第24話 契約
アンナの部屋にメイドがこちらへやってきて読書をしようとしていた。
文字の読み書きはできるので、子供向けの本を一冊読もうとしていたときだった。
外は雪が少しだけ降り出しているようで、まだ
「アンナ様。大奥様方がお待ちです」
「ありがとうございます。今行きます」
「ええ、構いませんわ」
呼び出したのは曾祖母――先代公爵夫人で先々代のラヴァンダ公爵令嬢のマリアンナだ。
暖炉のそばでアンナと二人掛けの椅子に座り、柔和な笑みを浮かべてひ孫の手を取っていた。
「アンナ、あなたには言っていない秘密がある。それはお父様もお母様もラヴァンダの血筋であることが大きくかかわっているのよ」
「はい」
それを聞いてアンナはコクリとうなずき、それからマリアンナが話し始めた。
彼女は今年八十を超える高齢なはずなのに若々しく見え、アンナによく似た青みの強い紫色の瞳をしている。
昔話のような話を聞きいていくと、それは自らの遠い祖先だということがわかったのだ。
いままで豪華客船で見たような物語によく似ていて、アンナの記憶のなかにもあるのだろうと感じていた。
「初代皇帝の三人の娘、ユリア、エレナ、ノエミが興した公爵家があってね。そのうちの一つ、長女ユリアが興したのが私の実家であるラヴァンダ家だ。そのなかである特別な力を宿す者が多いんだよ」
「それって」
「――精霊使いとしての素質だ。代々ラヴァンダ家の直系と傍系に多数の素質を持つ者がいるんだよ。アンナ、あなたにもその素質があるんだ」
「母様から聞いていたけれど。父様はそんなこと、なかった」
「ベアトリーチェと私――ラヴァンダの血を濃く受け継いだのね。おそらく」
「精霊との言葉は、お母様が教えてくれて。言葉も覚えてる」
「そう。アンナ一度、精霊を呼び出してみなさい」
アンナがおぼろげに伝えた言葉にマリアンナはうなずいて、窓辺を指さしているのが見えたのだ。
そこに見えたのは鮮やかな髪色の人物がうっすらと見つめて、彼女は驚いてしまったが見つめ続けていた。
そのなかで誰かの声、とても小さなものだった。
幼い頃からその声を聞いているが、母に教わっていたので意味もきちんと分かるのだった。
(精霊の声が、聞こえる)
声に従うように裏庭へ向かうために防寒着を羽織り、外に出るとそこは風と雪が強くなっているのを感じた。
そのなかに同じように精霊たちのざわめきが大きくなり、精霊たちが導いているのかもしれないと感じた。
そして、声のしなくなったあたりで立ち止まると、あたりは静寂に包まれて風も病んでいるように感じた。
(この辺で良いんだね?)
目を閉じて手を組んで大きく息を吸い、母が祖母から教わった言葉を思い出しながら精霊を呼ぶ言葉を紡ぐ。
『この地の精霊よ、我が言葉に応じ姿を現し
一度目は再びざわめきが起きて静まる、まるで水面に水滴を落としたような状態だ。
その言葉で精霊たちに数回呼びかけていたときだった。
『
さらに白と淡い青と基調とした髪と瞳を持つ青年と水色の髪の少女の姿をした精霊が飛び出してきたのだ。
『我は炎の
『我は風の眷属を統べる者』
『我は水の眷属を統べる者』
炎、風、水の精霊を統べる者――精霊の長を呼び出すことができたようだ。
『人の子、ユリアの末裔にして、その父ミケーレ・ユリウスの末裔よ。汝の願い聞き届け、
その言葉を聞くと初代皇帝とその娘でラヴァンダ家の始祖を指していることを少し戸惑って理解することができた。
『深紅の炎を操るものよ、我が道を
『汝の願い聞き届け、我が
精霊の長たちの言葉を聞き、アンナはうなずいて手を差し出して、双方の精霊に呼びかけるように話す。
『我が名はフラマンナ』
『我が名はヴィントゥス』
『我が名はアクアリーナ』
それを聞き、アンナも名前を名乗る。
『我が名前はアンナ・ベアトリーチェ・ヴィオラ・ビアンキ。この契り、この命尽き果て、この身朽ちるまで破られんものとする』
『アンナ、我らの新たなる主となった。汝の力になろう』
それを聞いてうなずくと、新たなる主を見つけることができたようでうれしそうだ。
(母様の契約も命が尽きるまでと話していた。これもそうだと信じたい)
その後、曾祖母のもとに向かうと嬉しそうに彼らとの契約を終えたことを確かめていた。
「あなたが生まれた際、占星術師に占われたことがある。姪のベアトリーチェから聞いたのは、初代皇帝の覇道に続きし者であり、ローマン帝国を栄光の時代へ導くだろうと」
それは初代皇帝ミケーレ・ユリウス帝と同じ属性を持っているだろうと考えている。
彼は並外れた魔力、卓越した武術と戦術、精霊使いだったという偉大な皇帝だった。
そして、彼によって魔族によって支配されそうになった際に神々からの加護を授かって倒すことができたようだ。
アンナにはそれに匹敵するような素質を持っており、さらに上回るかもしれないと言われているようだ。
「でも、わたしにできることがあれば……その未来を導いてみせます。ひいおばあ様」
「あなたはとにかく、これからお父様にお会いして。説得してほしい」
「はい」
それからアンナは部屋に戻ると精霊たちも少しホッとしたような姿をしている。
そうすると彼らは姿を見せずにしてからは彼女も寝間着に着替えて横になることにした。
彼女は夢を見ていた。
とても幼い日の記憶で、フェーヴ王国の紛争地帯から少し離れた場所で母と過ごしていたときだ。
手を繋ぐ手は悴み、痛みに近い冷たさに身を縮まるほどだ。
母は丈夫な体を持っていたが、疲労からか日に日に体調を崩しがちになっていた。
「おかあさま、だいじょうぶ?」
「大丈夫よ。アンナ、心配いらないわ」
最低限の魔法を教わっていたが、それを使える技量をアンナは持っていなかった。
そのときに反帝国主義の武装集団に襲われそうになったときにある青年に会った。
くせ毛のある銀髪に淡い紫色の瞳をしている青年で、幼いアンナは父に似た彼にこう話した。
「おとうさま?」
「違うよ。君のお父様じゃないんだ。俺はリカルド・モンテベルディだ」
彼はそう言って彼女の頭をそっと撫でたところで夢は終わった。
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