第2話 使者

 それから数日後。


 エリン王国にもローマン帝国の手は届く距離に近づいてきているのを感じる出来事があった。

 それは王宮にいたアレクサンダーとルイーズがこちらに来ている侍従を見つけた。


「ローマン帝国の使者がいらっしゃいました。

アレクサンドラ王女に謁見でございます」

「わかりました。すぐに支度を」

「かしこまりました」


 アレクサンダーが王女として身に付けるものは自室の隣にある衣装部屋がある。

 そこでは一人のメイドが衣装の管理をしているが、もうある程度の自分自身の好みを知っているようだ。


 主の姿を見て控えていた彼女が慌てたように礼をしているのが見えた。


「リリベット、直ちに支度をしたいのですが」

「アレックス様、ご準備でしょうか」

「ええ、帝国から使いが来ましたの。なので」

「来賓をお迎えするためのお衣装ですね。かしこまりました」


 そう言ってリリベット・フォックスはすぐさま国外からやってきた使者たちを出迎えるドレスを探し出してきたのだ。


「ローマン帝国でしたら。こちらの色でどうでしょうか」


 彼女が取り出したのは首元を隠したドレスを取り出してきたのだった。

 それは最近仕立てたもので隣国のシュミット王国の王女が来たときに身につけたもの。


 アレクサンダーが成長期に入ってからは首元を隠して性別を偽るようになっている。

 フリルスタンドカラーを重ね着し、上から長袖のパフスリーブのドレスを身に包んでいる。


 背が高いのでヒールが高くない靴を選び、それはドレスと同じ布地と物に足を入れて立ち上がる。

 髪はハーフアップにしてからこの国の花である赤いバラを象った髪飾りをつけているのが見えた。


(帝国からの使者、ルイーズ殿下から聞いたことは本当だったとはな。まあ、俺のこともとしてだな)


 衣装部屋から出てすぐに近くにいたルイーズも着替えを終えて部屋の前の廊下に立っているのが見える。


 彼女が身を包んでいるのは黒と青を基調としたもの、その胸には王族の護衛騎士である証である国花の赤いバラと獅子の紋章をつけている。

 しかし、普段の姿と異なることがあった。髪型は普段と変わらないが、髪色を警戒して金色から茶色に姿変魔法で変化させていた。


「そこまでしなくても」

「いいえ、これからやってくるのはわたしの顔を覚えていますから」

「そうか。わかった」


 そう言ってからすぐに彼らは王宮の謁見をする場へ急いで歩き始めたのだった。


 侍従長のフィリップスも心配したような表情を見せているがアレクサンダーの表情は普段と変わらない表情をしている。


「普段通りを偽れ。この国を奪われてはいけない」

「はい」

「殿下、そろそろ侍女のブラウンが彼を連れてくるはずです。貴賓の間に向かいましょう」

「ええ」


 二人はすぐに緊張したような姿で貴賓の間に向かう。



 ◇◇◇



 一方、王宮の貴賓室には一人の恰幅の良い男性が座っている。


「こちらでお待ちください」

「ああ、ありがとう」


 銀髪を後ろに撫でつけ、ジュストコールは豪奢な飾りがつけられていることで地位の高い男性ということがわかる。


(この国の名産品は美味だったな。それにこの調度品は高級品ばかりだ)


 そして、彼の脳裏には一人の王女の肖像画がよぎっていたことがわかった。


 長い黒髪に紺碧の瞳をしている意志の強い表情をしている美しい少女が座っていた。


 そこにはアレクサンドラ・エレン・アーリントン第二王女と紹介されている。

 床にせりがちな虚弱体質を持つ双子の兄のアレクサンダー・ノエル・アーリントン第二王子の代わりに公務に出たりしている。


 その姿は凛々しく、魔法にも長けている王女はどの国の主となる者の配偶者としてふさわしいと思うだろう。

 その後に静かに紅茶を一口飲んだとき、ノックをする音が聞こえてきてそちらに視線を向ける。


「失礼いたします。王女殿下のお支度が整いましたので、ご案内させていただきます」

「はい。かしこまりました」


 やって来たのは若い侍女が案内してもらうことになった。


 廊下は紺色の絨毯が敷かれてあるが、壁が白く左側は窓があり中庭を囲むように建物が作られているのが見える。

 建築様式も数百年前の建物らしく、手入れがされているのとかなり頑丈な建築構造をしている。


 そのときに廊下を右に曲がるとシャンパンゴールドの枠が嵌っているドアの前に立った。

 侍女はすぐにドアを開けて恭しく礼をして、部屋のなかへと誘導された先に赤いドレスを身にまとった若い女性がいた。


 彼は心臓が高鳴りながらも、冷静に言う文言を心のなかで諳んじながら王女の前へと歩く。

 それから恭しく礼をして名前を名乗る。


「私はアルベルト・ネーヴェと申します。ローマン帝国からの使者です」

「遠路はるばるよくぞいらっしゃいました。私がアレクサンドラ・エレン・アーリントンと申します。この国の王女です」

「おお……殿下のお噂はかねがねお聞きしておりました」


 目の前に立っている女性は長い漆黒の髪を結い、紺碧の瞳は切れ長ではあるが鋭い光を宿している。


 その後ろに控えている正装をしたのは護衛騎士だろうか美少女と見紛う可憐な顔立ちをしている。年齢はおそらく王女よりも少し年下だが、れっきとした騎士として努めを果たしているようだ。


