ジュネット王国 王宮

第6話 王女の帰還

「ルイーズ殿下。本当に殿下なのですか?」


 やや困惑したような声で誰かが尋ねている。

 馬に乗る自分を見つめる兵士たちは驚きを隠せずにいる。


 それもそのはずだ。一国の王女が戻ってきたと言っても、偽物だと思ってしまうことがよくあるからだ。


「殿下である証拠を見せてください」

「わかりました。この指輪とこの馬に見覚えは? 一年前に通してくださったと思いますが」


 それを見て何か思い出したかのように彼女の指輪と愛馬リュシーを交互に見ているのが見えた。


 そのなかでこの関所の責任者がやってきて、ルイーズを見るや否や慌てたようにひざまずいて礼をする。


「殿下、部下の無礼をお許しください。彼は半年前にここに着任したばかりですので」

「わかりました」


 ルイーズはそう言うと指輪をはめ直すと責任者と関所の兵士たちを見た。


「――私がいない間、ここをまもってくださり。ありがとうございます」

「はっ!」


 その後に責任者が同行している二人が気になるようで彼女に無礼を承知で問いかけた。


「失礼ですが、後ろの方は」

「エリン王国のアレクサンドラ王女殿下と帯同してくださっているグレイヴ伯クラレンス殿です。これから王宮に向かいます」


 兵士たちは三人が提出した通行証明書を見て本物だと知り、すぐに王宮へ言伝を一度行うことにしたのだった。


 まだ帝国の支配が色濃くなっていないことに希望を見出していた。


 そのときに頬を触れる風は生ぬるく、天気が崩れそうな雨の匂いを感じた。

 間もなく雨が降りだしてくるのかもしれない。


「ここからテレーズまでどれくらいかかりますか?

