかつて猫の獣人の少年から託されたものであり、主として認められてかなり長い年月が経っているものだ。


 そして、自らの手首につけられている魔法具もその手助けをしてくれた物だと伝えられている。










 そして、ルイーズも手記でこのように語っていた。


「彼が生きてほしい、とおっしゃった言葉はとても心強く、自らの剣であの方を護ることにしたのです」


 彼女が手にしている古びた剣には大小さまざまな傷と命を狩ったとみられる禍々しい赤い線ができている。


 若いあの日、彼女たちがローマン帝国の帝都にある宮殿で経験したことを物語っていた。


 彼らはその日のうちにキアラ皇后の生家であるフェラーリ公爵邸を後にし、帝都の中央にある宮殿へと旅立ったのである。


 これが運命の歯車が動く出来事であったと、彼らは語っていた。



『エリン=ジュネット王国建国記 第二章より』

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