第5話 帰国

 礼拝の時間が終わると先程の店に預けていた馬を引き取り、すぐに馬に乗って中心地ユーティリスを離れる準備を始めた。


「また来ることがあればおいで。お三方」

「ええ、また来ます」

「アリシア。馬のくら手綱たづなを装着の手伝いをしてきなさい」

「はい。義父とうさん」


 それを聞いたグレイヴ伯爵は驚きながら店主と話しているみたいだと考えている。

 ルイーズとアレクサンダーは厩舎きゅうしゃの方に歩いて行き、自らの相棒のもとへと向かう。


「あら、アンタの馬ね。立派な毛並みね」

「父が故郷を離れるときに用意してくれて」

「そう。愛されてる。大事にしなさいね」

「はい」


 看板娘のアリシアと少しの会話をしてすぐに馬に乗り、挨拶をしてすぐに移動することにした。


 時刻は午前九時を過ぎているが、チューリスまでは夕刻に間に合うかどうかという距離だ。

 チューリス街道と呼ばれるその道は多くの物流の場所になっているのかかなり広い幅の道のようだった。


「次の場所はアルティシアな。これは」

「あいよ。それにしても、今年の作物は豊年だった」

「ああ。それは神に感謝しなくてはな」

「そうだな」

「俺のカミさんも喜んでいたんだよ。稼ぎが増えてきたからな」


 荷馬車に乗る男衆たちの会話が聞こえて着たりしている。


 ルイーズはアレクサンダーの後に馬を走らせているが、もともと記憶している街並みを思い出しながらだった。


(奥に見えるのがレティス山だ。間違いない、このまま道を進めば行ける)


 そう思いながらつけている左耳のピアスに触れて小さく魔法の詠唱をした。音声通信の魔法を組み立ててから名前を呼ぶと、通話したい相手とすることが可能であるものだ。


[どうした、ルイーズ]

[殿下、どうされました?]


 ノイズが発生してから聞こえたその声は前を走っているアレクサンダーとグレイヴ伯爵のもので、やや警戒しながらこちらの応答を聞こうとしている。


「この道をまっすぐに進めば。チューリスの関所に当たります。間違いはないですね」

[そうか。わかった]

[ありがとうございます。殿下]

「はい」


 グレイヴ伯爵の通信が途切れたのを確認したが、主との通信は途絶えてはいないのがわかる。


[ルイーズ。王国に戻ったら、一度ご両親に言伝を出さなくては、と]

「そうですね……」


 それを聞いてから家族の安否がとても不安になっているが、連絡は帝国を警戒して送ることはできなかった。

 皇帝の側妃として迎えられる日にルイーズは抵抗し、すぐに家族たちが隙を見て逃してくれたのだった。


[ルイーズは先に家族に会わせようか。国境を越えたら王都テレーズに行こう]

「はい」


 そのまま通信が途切れてすぐに一人で走る。


 ルイーズの心は不安と家族に会いたいという気持ちが混ざり合う複雑な気持ちになっていたのだ。

 朝の冷たい空気はしだいにやわらぎ始め、気温も少し上がっているのが感じられる。


 姿変しへん魔法で長い時間保持することができるので、こういった場合に変装する手段として使われている。

 それから彼女は腰のサーベルに手を触れて、自らの剣を確認していざというときに取り出せるように。


 彼女は周辺の王女と同じ教育の他に剣術などを教わっていた。

 母が武芸の名家の令嬢だったこともあったため、女性でも剣術を学ぶことができるのを知ったのだ。


 騎士にも匹敵するような技術を持っていることで、アレクサンダー付きの護衛騎士となることができたのだ。


 魔法も少し学んだのだが、アレクサンダーよりは上手くはないと感じている。

 ジュネット王国とエリン王国は大昔に一つの王国だった頃から魔法大国として知られていた。その後、二つに分かれてからもその二か国は魔法大国として名をはせているのだ。


(父様、母様。待っていて。すぐに戻るから)


