第2章 海上の王宮
二等船室
第15話 出航
ローマン帝国行きの定期船である豪華客船『Sole e Luna』はシュヴァルツァー港を離れ、大海原へと進み始めていた。
この豪華客船はその大きさと、美しい白さから『海上の王宮』と呼ばれている。それが入ってくるのを見ると、荷物や人々が港に集まってくるのだ。
大陸南側のメリーディーエス海は穏やかな波が多いが、時に嵐になると一気に大しけになることがあるので見極めながらの航海をすることになる。
航海士たちも経験と熟練の技術を頼りに進むことで、安心安全に目的地まで貨物と乗客を運ぶことができるのだ。
船には千差万別の乗客がおり、それぞれのフロアで目的地まで向かおうとしている。
これから帝国へ向かおうとしている者たちのなかには身なりも年齢も異なる者たちが多い。
三等船室が一般市民、二等船室が下級貴族やそれに準ずる階級、一等船室がそれ以上の貴族や皇族などの限られた人物が使用することが目安とされている。
エントランスのロビーに入るとすぐに吹き抜けにある大きなシャンデリアがあった。
天井には神話の物語がフラスコ画で描かれ、その他にも壁紙は細かな装飾が描かれ、さらに調度品や階段の手すりなどの作りがどれも乗客に見たことがないようなものが多い。
乗客たちが言葉に表現するときに彼らは見たことのない王宮の内装と一緒みたいで「海に浮かぶ王宮のようだ」と伝えたという。
船体が青い空と紺碧の海を突き進むことがとても美しい。
窓の向こうには白いカモメが羽ばたいているのが見えたり、渡り鳥が南方の島へと越冬するために空旅をしているのが見える。
しかし、あいにく天候は出航してからかなり荒れ始めているが、現在は安全に進んでいることが大きい。
船内の二等船室は全て五階にあり、その二部屋に男女二人ずつが宿泊している。
「アレックス様。すごいですね……」
「豪華だなぁ……ってね。魔法工学の結晶が輝いている」
黒髪に紺碧の瞳をしているアレクサンダーは魔力を通した目で魔法が組み込まれているものをたどる。
ローマン帝国はショーン大陸西の大国、それも魔法大国としての名が知られている。魔法工学についてはローマン帝国が一番力を入れている学問の一つである。
これらが応用されている船に乗れること自体滅多にない、これに乗ることはとても自慢できることだった。
服装は貴族の青年が見に包むようなものを着ているが、仕立が良いのは見抜ける者にはわかるものだ。
「それにしても、人が多いですね。二等船室は二人部屋ですよね?」
隣にいるのが波打つ金髪を一つに結っているルイーズが語り掛けている彼女は騎士の服装に身を包んでいる。
それは貴族階級が雇っている護衛するための騎士のようないでたちになっている。
「これでも通常の人数ですよ。残り二つの経由地があるから、余計かもしれません」
聞きながら話しているのはグレイヴ伯爵、長めの銀髪を肩のあたりで結っている。その隣にいる
アンナは特徴的な青紫色の瞳を紫色に魔法で変えているため、別人のような姿になっているかもしれないと考えている。癖のある銀髪を一つに結い上げ、ピンク色のリボンで愛らしい印象になっている。
四人はグレイヴ伯爵とアレクサンダーがいる三一五号室に来ていて、アンナとルイーズは長椅子に腰かけて話を聞いている。
それから少し離れた位置にいるアンナたちの方を向いてみた。
グレイヴ伯爵とアンナは顔立ちと髪の色が似ているので親子と思われてもおかしくはない。
「あの二人、意外と似ているよなぁ」
「そうですね。そういえば……アンナのご家族って他にご存命ですよね? ベアトリーチェ陛下は」
「ああ、一応宮殿にいらっしゃることがわかっているからな」
ベアトリーチェ皇太后というのはローマン帝国の前皇帝の正妃――皇帝の母に当たる女性であり、アンナの父方の祖母の人物である。
しかし、ベアトリーチェ皇太后も宮殿のなかで監視され、万が一のときには命を狙われることもある可能性が高い女性でもある。
その会話をしている間にグレイヴ伯爵がこちらへと歩み寄ってきているのがわかる。
「そのことですか……」
「伯爵」
「クラレンス卿、アンナの祖母にあたるベアトリーチェ皇太后陛下に会えるか?」
「え⁉」
「もし、会えるなら……アンナに再会させてみれば」
「何が何でも……無茶ですよ! グレイヴ伯爵でも、それは無理じゃ」
アレクサンダーのことを聞いてルイーズは思わず驚いているのが見えた。
それを聞いたときに一度考えてからグレイヴ伯爵が思いついたように話している。
「可能です。実は遠縁にベアトリーチェ皇太后がいらっしゃって」
「え、本当なのか?」
「はい。聞いてみます。時間がかかると思いますので、連絡がつき次第でもよろしいですか?」
「そうして欲しい。クラレンス卿」
そう言いながらアレクサンダーは何か考えていることがあったようで一度ブレスレットのガラス面に指を触れてみる。
光を帯び始めてから海洋上の地図が浮かび上がり、進行方向への矢印が見えるのに驚いた。
(それにしても、この魔法、複雑すぎる……戻ってこれたら、トマに聞いてみるか)
そう思ったときに大きな汽笛を鳴らしながら、海の上を進んでいくときの海風にあおられる髪を手で押さえた。
四人は二等船室で一通り話し込んでから、時刻はすでに昼食の時間帯を少し過ぎたあたりだ。
アレクサンダーが空腹を感じてきた頃だったので昼食を全員で部屋へ持ってきてもらうことにした。
旅費の中に食事代も含まれているが、分量やおかわりは自由なのでかなり自由な感じがしている。
それぞれ希望のメニューと分量を書いた注文票を書いてから伯爵が注文を取りに来た青年に持たせた。
それから再び話を始めようとしたときだった。
「そうだ。アレックス様、ルイ様」
「どうしたの?」
「どうした」
「お二人は王太子になると聞きました。どうすれば……いいのかと」
「ああ、将来はそうなる」
アンナが不安そうに言葉にして伝えていく。
「帝国に戻ったら、わたしはアンヌじゃなくなる。帝国の正妃のたった一人の娘になる。でも、幼いときに帝国から逃れてきたのに、上手く言えないんですけど」
「正妃の子どもということが疑わしいか」
「そう言うことです。まず正統な血筋であることを言わなければならないと」
彼女が危惧しているのは皇帝に気づかれて命を再び狙われてしまうということだった。
皇太子として名乗り出た行方不明の皇女と同じ容姿の少女はとても気にするかもしれない。
そのときだった。
「そうか。重い話はここまでにしよう」
それからアレクサンダーは一つ窓辺に立って、雲行きを見ていたのだが怪しくなっているようだった。
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