第12話 魔法導師トマ・ルゼ

 馬車から降りてきたのは 小柄な青年だった。


(若い人じゃ……)


 率直な感想はそれで、ルイーズは少し緊張が抜けることはなかった。

 黒髪は銀メッシュが入っているが、眼鏡の奥から覗くその瞳が印象的だった。


 それは左が金色、右が青色というヘテロクロミアと呼ばれる双眸そうぼうの色が異なるのだ。


 彼に左耳には珍しい魔石と宝石のかんらん石ペリドットが混ざった細いひし形のピアスをしているのでゆらゆらと揺れている。


 顔立ちから見て二十代後半、しかしグレイヴ伯爵とはなぜか親しげに接しているのが見える。

 それを見て隣にいるアレクサンダーは驚いているのか彼の方を向いている。


「いやぁ、クレア。遅くなってすまん。予定より道が混んでいた」

「大丈夫だ。こちらも厄介ごとに巻き込まれてな。馬たちはこちらに戻ってきているから、馬たちをどうするか」

「あ、それなら、馬車に四人連れてきているから安心してくれ」

「わかった。あぁ。それではすぐに馬車の人を払ってくれ」

「自己紹介はそちらで行おう。高貴な身分の方々だと聞いているからな」

「そうだ。よろしく頼んだ」

「皆さん、早く馬車に」


 グレイヴ伯爵の知り合いがやってきたということで、ルイーズはサーベルに剣を収めて歩き出した。


 そう言ってルイーズとアンナ、アレクサンダーを馬車に乗せてグレイヴ伯爵はすぐに扉を閉めた。


 心臓の鼓動が速くなってきているが、彼女が安堵したのは盗聴と魔法干渉の防御魔法が組み込まれた馬車だったからだ。


 動き出した馬車の景色を見たときに青年はすぐに自己紹介を始めることにしたのだ。


「あれ、これって」

「心配いりませんよ。お三方、俺はトマ・ルゼと申します。魔法導師で魔法具の発明家でもあります」


 トマ・ルゼという名前にルイーズは驚きのあまり言葉を失っていた。


 彼は稀代の魔法導師として名高く、さらに王立テレーズ学院を五年で卒業するための単位を取得してしまったほどだ。


 その後、隣国のエリン王国へ留学し、研究機関で魔法具技師としても様々な魔法具を作っているようだ。


「まさか、カミーユ・ルゼの」

「ええ、直系の子孫ですよ。この髪と瞳は祖先の物と酷似しているようです」


(そうだよね。魔力が大きいな)


 カミーユ・ルゼというのはジュネット王国で伝説級の魔法導師だった人物で、魔法大国の礎を築いている人だった。


「あ、俺らも名乗った方が。俺はアレクサンダー・ノエル・アーリントン、エリン王国の王子です。わけあって女性の服を公式な場面では身に包んでいます」

「わたしはルイーズ・クララ・ジュネットです。先日王太子の称号を賜りました」

「アンナ・ベアトリーチェ・ジュリア・ビアンキと言います。ローマン帝国の皇女の一人です」


 その言葉を聞いてトマは何も言わずにうなずいて、こちらを向いているのがわかったのだった。


「そうでしたか。それでは俺の経営している宿に数日お泊りください。定期船の手配をさせていただきます」

「ありがとうな。トマ」

「良いんだよ。学生時代からのよしみだからな。お前とは」


 それを聞いて三人は口を開けたまま、友人だという二人の方を向いているのが見えた。


「え、クラレンス卿とトマさんって年齢」

「ああ、トマの方がだ」

「ええっ⁉ それじゃあ、四十八歳ってこと⁉」


 それを聞いてアレクサンダーは驚いてしまって言葉を失ってしまっていた。


 反応を見たトマは苦笑いをしてうなずいているのが見えた。


 どう見ても彼は四十代後半には見えない、年上に見えてもまだ三十代くらいに見える。


「ああ、俺って成人してから顔が変わらないんだよね。酒場に行っても、追い出されるんだよね」


 そう言った話をしているときにトマの経営している宿へとやって来たのだ。


「それでは汚れた服はお預かりしますので」

「ありがとうございます」


 ルイーズとアンナ、グレイヴ伯爵とアレクサンダーが同部屋になり、すぐにシャワーを浴びてそれぞれ休養を取ることにしたのだ。


「ルイーズ様は先に寝ますか?」

「うん。そのつもりでいる。それと帝国のことなんだけど、覚えてることある?」

「断片的にですが、母方の祖父母がいるのですが……まだ存命ならば」

「大丈夫よ。グレイヴ伯爵の母君がご健在なの、それなら安心するわ」

「そうですね。わたしの武術、たぶん幼い頃に誰かに護身術で、教わったんですよ」

「そうなの?」


 アンナが護身術として暗殺者と同じ動きをすることができるように教わったようだった。

 それも母親のキアラと共に逃れてフェーヴ王国へ向かったときに会った武人から教わったという。


「師匠と呼んでいた人は忘れてしまって。クレアおじ様と同じような髪色だったのは知っているんですが」

「それじゃあ、帝国の武人ってことだね」

「うん。そうなんですよ」


 それからルイーズとアンナは部屋のベッドに横になると、すぐに意識がフェードアウトしていった。



◇◇◇



 一方隣の部屋ではアレクサンダーとグレイヴ伯爵、トマが魔法具について話し合っているのが見えた。


「これは?」

「ブレスレット型の魔法具だな」

「そう。俺が開発したのは転写魔法を使って地図を表示できるようにしてるし、登録している位置を印づける魔法をしていのも組み込んである」


 見た目は銀色のチェーンに留め具に薄い色ガラスがはめ込まれているのが見える。


「これはすごいなぁ。戦場で誰かが位置を把握ができるんだ」

「そう。それと、魔力の調整も可能なんだよ。〇・五倍から二倍が〇・五刻みでできるんだ」


 それを聞いてアレクサンダーは利き腕の逆にそのブレスレットをつけてみたのだ。


 すぐに彼はガラスに書かれてある目盛りを調節していくことが、体力の消費するスピードが遅くなることができるらしい。


(難しい魔法攻撃だと、ありがたいな)


 アレクサンダーの場合、魔法での攻撃が複雑で魔力も大きいものが多いので、一度魔法攻撃を始めるとかなりの体力と魔力が消費されてしまうことが多い。


「いいな。この調節機器、等倍だと普通の魔力だな」


 それを聞いてトマは表情がパッと明るくなっているので、気がついてくれてとても嬉しそうにしている。


「そう。よく気がついてくれたね。難しくて大変な魔法は何倍にしてもいいし」

「そうか。ありがとう。他の二人にもこちらに来たら、説明してくれるか?」

「わかった」


 トマの表情はとても嬉しそうで理解してくれている人が増えたと考えているらしい。

 彼のふとした表情は年齢相応の表情で、でも若々しすぎる顔立ちからは哀愁が漂わせている。


「それでは何かあったら、連絡をしてくれ。クレア」

「ああ、わかった」


 それを聞いてからアレクサンダーは彼が部屋を後にしたときにホッと息をついた。

 グレイヴ伯爵が親しげに話す姿には驚きながらも見ているしかなかった。


 それにしても体を動かしたり、魔法攻撃をしたりとかなり疲れているようなのでベッドに横になって寝ることにしたのだった。

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