 それを心のなかに言いながら馬を走らせていく。


 昼になり、中間地点であるグランドフォレストと言われる村で一度昼食を取ることにした。

 馬から降りてからルイーズは愛馬に昼食と水を用意して食事をとらせることにした。


「よく頑張ってるよ。リュシー、あと少しだ」


 そう言ってリュシーはすぐにルイーズの手に鼻息をかけてくる。


「すぐに戻るよ。昼食にしましょう」

「ああ」


 ルイーズはアレクサンダーとグレイヴ伯爵と共に昼食を買い軽食を食べながら国境の町チューリスへと向かった。


 水分補給と道順の確認などを含めた休憩をしながら馬に乗り歩いて行く。

 道が険しくなってきてからルイーズが先に進む。ランプに灯りをつけて道を歩く。


 その道はよく覚えていた。

 泣きながら逃げて初めて野宿した場所がこの辺だった。


 あの頃の自分は十六歳なる直前で護衛騎士となった日に十六歳になったのだ。


 初めて成人として国に入ることを考えると、変に胸がざわついてきて心臓の鼓動と呼吸が乱れそうになるのを抑える。


「わたしは……戻って、いいのかな? リュシー」


 愛馬リュシーに思わず問いかけてしまう。問いかけても耳を動かすだけで、ただ歩みを止めずに進んでいくのだった。


 国を捨てて逃げた、と言われることを覚悟している。


 帝国の支配下に置かれているならば、殺される覚悟も持っているまま進むことにした。


 街並みはしだいにエリン王国の建物からジュネット王国に見られる建物になってきたのだ。

 それを見て彼女は思わずこみあげてきてしまうものがあった。それを我慢しながら手綱を緩めずに移動は止めずに向かうのだ。


 風景はしだいに畑が多くなってきた農村地域になってきたこともあり、旅装の三人は国越えをしている人が他にもいるらしくその列に加わる。


 その道の途中で橙色の空と黒い影となった山の稜線りょうせんが映る湖が突如として現れ、思わず息をのむなどということもあった。


 それから寒さが増してきたこともあり、腰に巻いていたマントを羽織ってからマントを羽織る。

 街道の住宅には明かりが灯っているのが見え、人々の営みがそこには存在しているのを実感した。


 あっという間に日は沈んでいるが、あと少しで国境を抜けることができそうではある。

 そして、五か所目の休憩場所である東屋に着くと、一度馬たちも休ませて水飲み場へ向かうことにした。


「ルイーズ。水飲み場まで行こう」

「そうですね。グレイヴ伯爵も」

「一緒に行きましょう。間もなく日が沈みますし、一人は危ないのでね」


 水飲み場は井戸があり、そこから汲み上げるというものらしい。


「水質は大丈夫」

「それじゃあ。汲んで戻ろう」


 水筒となっている瓶に水を入れてから元の位置に戻る。

 馬に乗って国境を超える関所のある道に入ったときにルイーズは駆けだした。


「ルイーズ。道を覚えてるのか?」

「ええ。ここの道です。行きましょう!」


 チューリスの関所はリーヌ・ロゼと接しており、そこから王宮までは馬で三時間ほどの場所にあるからだ。


 蹄の音は彼女にとっては故郷が近づいている音だと考えている。



 関所の松明と建物が見え、すぐにルイーズは息をのんでいた。


(あ、ここだ)


 冬の吹雪いているなかで関所を越えたことを思い出した。

 恐怖心で手綱を握る手が震えてきたのをこらえる。


「ルイーズ。心配するな、お前の帰還を喜ぶ家族がいる」


 隣にやってきたアレクサンダーは彼女の肩に手を置いてくれた。

 それを聞いてルイーズは少しだけ心の整理をつけてから関所に向かうことにした。


「よし、行きましょう」


 リュシーの腹を軽く蹴り、手綱を進めという合図を出す。


 姿変魔法の解除するための詠唱をしたときに周囲で息をのむ音が聞こえた。

 すぐにゆっくりと坂を上り、すると関所を護る兵士たちが警戒しながら自分を見る。


 心臓の鼓動が速くなってきて、周りの緊張感が漂わせているのがわかる。


「関所を開けてください」

「通行証明書を見せてください」

「はい」


 彼女が手にしている通行証明書には護衛騎士のルイ・クレア・ジュネットではない。


わたくしはルイーズ・クララ・ジュネットです。王宮に伝えください、ただちにそちらへ向かうと」


 そう言いながらマントを取り、彼らの目を力強く見つめて左手の人差し指につけている指輪を見せた。


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