第9話 素性

 ガシャンッというティーセットにぶつかった音を立て、机の上で跳ねて倒れずに済んだ。


 アンヌはうめき声を上げて床にうずくまってしまっていた。


 あまりに突然のことだったため、その場にいた者たちは一度時間が止まったように思えた。

 我に返り、すぐにルイーズとアレクサンダーは顔を見合わせた。


 養母ははのエレーヌはそばで苦しそうに頭を抱えながらうずくまるアンヌを見つめていた。


「アンヌ、大丈夫⁉」

「どうしたの?」

「うう……、頭が、い、痛い」


 顔色も少し悪くなっていて呼吸も荒くなってきている。

 苦悶の表情をして汗を流すようになっていたため、ルイーズはすぐに医術師を呼ぼうとした。


 ふとした拍子に魔力を通した瞳でアンヌを見たのだ。


(うそでしょ⁉)


 そのなかで茶色の瞳と髪をしていた彼女の内側に銀色の髪が見え、少し開かれている瞳は青紫色をしているように見えていた。


 それを見て彼女はアンヌが瞳と髪色が魔法で変えられていることに気づいた。


「アレックス様、グレイヴ伯爵」

「わかった」


 言わなくてもすぐにアレクサンダーは部屋全体に盗聴と魔法での干渉ができない結界を張る。

 おそらく彼にもアンヌの魔法に気づいたようだ。


「ルイーズ。彼女にはかなり頑丈で長い期間、姿変魔法と記憶の一部を封印されるが掛けられているはずだ」

「少しばかり解くのには時間がかかりますか?」

「少しばかりな……やってみる。ルイーズは彼女について」


 アレクサンダーは魔法に関しては上位魔法導師に匹敵する実力であり、上位魔法導師にしか扱えない多少危険な魔法もできる。

 子どもの頃から魔力が大きいこともあり、習得する魔法の難易度も自然と高くなるのだ。


「わかりました。お願いします」


 アンヌの肩と手に触れて負担を軽減させる魔法を掛けてあげる。


「アンヌ、少しだけ待っててね。アレックス様が楽にしてくれるから」


 アンナが自分の言葉にうなずいた。


 それを見たアレクサンダーは解除の詠唱を始め、丁寧に彼女に掛かっている解除していくことが成功した。

 徐々に変化していった髪色を見てその場にいた三人は驚いていた。


「彼女は……まさか」

「そうだろうな」


 彼女は恐る恐る目を開けたときにも同じよう嬢をしていたが、グレイヴ伯爵はそれ以上に驚いていたからだった。


 アンヌのもともとの髪色は美しく輝く銀色に、その瞳は青紫水晶ブルーアメジストと呼ばれる宝石の色に似た色だった。

 それを見てひざまずいて彼女の前で落ち着いた表情で見つめた。


「私の言葉はわかるかい?」

「え、クレアおじさま? なんで?」


 帝国の公用語であるローマン語で伝えると、かなり困惑した表情でグレイヴ伯爵を見ていた。


「記憶が封印されていたみたいだね。少しだけ落ち着こう」


 そう言ってグレイヴ伯爵は彼女に眠りに入る魔法をかけて眠らせて、すぐにグレイヴ伯爵は部屋へと案内してほしいとエレーヌへと伝えた。


「三人はこちらでお待ちください。彼女を寝かしてきます」


 それからしばらくして伯爵が戻ってきて王宮へと戻るために馬車に乗り込んだ。


「伯爵、どうされたのですか?」

「あ、何でもないのです。少し事務的な仕事のことを思い出して」

「そうでしたか」


 ルイーズはアンヌの髪色に見覚えがあったが、口に出す必要が無いかもしれないと黙っていた。


(アンヌの……髪色、あれは。やめておこう)






