第19話 サユリという人物

 客室に行くとアレクサンダーは魔物についてと一緒に来た異国の女性と共に話している。


「――ということで、この女性は?」


 紅茶を淹れてグレイヴ伯爵とアレクサンダーが出すと、黒髪の女性に自己紹介を行うことにした。

 それぞれ素性を明かさない状態で女性に自己紹介を終えて彼女も笑顔で話し始めた。


「初めまして。わたしはアズマ国から帝国に留学している者で、サユリ・サイオンジと申します」


 彼女はアズマ国独自のキモノを着ていて、活動的な衣服だということも教えてくれたのだ。


「サイオンジ家とは……アズマ国の文官の家柄ですね。お話はよく帝国あちらで聞いてます」


 グレイヴ伯爵はアズマ国のことにも詳しいようだった。


「確か……アズマ国は輿入れした女性がいるはずだ」

「ええ、ローゼオール公爵夫人がルクス=ビアンキ家のご令嬢でしたので」


 ルクス=ビアンキ家というのはローマン帝国の初期皇族の一つの家柄で、極東の島国であるアズマ国へ流れ着いて定住したのだ。


 その後、ミカドから帝国の椿の名前を取って『ツバキノミヤ』という名を賜り、ツバキノミヤ家という貴族として、ミカドとの婚姻関係を結ぶような家柄になったのだ。


 そのツバキノミヤ家では先祖と同じような銀色の髪に紫などの瞳をした者は嫡男であっても、ローマン帝国の貴族との縁組をするという掟が流れ着いた先の当主が定めたと聞いている。


 そのツバキノミヤ家のなかにあるおきてに則り、隔世遺伝を起こしたノエミ・ルチェッタ・ルクス=ビアンキ嬢が皇族のなかでも初代皇帝から皇族の家系であるローゼオール公爵家との婚姻を交わしているようだ。


「そうだったのか。そこでローマン帝国との友好関係があったのだな」

「そうです」


 サユリは二十一歳に見えない幼い顔立ちにルイーズよりもかなり小柄な感じだ。


 アズマ国もそうだが、極東と呼ばれる地域にある国は幼く見える顔立ちがあるらしい。

 しかし、落ち着きなどで自分たちよりも大人だということを知ることができたのだった。


「アズマ国にはサユリさんみたいな人がいるんでしょうか?」

「わたしは例外です。もちろん身なりもいい人もいますが、これはあくまで動きやすい服装として用意したものなので。居住している家では少し服は異なりますよ」


 それを聞いてルイーズは腰にサーベルのような形で固定されている剣について話しに来たのだ。


「これは? 剣ですか?」

「はい。アズマの言葉でカタナと言います。これはサイオンジ家が昔に花咲姫はなさきのひめ、こちらではフローレンティアの加護を受けた家宝だと聞いています」


 彼女は立ち上がって誰もいない場所へと歩き、すぐにカタナを鞘から抜いて見せてくれたのだ。

 カタナには波打つ模様があり、細長いそれは武器というわけじゃないらしい。


「これは先ほどの魔物みたいな紛い物を倒す力があるんです」

「それはさっきのですね」

「そうです。これは武器にもなります。さらに相手が邪悪なものであればあるほど、強い武器になります」


 それを聞いてルイーズたちもその姿を見ながら話している。


「あの、アズマからなぜ留学を?」

「わたしは五人の兄と同じ教育を受けました。しかし、文官になることは許されず、家にこもっていました」


 アズマ国では未だに女性は十三歳から十五歳前後に成人を迎える。貴族だとそれと同時に結婚をし、数年後に子どもが生まれることは少なくはないと話してくれたのだ。


「わたしの年齢だと行き遅れです。留学が終わったのと引き換えに許婚との祝言が待っています」

「そうなんですか。許婚がいるんだよね」


 彼女の人生は十五歳になってから変わったという。

 ミカドからの勅命により、女子の教育について学ぶ人物に選ばれたのだった。


 十五歳の少女は半年後にローマン帝国へと向かうことが決まり、祝言を上げる予定だった五歳上の許婚にも了承したのだった。


 真新しいキモノを着て帝国行の船には幼い彼女の他に同世代の者はおらず、ほとんどが三十代以上の男性がほどんどであったのだ。


 その後、帝国にある国立アクシオ学院と呼ばれる高等教育機関に入学してわずか三年で卒業してしまい、現在は女性の社会進出についても報告をまとめたりしているのだ。


「そうなんですね。サユリさん」

「すごいです」


 それを聞いてアンナとルイーズは思わず彼女の手を握っていたのだ。

 十五歳で異国の地で勉学を学びながらその国の将来について話しているという。


(自分と同じ年齢で国を背負ってるのは一緒か)


 ルイーズはそう思いながらサユリのことを尊敬のまなざしで見ているようだった。

 しかし、アレクサンダーには異なる気持ちを抱えていたのだった。


「それではわたしはここで失礼いたします」


 彼女を魔力を込めた目で見た際にそれは気づいた。


 傀儡魔法が掛けられていること、彼女の手首には魔法を維持するための魔法具があったのだ。


 しかし、それを掛けたのは、不浄な魔法が渦巻いていることに気づいていたい。

 彼はそれを知って冷や汗を流していたのだが、おそらく違うだろうと割り切ってすぐに気持ちを切り替えることにしたのだ。


「それでは。帝国あちらでもお世話になるかもしれませんね」

「ええ」


 そのまま彼女は部屋を後にしてから、伯爵はただ落ち着いて紅茶を飲んでいたのだ。


「殿下たちは気が付いていましたか?」

「ああ。俺はな、傀儡魔法に破滅型魔法が入ってる」

「そうなんですよ。アンナも少し感じてた?」

「はい。クラレンスおじ様も」

「そうですね」


 それからあることを調べるために図書室へと向かうことにしたのだった。



 図書室にある最新の皇族名鑑にはジュネット王国に置かれていた皇族名鑑とは異なる点があった。

 アンナについての記述が一切ないということだった。


「アンナの存在を消しているのか?」

「おそらく十三年も行方がわからないと、亡くなっているという可能性が高いですもんね」

「まさかここに生きているのも知らないかもしれないな」


 それを聞きながらアレクサンダーは疲れが溜まってきたので部屋で眠ることにしたのだ。

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