第7話 ルイーズ王太子誕生

 ジュネット王国の王都テレーズは物流の拠点として知られ、いくつもの荷馬車が連なって進んでいく。


 隣国のエリン王国からフェーヴ王国の貿易港であるシュヴァルツァーこうから発着するローマン帝国の定期船に乗せるために向かっている。


「ありがとうございました。ずっと乗せてくださって」

「良いんだよ。がんばりな、アンタの歌好きだったぜ」

「はい」


 荷馬車から降りて大きな荷物を持っている青年がいた。

 年齢は三十代前後に見えるが、詳しい年齢は本人もあまりわからないのはフェーヴ王国の内紛が多発している地方の出身であることしかわからない。


 彼ははるばる北方ロジェ公国からシュミット王国、エリン王国の街道を通り、ジュネット王国へやって来たのだった。音楽は鍵盤がついている箱のような楽器を得意としている。


 この音楽家の道を勧めてくれたのは孤児院の院長が現在の師匠と幼なじみで、彼は楽団にも属さない奏者として知られていて『放浪の音楽家』という二つ名を持つ。


 彼に十歳で弟子入りするために孤児院を出て、彼のもとで音楽の技術だけではなく、学のあった師匠は教養も教えてくれたのだった。


 そのおかげで彼はいままで眉をひそめられたことはない。


 人々が歌い、踊っている姿を見て冬の祝祭が終わったばかりのこの時期になぜ人々がお祭りのようなことをしているのかを酒場の店主に事情を聞いてみた。


 するとこの国の王女が帰還し、これから立太子の儀――王位継承者である王太子の称号を得るための儀式を祝っているのだ。


「それならば、ジュネットのお祝いの歌を演奏しましょう」

「もしかして、二代目の『放浪の音楽家』さんかい?」

「ええ。そう言われております」


 それなら仕事が早い、と店主がすぐに大きく手を拍手し、みんなに音楽家が来たことを伝える。


 そこから大歓声が響き、すぐに音楽家は師匠から受け継いだ型式の古い楽器を取り出す。


 音の調整をしてからジュネット王国に伝わる祝いの場で歌われる曲を暗譜で弾き始めた。

 その音色を聞いてから客たちは大声で歌いながら机や食器で叩きながら、地面を蹴りながらリズムを取っているのが見えた。他にはウェイトレスと共に踊り出す者もいた。


 一曲終わってからは客たちは周りの客と話し始めたのだった。


「いやあ、ルイーズ殿下がお帰りになられたのか」

「それとアレクサンドラ王女もいらっしゃるとお聞きしたわ。いままで騎士としてお仕えしていたとのことよ」

「そうだ。国は安泰だ!」


 そんなことを言う者もいれば、彼女を批判する者もいた。


 テーブルの反対側に座る一団はそのことを話しているのだ。

 国民にも祝う者、眉を顰めて話す者たちもいることも忘れてはいけない。


「それにしても、いま頃戻られても」

「帝国の支配がまだ色濃くならないうちにというお考えなのか」

「国の後継者としては彼女しかいないからな」

「サミュエル殿下も流行り病に亡くなっているしな」

「他には王位継承者はいないからな」


 それを話すなかで青年は浮かれている客たちからお礼としてチップをもらっている。


 そのなかで目の前にある大きな建物が見て、彼は珍しい青紫の宝石である菫青石アイオライトに似た色をしている瞳はその美しい王宮を見つめていた。


◇◇◇



 王宮の外では国民が噂話に花を咲かせているが、王宮のなかでは厳かな雰囲気が漂う礼拝堂では立太子の儀が始まろうとしていた。


 ルイーズは私室で着替えていたところだった。


 純白は心と忠実、歴史の新たな色を染める前という意味を持ち、王位継承者としての誓いになぞらえた者が基本となっている。

 露出の少ないデコルテには美しい花々の刺繍が施され、それらは胸元から腹部と腰にもあしらわれていたのだ。


 スカート部分は着ている者が美しく見えるようなもので、スカートには特徴的なレースの刺繍が施されていたトレーンが腰に別に備え付けられている。


 バッスルスタイルの腰の部分には大きめのリボンがついている。

 袖は七分袖でフリルのついたアンガジャントという飾りがついているのだ。


 波打つ金髪はブラシで梳かれ、編み込まれたハーフアップをし、結び目に白いバラの生花を挿していくと花嫁のようないでたちになっている。


 化粧は成人女性が施すものへ変わり、鏡に映る自分は少し別人に見える。


 鏡台を見て背後に控える護衛騎士たちも、感慨深そうに見つめている。


 ネックレスとピアスは純白の真珠を使うもので、女性らしさが出るような姿が出ているようだ。