 それから二日が経ち、アンヌの目が覚めたということを聞いて再び侯爵邸を訪れた。


「熱は下がりまして、落ち着いてます」


 養母のエレーヌが迎えに来てくれており、アンヌの体調が戻ったと伝えたのだ。


「アンヌ、お三方が来たわよ」

「お養母かあさん? 入って良いよ」


 部屋はルイーズが騎士として暮らしていた宿舎に似た内装だった。


 そのなかでベッドから起き上がって、寝間着ネグリジェに大きめのショールを肩から羽織る彼女がいた。

 月光と呼ばれるような銀髪を三つ編みにし、瞳は青紫色――ローマン帝国の皇族の血筋であることは明らかだったのだ。


「クレアおじさま、ルイーズ様と……」

「俺はアレクサンダー・ノエル・アーリントンと言います。アレックスでいいです」

「アレックス様ですね? わかりました」


 そのときにアレクサンダーは疑問に思ったことをアンヌに問う。


「なぜ、クラレンス卿のことを知っているんだ?」

「彼女は私の親戚です。正確に言うと母方の従妹いとこの娘で、従姪いとこめいにあたります」


 その言葉を聞いて二人は少し驚いた。


「伯爵のお母様が帝国の貴族のご令嬢だったんですよね?」


 グレイヴ伯爵の母――マコーレー侯爵夫人はローマン帝国の貴族令嬢だ。婚姻関係による親戚関係を持つことは不自然ではないのだ。


「その通りです。ルイーズ殿下」


 アレクサンダーがそう伝えると、アンヌがうなずいて三人に伝えた。


「わたしの本名はアンナ・ベアトリーチェ・ヴィオラ・ビアンキと言います。母はキアラ・ジュリア・フェラーリで、クレアおじさまとは血の繋がりがあります」


 その名前を聞いたときルイーズは体が硬直してしまった。

 皇帝と正妃であるキアラ妃との間に生まれ、行方不明になっている一人娘だったのだ。


「アンヌ……がアンナ・ベアトリーチェ皇女?」

「ルイーズ様、驚かせてしまい申し訳ございません。わたしはローマン帝国から逃げるために、ここまで来たのです」

「帝国からって……どういうことですか?」


 アンヌ――アンナは皇帝と正妃との間に生まれた正統な皇位継承権第一位となる皇女だ。


「おそらく、いまの皇帝はわたしの。おそらくの血を引く皇女わたしを狙っているんです」


 そう言いながらそばにある引き出しに入っているペンダントを取り出す。

 何らかの解除する詠唱を唱えて、少し古い形の鍵が出てきた。

 その引き出しの下段、大きめの収納の鍵を開けた。


 ベッドから降りたアンナはテーブルに一つの宝飾品ジュエリーなどを入れる箱と、鈍い金属の筒を机に置いたのだ。


 そして、箱の鍵を開けると、そこに入れられていた物を見た。


 それは繊細な銀細工で作られているティアラ、珍しく大ぶりな青紫水晶ブルーアメジスト金剛石ダイヤモンドが嵌め込まれている。

 さらに耳飾りとブレスレットも同じように作られている。


 これらは皇太子となる皇女に授けられる宝飾品、長いこと持ち主が現れることを待っていた代物がここにあったのだ。


「おそらく本物に間違いはないです」

「でも、あの筒は……まさか」


 宝飾品と同じように厳重に保管されているのを見て、同じく行方不明になっている母のキアラ妃が関係するものだ。


「お母様は十二年前に病気で……亡くなりました。遺灰を筒に入れてもらって」


 そのあとにグレイヴ伯爵はすぐにアンナとルイーズ、アレクサンダーと共に話をするために椅子に座ることを促した。


「あ、アンナ殿下」

「アンナで良いですよ。ルイーズ様」

「でも」

「わたしはいつも通りでいいのです」

「わかった」


 ルイーズが聞いたのはこれからのことだった。

 アンナは王宮で護身術を学ぶことを推奨される。しばらくの間はグレイヴ伯爵の親戚の娘という名目で共に過ごすことになる。


 それからフェーヴ王国のシュヴァルツァー港から出港する帝国行の定期船へ同行することになる。


「これからよろしくお願いします。自分自身、護身術はシャルロットお嬢様や旦那様方に教わりました。それでも魔法などは、未熟な部分もありますので」

「でも、お互い未熟な部分はある。協力して行こう」

「はい」


 ルイーズにはアンナが言っていたことが少し疑問に思っていた。


(なぜ、本当の皇帝って話したんだろう?)


 そのことはまだ言うことは難しいと考えた。



 アンナが荷物をまとめて王宮へやって来たのはそれから三日後だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る