第17話 夜会の後

 それから夜も更け、彼らは疲れを癒すために夜会を抜けて部屋に戻ってきたところだ。


「それにしても、アンナとルイーズもかなり楽しんでいたな」

「ええ、私は少し苦手なので、できるだけ関わらないでくれと言う雰囲気を出すのに必死でした」


 グレイヴ伯爵は苦笑しながら話をしてから永遠とご婦人方からの誘いを断っていた姿を見ていた。

 ルイーズとアンナは隣の部屋ですでに眠っているのか、かなり静かになっているように思える。


 部屋には時計が時間を進める音と、チェス駒の動かす音、アレクサンダーとグレイヴ伯爵の会話が聞こえてくる。


 珍しくアレクサンダーから声をかけてゲームをしようと話したのだ。


 盤面ではかなり追い詰められているので、打開策を模索しているがあまり良い手が見つからない。


「――クラレンス卿はよくあんなに誘われるとは」

「女性と踊るのは妻だけと決めているので……殿下はどうでした?」


 寝間着に肩からショールを羽織って、長い黒髪を下ろしている姿は女性に見える。

 しかし、三人掛けの椅子に胡坐あぐらをかいているため、男性であることは間違いないだろう。


「行儀が悪いですよ。殿下」

「いや、この姿勢の方が考えやすいんだ。クラレンス卿は容赦ないことをするな」

「これはゲームとはいえ勝負です。身分が自分より上であろうと、勝つための手段は選びません」


 それと聞いてひねり出してきた手を出してみたが、それを見て余裕綽々と伯爵はとどめを刺すように駒を進めてきた。


「チェックメイトですね」

「うぅ、クソッ、強すぎるぞ。クラレンス卿」

「ありがたいお言葉です」


 そう言いながらアレクサンダーは駒を片づけ始めることにした。


 クラレンスはキッチンの方へと向かうと、冷蔵庫に置かれていた牛乳をポットに入れて温めることにした。

 アレクサンダーは座り直して、足をスリッパに入れてからは適当に待つことにしたのだ。


 時刻は午後十一時半を過ぎ、間もなく日付が変わろうとしているような時間帯だ。

 もう夜も更けてきているようで廊下も静まり返っているのがよくわかる。


 体は未だに眠気を誘うような感覚が全くなく、このままだとなかなか寝付けないかもしれない。


「殿下、これを飲みませんか?」


 それは陶器のカップに入ったホットミルクだったのだ。


「ありがとう。温まるな」

「ええ、寝付けないときは、母がよく作ってれたので」

「そうか……母の味か」


 それを聞いて彼は少し自分とは異なる関係の親子を見たような気がした。

 幼い頃から、母が自分に愛情を注いでいるように思えていたのだ。


 それは幼くして亡くなった兄と姉たちではないかと考えていた。


「そう言えば。俺の上にいる兄と姉の話、聞いたことがない。俺が生まれたときにはもう」

「そうですね。姉上のローズマリー殿下はとても愛らしく、王妃陛下に似ております。兄上のウィリアム殿下は国王陛下に似ていましたが、先代王妃陛下に似ておりましたよ」


 彼は肖像画に描かれていた二人を思い出した。


 姉のローズマリーは母親に似た金茶色の髪に父親に似た紺碧色の瞳。


 ウィリアムは祖母と同じ黒髪をして瞳は右目が祖母と同じ緑色、左目が父親と同じ紺碧のヘテロクロミアの瞳を持っていたらしい。

 アーリントン王家ではヘテロクロミアの瞳はたまに見かけることは知っているが、とても二人とも愛らしく国民に人気があったと聞いていた。


「ときどき、会ってみたくなるんだよ。兄上、姉上と言える人たちに。でも、俺は会うことはできない」

「それはできると思います。私も妻に会いたくなることが多いですが、相手を想うことが大切ですよ。見守っているはずですからね」


 グレイヴ伯爵の話を聞きながら少し冷めてきたホットミルクを飲んだ。

 口に入れると蜂蜜が入っているのか、まろやかな甘さが漂っていた。


「そうだな。俺も近くにいるかもしれないと考えれば、助けてくれるかもしれないな」

「ええ、殿下は大切な人に守られていますから、ときどき気を張らずにいてください」


 その言葉に少し心が揺れ動いてしまうような気がして、思わず一人で窓の向こうを見る形で視線を逸らした。


 エリン王国の跡継ぎとして期待を背負い、生きてきたことでかなり重圧が肩にのしかかっているように思えたからだ。

 国民の生活を左右するため、国王としての決定権はかなり重いものだと考えている。


「殿下、そろそろ寝ますか」

「ああ、俺は先に寝るよ。明かりは消さなくていい」

「わかりました。おやすみなさい」


 すぐにベッドに入ると、すぐに目を閉じて布団を被ってうずくまった。


 心がグラグラと揺れ動いている、そんな感覚がまだ続いているのを緩めると目頭が熱くなりそうだった。

 家族からの愛情はとてもあったが、ただ何かが足りないのではないかと感じた。

 身近にいる者たちにも弱音を吐くことができなかった。


 それをできるようになりたいのになれない自分が嫌いだった。

 ただ家族に愛されているルイーズを見てうらやましいと感じてしまう。


(泣いてはいけないと、思ったのに)


 そのまま彼は我慢できずに涙が頬を伝って、流れ落ちていくのを感じて寝間着の袖で涙を拭っていく。


 決して声だけは出さないように泣き始めてしまっていたが、次第に疲れの方が勝って意識を手放した。


 しかし、頭を撫でるぬくもりを感じたことはうろ覚えだったがとても安心した。



 次第に暖房が出す暖気が消えてから時間が経った頃、アレクサンダーは目を覚ました。


 部屋の窓はカーテンが閉められているが、隙間から薄暗いが光が射してきている。

 部屋も色彩が未だにはっきりしないが自分の視界に近いところははっきりしてきている。


 時計を見ると、午前六時半過ぎでもうすぐ朝日が昇ろうとしている頃だ。

 隣のベッドではグレイヴ伯爵が布団にくるまって眠っているのが見えたりしている。


 そのときにピアスの通信音が聞こえてきて、その音がルイーズから来ていることを知る。


[もしもし、アレックス様]

「どうした。ルイーズ」

[早くに起きまして……時間があるので、どうしようかと]


 どうやら同じように起きてしまったようだったので、ルイーズと共に剣術をすることができる場所へ行こうかという話になった。


 それから彼は部屋の通信用の魔法具を取り出して、レストランに朝食を隣の部屋と一緒に届けてほしいという旨を伝えた。


 部屋で朝の支度を終え、普段着のシャツとズボン姿になって髪を適当に結うと朝食を待つことにした。

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