 その上から未成年の王女として身に付けていた勲章とティアラをつける。


「殿下、ご準備が整いましたか?」

「整いました」

「それでは礼拝堂へ向かいましょう」

「はい」


 礼拝堂の控室へは転移魔法が組み込まれた装置を使い、すぐに移動することができるようにという形で待っているようだ。


 その目の前にいたのは王都テレーズの大神殿の神官長が恭しく礼をする。


 上質な白い儀式用の服を身に包み、銀糸の刺繍が施されている上に銀細工の宝飾品をつけている。頭には背の高い金色の帽子を被り、威厳と神聖さがその場に漂わせている。


「この度はおめでとうございます。ルイーズ殿下」

「おめでとうございます。ルイーズ殿下」


 その後に後ろに控えている神官たちも同じように最敬礼をしているのが見える。

 そう言ってから再び神官長がすぐに言葉を紡ぎ出す。

「今日の新しい王位継承者をお呼びし、神々に立太子としての誓いを立ててもらいます。その誓のお言葉はお考えでしょうか?」

「ええ、もちろんです」


 ルイーズはうなずいて言葉を伝え、神官が差し出した手に重ねて控室を出る。

 そこから燭台の灯りのみで照らされた薄暗い廊下を抜け、大きな扉の前に歩みを進めてそっと手を掛けようとした瞬間だ。


「王太子ルイーズ・クララ・ジュネット殿下、神官長のご入場です」

(緊張してきたけど……打ち合わせ通りに行けば問題はない)


 その高らかな声と神々への賛美を歌う神歌しんか隊の歌声が天井に響きあい、神々と精霊たちによって祝福を受けているように聞こえてくる。


 ルイーズはそのなかで長椅子と長椅子の間にあるスペースを神官長と共に歩いて行く。その後から宝飾品等を持つ神官たちが続く形になっている。


 最前列の長椅子には家族である国王夫妻、その二列奥にアレクサンダーとグレイヴ伯爵が座っているのが見えた。アレクサンダー自身は少し眠そうな顔をしているのを必死に扇で隠しているようだった。


 礼拝堂は比較的他の神殿より規模は少ないが、王都の大神殿よりも同じくらいの古さが物になっていて歴史的に価値があるものだった。


 ここでは生まれたときに洗礼式を行ったり、七歳のときに行う『ななどしの儀』を行ったとき以来だ。


 実に約九年ぶりの礼拝堂で行う儀式はとても神聖な空気にその場が漂わせているように思える。


 神官長の手を離して、祭壇の方へと歩みを進める。

 そして、心臓の鼓動はしだいに大きくなっていく。手足の震えは祭壇の前に行くと収まるのがとても不思議だと感じていた。


 そこには緋色のクッションがあり、それに膝をつくようにして座ると神官長がルイーズの頭に左手を置いて左手で神話典に触れている。


「神々よ。この世界のすべてをつくり、与える者たちよ。いまこの場にいる若き王太子にならんむすめ、ルイーズ・クララ・ジュネットにつくけがれをはらい、加護を授けたまえ」


 神官長が静かに恭しく読む祝詞のりとは神聖かつ、清浄な空気でルイーズの体が清められていくのを感じた。


「この者が、我が国の王位継承者としての証をこちらへ」


 そう言って若い女性神官たちが手にしている宝飾品や勲章などを見て、すぐに神官は神々の加護をそれらに振り撒いていく。


 そのときにいままで身に付けていた勲章とティアラはこの場で不必要となるので返却するのだ。


 丁寧にティアラと勲章を外し、ルイーズは神官長の前で一度祈りを捧げる。


 神歌隊も祈りの歌を捧げている。

 そのあとで誓いをすることになっている。


「この者の誓いの言葉を聞き、国の王位継承者として認めん」


 その言葉を聞いて、ルイーズはクッションから立ち上がって神官長と父王の前に立つ。

 そして、彼女はこう述べた。


「私は王太子にふさわしいという考えはありません。しかし、この称号、地位を授かることに大きな責任と役目があります。国民のみなさんは国の未来を私に託すこと、不安かと存じます。私は国のためならばこの身が滅びるまで役目を、果たしていくことを誓います」


 その誓いに神官長はうなずき、すぐに若い女性神官が持っていた勲章を肩からかけてもらう。


 そして、ティアラは五代前まで遡るが、が久しぶりに持ち主が現れたのを喜んでいるように燭台の灯りに照らされ輝いている。


 ティアラを頭に載せられ王太子の指輪をはめた瞬間、ルイーズ・クララ・ジュネットは王太子として認められたのだった。


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