「ざっと二時間ですが、この天気だと」


 空は曇天、ポツリポツリと雨が降ってきているのがわかる。


「平気です。この時間ならばそれくらいで行けましょう」

「ルイーズ殿下。すぐに向かわれるのですね」

「はい」


 すぐに入国印が押された通行証明書を胸元にしまい、急いで馬を歩かせることにした。


 すぐにランプの灯を消してから歩かせていく。雨も降っているが地面はぬかるみ、不安定だと考えたからだった。 


 雨粒が木々や草の当たる音が聞こえてきている。

 雨がしだいに強くなって視界をふさぐ髪の毛がうっとうしくなってくる。

 髪をフードで覆い、すぐに王都テレーズに一番早くいくことのできる道で少しずつ進む。


「アレックス様。大丈夫でしたか?」

「ああ、無事にな。俺はアレクサンドラ王女として入国しているからか、スムーズに行えたぞ」

「そうですね。王宮まではそんなに時間はかかりませんよ」



 夜も更け、日付を越えようとしたときだった。


 王都に聞こえてくるのは馬車よりも少し遅めなひづめの音が響き渡っている。

 寝静まった街にその音が響かせてやってくることを、この住民たちは深い眠りに落ちているためか気づかない。


 懐かしい街並みが見え、王宮の大きな正門が自動的に開いた。


 羽織っているマントや騎士服は濡れるほど雨が降っていたのだ。

 髪も湿気を帯びて少し広がっているので、少しうっとうしそうにしている。


 重くなった服を完走させるために乾かすことができる魔法をすぐに唱えてから王宮に向かうことにした。

 厩舎きゅうしゃに移動するためにアレクサンダーとグレイヴ伯爵を案内していく。


「こちらが厩舎になります。間もなく迎えが来ると思います」

「ありがとう。ルイーズ殿下」

「はい」


 それを聞いてからルイーズは身なりを整えて白髪の老人のもとへと向かって歩いて行く。


「ルイーズ殿下、よくぞご無事でお帰りに」

「ありがとう。すぐに父様と母様には」

「お会いできます。奥宮おくみやの応接間に」

「わかった。それとお二人の部屋の手配を、長旅でお疲れのようで」

「わかりました。お二人はお隣同士に手配させてます」

「ありがとうございます。トマス様」

「いいえ。それでは案内いたします。ルイーズ殿下、せがれが案内させます」


 そう言ってアレクサンダーとグレイヴ伯爵とは別行動することになり、内心安堵してすぐに王宮の中へと入っていくのだった。


 照明のつけていない王宮は暗く、天井が高いことで音がやけに響く。


 そのなかで二人の足音がカツーンと響いていたが奥宮に通じる廊下には絨毯が敷かれているため、靴音は響かずに埋もれていく。


 彼女はすぐに息を整えてながら両親のもとに歩みを止めない。


「こちらになります。殿下がお入りください」


 若い侍従がそう伝えるとうなずき、ルイーズは扉を四度ノックする。

 心臓が大きく鼓動を打つと同時に手が震えて着ていたときだ。


「入りなさい」


 その声が聞こえて扉を開けるとルイーズは目の前にいた両親を見て呆然としていた。


 記憶のなかにある両親よりは年を重ねていたがそのままだったからだ。


 彼女はすぐに涙が溢れそうになっているのをこらえていたのだ。

 母は思わず立ち上がり、飛びつくように抱きしめにやってきた。


「ルー……ああ、よく無事で」


 そのぬくもりと同じように母が使っている淡い匂いのする香水が鼻に入ると目の前の視界がにじんでくる。


 愛称を呼んでくれるのは家族や親戚のみに限られているので、それを聞いて緊張の糸がプツリと途切れてしまったのだ。


 にじむ視界でも父が寄ってくるのが見えて、正直ぶたれることを覚悟していた。


「父様」

「あのあと、帝国からは応答がない。ルーのことは消息不明になっているからな」


 それを聞いて背筋が凍り、顔をこわばらせてしまった。

 父の険しい顔をしていることに相当まずい状況で戻ってきてしまったのかと思ったのだ。


「父様、あの」


 そのときに彼の手が頭のそばにやってきたので、ルイーズが思わず目を閉じて首をすくめていた。


 しかし、頭にそっと撫でるように手が置かれてあった。

 目を開けてみると父が抱きしめてきたのだった。


「ルー、お前はこの国を背負う人物になってほしい。成人して、行うはずだった立太子りったいしの儀を行いたいと思う。時間は限りあるからな」

「はい」


 立太子の儀は十六歳を迎えて最初の新年を迎えて行うことがジュネット王国での慣習だ。


 十一月に生まれたルイーズは新年が明けて一月にある冬の祝祭を終えてすぐに行われることになる。

 いまは冬の祝祭が終わって一夜が明けようとしているとのことだった。


 それを聞いてルイーズは困惑していた。


「国民は、悪く言う人もいるかもしれないのに」

「ルーのことを悪く言う者はいる。でも、それ以上に期待されている」


 両親の暖かい言葉にルイーズは涙が止まらずに両親の腕のなかで泣いていた。


 それから自らが使っていた部屋に戻ると、一度体を洗って仮眠をして午前六時前後に目が覚めてしまった。

 慌ただしく立太子の儀を翌日に行うということが決まっている。


「ルイーズ様、おはようございます」

「おはよう。マリア、元気にしていたかしら」

「はい」


 それを聞いてからすぐに侍女じじょのマリアと共に衣装を用意するために衣装部屋へと向かう。

 そこにはかつて身を包んでいたドレスたちがそこには置かれてあるのだった。


 そのなかで体に合うものが少し少ないと感じていた。


「ルイーズ様は一年間で背が伸びられていますし、体も成長されていますしね」

「ええ。そうですね」


 侍女のマリアの記憶よりも背が高くなっているルイーズは十五歳の頃に着ていた衣装は着ることが難しいのだ。


 そのため立太子の儀をするための衣装探しが難航しているときだった。


 そのときだった。もう一人の侍女がやってきて、母が戴冠式たいかんしきで身に包んだ白いクラシカルなドレスを身に包んではという提案だった。


「はい。それにします」


 袖を通してみるとまるであつらえたかのように体にすぐ馴染んでいた。


「こちらで」

「はい。すぐに行きましょう」


 その後に立太子の儀の手順を神官たちと話して行った。


「それにしても、準備が多い……」

「仕方ありませんわ。こればかりは、大事な儀式ですもの」

「ええ、きちんと王位継承者としての務めを果たしていきたいと思います」


 そのときにルイーズが見ていたのは茶色の髪をした少年の肖像画だった。


(サミュエル、がんばるから。天の国で見守ってて)


 今日は多忙にきわめ、アレクサンダーたちと再会できたのは翌日になった。


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