第3話 旅立ちの夜
王宮での日常はいつにも増して加速していった。
アレクサンダーは動きやすい服装で移動することになっているが、最低限の女性ものの服を荷物に入れた。
魔法が仕掛けられたカバンであるため、小さなカバンに見えて実はたくさん荷物が入ることができるようだ。
その間に王宮の武術場で剣術と魔法での身を護る術を学んだりしたのだ。
新しい魔法の組み合わせをしても、アレクサンダーの魔法は安定して発動することができるようになっている。
ルイーズも魔法や剣術に磨きをかけつつ、それぞれの道順を三人で話しながら歩いているようだ。
荷物には護衛で必要な剣や衣類を背負える布のカバンを身に付けて出発することになる。
護衛騎士の宿舎の部屋で必要なものを選びながら片づけ始めた。
そして、ローマン帝国の使者が来てから一週間後の夜。
厩舎から相棒となる馬を連れて鞍を乗せて、すぐに手綱を引いて王宮の方へと向かう。
「アレックス様もご準備ができましたか?」
「ああ。準備はできた」
「それでは行きましょう」
空は曇り、月も出ない日の夜は闇に包まれているが、ランプの灯りでルイーズとグレイヴ伯爵がいることを見つけることができる。
「揃いましたね」
「ああ。一応、武器は仕込める物は選んできた」
「そうですか。行きましょう」
王宮の裏口には三人の姿がそこにはあった。
それぞれ動きやすいジャケットとパンツ姿で、乗馬に適した服装と防寒対策のフード付きのマントを羽織っている。
「行こう」
アレクサンダーがそう言い、三人は馬に乗って走り出したときだった。
石畳を蹴る
アレクサンダーは見慣れた街並みがどんどんと遠ざかって行くのを見ていた。
そして、目の前にいるルイーズの背中を見つめていた。
一度全てを捨てたと話した彼女はどのような気持ちでジュネット王国を離れたのか。
[アレックス様、どうされました?]
自分の左薬指につけられている指輪からルイーズの声が聞こえてきたのだ。
ルイーズのピアス、グレイヴ伯爵とアレクサンダーの指輪には音声の連絡ができる魔法が存在する。
もともとは魔法具として剣などに用いられていたが、さらにアクセサリーなどの身に付けたりする物に変化していった。
それからピアスなどをつけて連絡手段として広がりつつある。
「何でもない。この先、どこかで休憩できるところを探すのかと」
[この時間だと宿は空いてません。野宿になるかと思います……]
[ルイーズ殿下、それは危険では]
グレイブ伯爵の声も少しだけ驚いているように聞こえた。
[こればかりは仕方ないです。国境がエリソン離宮からも離れていますし、国境沿いに良い場所があるのでそこに行きましょう]
「わかった。ルイーズ、案内を頼む」
[わかりました]
ルイーズはそのまま通信は切られて、馬はジュネット王国へ行く街道を入っていくが人気が全くない。
「セラフィス。がんばれるか」
愛馬のセラフィスの首辺りを撫でながら話す。
最初の行く先はジュネット王国に近いエリシオン高原へと急ぐことにした。エリン王国の中でも避暑地となっている場所だが、この時期はかなり人数は少ない。
しかし、今年の夏にここを舞台にした小説が大ヒットしたこともあり、若い女性たちが訪れることも多い。
ルイーズが道を覚えているので最初はそちらへ向かうことにした。
山から吹き下ろす冷たい風が頬や耳を冷やすが、そんなことは気にせずに愛馬を走らせていくみたいだ。
王宮を出てから二時間が過ぎた頃になっていた。
[アレックス様、そろそろ休憩しましょう]
「そうだな。そうしよう」
[それでは雨風がしのげる場所に行きましょうか。殿下、案内をお願いします]
[わかりました。こちらです]
そのままルイーズの案内で馬から下りて手綱を引いて、ランプが灯された場所で立ち止まって自分も魔法の詠唱を小声で言って持っていたランプに灯りをつけた。
目の前に現れたのは洞窟みたいな話をしているみたいだった。
「ここは……洞穴だな」
「ええ、そうみたいですね」
そこにルイーズは愛馬の鞍と手綱を取ってから、すぐに馬を少しだけ休ませる間に自分たちも休憩することにした。
洞穴は大人三人が横になっても全く狭くない場所だが、入口も少しだけ風よけになりそうなところがある。
「とにかく、ここで一泊しましょう」
ルイーズは布袋を枕に身に付けていたマントに包まり眠ってしまった。
それを見てアレクサンダーは少し驚いてしまった。
ここで野宿ということは彼自身初めての経験だったからだ。
「そ、そうだな……」
(土の上で寝るのか? それにしても、ルイーズは慣れてるな)
「大丈夫ですか? 殿下」
「ああ、少し驚いてしまってな」
グレイブ伯爵は少し笑みを浮かべて大きな石に腰かけて、主を眺めているのがわかっているのが見えている。
「伯爵」
「クラレンスで構いませんよ。伯爵は父の爵位の一部ですので」
「それではクラレンス卿と呼ばせてもらおう」
「そうですね。殿下はこのような経験は初めてですね?」
ランプの灯を分けて入口で焚火を始めた。
「ああ、全くと言って良いほど、このような経験はない」
「そうでしょうね。でも、旅人は宿が無い場合こうした場所で眠るのです」
「そうか。クラレンス卿には家族がいると話していたな。息災であるか?」
「ええ、息子のマシューと娘のエミリアがいます。あの二人は母方の従兄の子どもでしたが、母親が亡くなってすぐに引き取ったのです」
「なぜだ?」
「あの子たちの血筋が影響しているのです。先代の皇帝と愛妾との間に生まれた娘が、あの子たちの母の母――祖母に当たる方なのです」
「皇族の血を?」
「ええ、厄介ごとになるのですぐに私に養子にと打診されまして。亡き妻との間に子どもがおりませんでしたので、夫婦の正式な子どもとしての縁組をしたのです」
この世界には養子縁組には戸籍上の違いが出る二つの養子縁組がある。
一つは戸籍上に養子と記載され、主に婿養子や神官の養子縁組をする際に用いられることがある。片親からでも養子を取ることができるようになっているのだ。
もう一つは戸籍上には実子として記載され、主に子どものいない夫婦が結ぶ養子縁組である。
グレイヴ伯爵夫妻には子どもがいなかったこともあり、血縁関係がはっきりとしていたためこの養子縁組を利用したという。
「確か……奥方は」
「二年前に儚くなりました。もともと子どもを生めるような丈夫な体ではなかったので」
「そうなのか。俺も眠くなったな」
「おやすみなさい。お二人とも」
そう言う声がとても安心してしまうが、すぐに眠ってしまった。
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