 使者のネーヴェの好みの美少年を目の前にしたがそんな感情は押し殺すことにした。


 それから使者はすぐにローマン帝国皇帝からの親書を彼女に手渡したのだ。

 筒状に巻かれた紙を封蝋で閉じられていた。


 それを侍女が持ってきたペーパーナイフで封を切り、それを内側に書かれている文章を読み始めた。


 アレクサンドラ王女を側妃として迎えるということは、エリン王国を帝国の手中に収めたいという皇帝の思惑が書かれてあるのだ。


 王女はすぐに丁寧にそれを見ながら動揺せずにそれを読み終えて、こう質問をしてきたのだった。


「この親書の回答はいつまででしょうか?」

「陛下からはできるだけ早く、とのことでした。一年は側妃としてふさわしい教育を受ける予定でございます」

「そうでしたか。わかりました。回答は次の機会にお答えします」


 その言葉にネーヴェは笑顔で再び礼をする。


「かしこまりました。それでは私はこちらで失礼いたします」


 そう言い、彼はその場を去って行った。



 ◇◇◇



 使者のネーヴェから去ってからアレクサンダーは扉が閉じた瞬間に詰まっていた息を吐く。

 緊張感が漂わせていた室内に安堵の雰囲気へと変わっている。


「あ、あの、大丈夫でしたよね?」

「ああ、そのルイーズ殿下」


 そう言ったときにルイーズは少しむっとした表情でアレクサンダーを見ていた。


「ルイーズで良いですよ。わたし堅苦しいのは苦手なので」

「そうか。それではルイーズと」

「はい」


 翌日、リチャード四世国王とメアリ王妃と侍従長のフィリップス、外交官でグレイヴ伯爵クラレンス、そして国王の側近で政治をまとめるスチュアート公爵エドワードが集まられていた。


 アレクサンダーは国王夫妻と外交官のなかでローマン帝国の事情に詳しい者たちをフィリップスを通じて王子の執務室へ集めた。


 さらにこの国のまつりごとつかさどる者も呼び、側妃として帝国に行く旨を伝えたのだ。


「ああ、神様に問いただしたいわ。アレックスが悪帝のもとに側妃として迎えられるなんて」


 母のメアリ王妃は昨夜から憔悴しているようで、ソファに力なく座ると夫にもたれ掛かるようになっている。

 すでにお腹を痛めて生んだ子が二人去っているため、彼女自身も精神的に不安定になってしまっているようだ。


 それを見てアレクサンダーは片膝をついて母に手を重ねた。


「アレックス」

「母上。俺は必ず生きて帰ります。それは約束させてください。この身であるからこそ、女として帝国に行くことができるのですから。男の身だったらすぐに亡くなっていたはずですから」

「条件は自分が嫁げば併合はしないと書かれてあるが、ルイーズ殿下からその約束は保証できないことが確認されている」


 この場にいる者のなかでルイーズが騎士としてここにいることを知らないのはグレイヴ伯爵のみだったため、簡潔に隣国の王女で帝国に命を狙われていることを話した。


 それを聞いたときに納得がいったようですぐに話しを続けることにした。


「そうでしたか。帝国では皇帝の権力が絶大ですからね……でも、ここ十五年ほどですが」


 グレイヴ伯爵は常に新しい帝国の情報を持つことが多いが、帝室についてはあまり情報が少ないと考えている。

 わたしは笑顔で話しているようだと考えているみたいだった。


「そうですか。ありがとうございます」

「いえ、時折母の実家から連絡をしていることが大きいと思います」

「そうか。情報については今後も頼む」

「はい」


 続いて側近のスチュアート公爵は側妃としての輿入れの規模についてだった。


「輿入れはどうなされますか?」


 異国の君主の元へ王女が嫁ぐとなると、規模が大きくなることは慣習として残っていることがある。


「そのことなんだが、護衛騎士と俺、グレイヴ伯爵を補佐として選んだ。費用は抑えて行く」

「わかりました。それでは来年の二月にお荷物は全て運びましょう」


 それからもろもろの手続きなどを話し合う。

 三人の出発は一週間後の夜になり、国民へはローマン帝国へのということで帝国へ向かうことにしたのだ。


 それで国民が納得するかはわからないが、もともと帝国に魔法大国の一つでもあるのでそれを学びに行きたいと表明していたので納得するかはわからない。


「それでは出発は来週になりますね」

「ああ。来週は夜会がありますね。アレクサンドラ王女は体調を崩しているため、欠席することは前日に行いましょう」

「ああ、それを頼む」


 侍従長はそれらの予定を聞いてからアレクサンダーとルイーズは先に部屋へと戻ることにした。


「髪、戻したんだな」

「ええ。使者も帝国へ帰ったみたいですし」

「そうだな。俺らの出発は一週間後の深夜だ。ここから帝国まで三か月かかるからな。費用をかけることはできないからな」

「はい。わたしもすぐに準備をしていきます」


 アレクサンダーは部屋に戻るとそれぞれの準備を始めていた。


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