第4話 休息

 アレクサンダーは夢を見ていた。


 かなり昔――七歳になる前、自分は寝込むことが多かったのを思い出す。

 体の中でが渦巻いている感触に恐怖心を感じていたのだった。


 彼は生まれ持った魔力が人よりも大きく、うつわとなる体の成長が追いつかなくて体調を崩すことがあった。 


 誰かの気配がして目を開けたときだ。


「アレックス。大丈夫よ」

「かあさま」


 口から出てきた声はとても弱々しく、熱で苦しそうだった。


 その姿は母のメアリでベッドの上に座っているのが見えた。

 彼女の淡い琥珀こはく色の瞳は心配しているが穏やかな色を見せている。


 幼い自分は不安そうな表情を見せて母にそう伝えている。


「ねつ、さがる?」

「寝たら治るわ。医術師せんせいが話していたから」

「でも……こわい。からだのなか、ぐるぐる、されてる」

「アレックスが寝るまでここにいるわ」

「ほんと?」

「ええ。だからおやすみなさい」


 そっと自分の額に母の手が触れ、ひんやりとした感触が心地よい感じがしたのだ。


 その気持ちは久しぶりで不安になったときにこうした夢を見ることがある。



 徐々に意識を浮上させたときに感じたことは外気からの想像以上の冷たい風が吹き込んできた。


「ん、寒っ」


 風に吹かれてすぐに身を震わせて起き上がると、空は白み始めているのが見えて夜明け前だった。


「寒いな……それより何時くらいだ?」

「ええっと……六時半です。この時期は一年の中で日が短い」


 ルイーズはそう言いながらグレイヴ伯爵が馬たちを呼び寄せているのが見えた。


「クラレンスきょう。ありがとう、すぐに行こう」

「ええ」


 アレクサンダーはくらと手綱を馬につけて、お互いに朝食を簡単に取ってから向かうことに。

 手綱たづなを引きながら徒歩で中心地に行くことにした。


 グレイヴ伯爵はこの辺は領地が近いので地理も知っているみたいなので、すぐに中心地のユーリティリスに向かう道を教えてくれた。


「次の三叉路さんさろを左に行きましょう。そうすれば中心地ユーティリスを通って行けば、国境まで行けますね」

「ありがとう。クラレンス卿」

「それじゃあ、行きましょう。アレックス様は」

「わかった。瞳の色を茶色にするんだろう?」


 そう言いながら彼は目を閉じて姿変しへん魔法の詠唱を終える。


 目を開けると紺碧こんぺき色の瞳はよくある明るい茶色の瞳をしているんだ。

 そのなかで練習をしていることが大きいと話しているんだ。


「ルイーズも」

「はい」


 すぐにルイーズも同じ詠唱をして今度はブルネットの髪と青の瞳をした少女に変化していった。

 洞穴に形跡をできるだけ残さず、荷物へと向かうことにしたのだった。


「それでは行きましょう」


 馬に軽やかに乗ってからすぐにグレイヴ伯爵の後を追いかけるように道を走り出した。


 ほのかに明るくなりだしている空とは違い、空気はかなり冷たくて頬と耳をかすめた。


 蹄の音はしばらくして増えてくると、街道と商業都市であるルーシィへ続く道から荷馬車などだった。

 そこからが馬を歩かせて行くことにした。


「アレックス様。おはようございます」

「ああ、おはよう。ルイーズ、今日は寒いな」

「そうですね」


 寒さから守るために彼女はマントについているフードを被っている。その頬は寒さで赤くなっているのが見えた。


「クラレンスが言うにはこれから中心地に行くんだろうな」

「はい。伯爵がおっしゃるなら合っているでしょうね」

「お二人とも、見えてきましたよ」

「お。すごいなぁ」


 坂の上から見えてきたのは建物があり、さらに人が多いみたいだ。


 荷馬車が次々とそこへ向かっているのでその後をついて行くような形で街に向かう。

 アレクサンダーはすぐに腹の音が聞こえていたが、それは本人しか聞こえていない。


 坂を下ると人々の声が聞こえ、賑やかな街ということがわかる。


(すごいな、この賑わい)


 アレクサンダーには全てが新鮮な感じに見えたのだ。


「アレックス様。こちらで降りましょう、通行の邪魔になるかもしれないので」

「そうだな」


 エリシオン高原中心地であるユーティリスへと到着したのは午前七時を過ぎて、大衆食堂に客が徐々に出てきた頃だ。


 馬から降りてすぐに手綱を引きながら歩いて行く。

 そのなかで街並みを見てアレクサンダーは瞳を輝かせていたのだ。


「お二人とも、馬を預けましょう。このままだと」

「お願いします。伯爵」


 グレイヴ伯爵はなじみのある大衆食堂で馬を預けるためにそちらへと進む。

 そこには壮年の男性が食堂の入口で新聞を読んでいるのが見えていた。そのときにグレイヴ伯爵を見て笑みを浮かべて話し始めた。


「おや。クラレンス様じゃないか。久しぶりですな」

「ああ、すみませんが馬三頭を預けるのと、朝食を取りたい。簡単に食べることができるものを」

「おいよ。すぐに用意する。お代は三人で五〇〇〇ディアだよ」

「ありがとうございます、時間はかかりそうですか?」

「この時間だったら十五分くらいだろう」


 それを聞いてからグレイヴ伯爵はすぐに二人を呼んで一番端で外にある席に座る。


「五〇〇〇ディアは安すぎないか?」

「いいえ、大衆的な食堂でも馬を預ける方が一人一〇〇〇ディアです。それとご飯一人六三〇ディアですから」

「そうなんですね。でも、良いよね」


 その間に地図を広げて話を始めることにした。

 ルイーズが持っていたもので折りたたむことができるものだ。


「ここユーティリスから国境のチューリスという関所を抜けることが必要だ。伯爵が持っている通行証明書を見せれば問題ないのか?」

「ええ。通行証明書これは関所の者は一瞬のみ見るだけですし」


 それを話しあっていると若い女性がこちらに料理を持ってきているのが見えた。明るい声色で客たちに挨拶をしている。


「はい。お待たせしました~。朝食セットになります。お代はもうマスターから聞いてますから」

「ええ、ありがとうございます」

「そう。ごゆっくりどうぞ」


 それを聞いてからグレイヴ伯爵は最初に味見をして、大丈夫そうだとアイコンタクトをするとすぐに二人も料理を食べ始めた。


「食べようか」

「はい」


 口にしたときの味わいはいままで感じない物だった。


「うまいな」


 出されたのは焼き立てのパン、とれたて野菜のサラダとジャムに飲み物というものだった。ジャムをパンに塗って食べると、ラズベリーの味わいがパンと共に口の中に広まる。


「ん、おいひいでふね。ふぉれ」


 口に頬張りながら話し出したため、モゴモゴと話している。


「ルイ。頬張りながら話すなよ」

「すみません。思わず」


 そのあとにサラダを取り分けて食べている。


「アレックス様。これを食べてくださいよ。おいしいですよ」

「そうだな。この野菜はとても新鮮だな。食べ応えがある」


 アレクサンダーとルイーズは黙々と朝食を食べているのは空腹だったようだ。


 グレイヴ伯爵も朝食を取り終えてから水を飲んでいる。

 それから三人は食後の休息時間を兼ねて再び話し合うことにした。


「ユーティリスを離れたらチューリスまでは店が少ないです。ここで一つ買い物をしても良いかと」

「そうだな。俺もそう思うが、まだ時間的に」

「でも、この辺は周辺の街に仕事をする人も多いので早い時間からお店はやっています」

「そうか」


 三人は今日中にジュネット王国に向かうことを予定しているので、それを頭に入れているときだった。

 先ほどの女性がやってきて食器類を下げているときにこちらにやってきた。


 オレンジ色のくせ毛にオニキスのような明るい茶色の瞳をしていた。年齢は自分アレクサンダーと同い年くらいだろうか。


「あら。お三方、これから遠出するのかい?」

「ええ。ジュネット王国まで行こうかと」


 そう言いながら女性はすぐに思いついたように話し始めた。


「すごいわねぇ。あ、観光に行くならヴァレンティは行きな、ここの神殿に旅人の加護を与える神様がまつられているの。旅をするなら、行くのをお勧めするわ」

「そうなんだ。面白そうだな」

「ありがとうございます。行ってこようと思います」

「そうかい。気をつけてね」


 それから店を出てから一緒に馬ではなく徒歩で行けるので、そのまま向かうことにしたのだった。

 約十五分ほどの場所にあるらしく道をわかりやすい。


 神殿へ向かう道は整備されているが一本逸れれば未整備のところが多い。同じ方向へと向かう人々には旅装の者は複数人いて、アレクサンダーたちが浮かずに済んでいる。


 そのなかにはこれから洗礼を受けるのか白い洗礼服を着ている幼い子どもが親に手を引かれて歩いている。

 洗礼するのはだいたい三歳の生まれた月に行われ、子どもたちは洗礼服と呼ばれる白い服に身を包んでいる。


「あの子、洗礼式なんですね」

「早く入らなければ、混みますね」

「そうしましょう」


 現在の季節は一月の半ばを過ぎようとしている。


 神殿の大きな入口を入ると、そこには開けた空間の中に左右に大きな間隔を開けて長椅子と長机が設けられている。


 外壁は漆喰しっくいで塗られているためか、灰色がかったクリーム色の暖かみを持つ雰囲気がある


 その奥には豪奢ごうしゃで繊細な装飾が施されている黄金の祭壇が置かれてあり、その前には緋色が中心に配色されている絨毯じゅうたんが敷かれている。


 新刊が祈りを捧げる場で跪くためのクッションや神話典と台座が置かれてあるのが見えた。

 その奥には見えないがこの神殿に祀られている旅の守護神のイティーネラトルにゆかりの物があるらしい。


 アレックスは思わずそちらへ行こうとしたときに、ルイーズが彼の腕を引いて長椅子の後ろの方へ歩いて行く。


「どうしたんだ?」

「アレックス様、神殿のなかは限られた人しか入ることができないので。ここまでです」

「そうか。すまない……それじゃあ、ここらへんで座ろう」

「そうですね」


 そう言ってグレイヴ伯爵、ルイーズ、アレクサンダーという並びで長椅子に座ってから神殿の鐘が鳴らされていた。

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