第1章 王子と王女
エリン王国
第1話 騎士と王女
エリン王国の王都アリの北区には貴族の邸宅が建ち並ぶが、そのなかでも広大な敷地を持つ場所があった。
そこには『
中庭に面している一室にはクリーム色に白に金色の植物の模様があしらわれて、調度品は重厚感のある物ではあるが明るい茶色の木材を多く使用しているためか重くなる印象は全くない。
長椅子や一人掛けの椅子、机や棚が多くの調度品たちは国内最高峰の職人たちの手によって作られているのだ。
この部屋の主人は他の貴族よりも高い身分を持つ者ということがわかり、そこの窓際からは紅茶の匂いが漂い始めている。
「アレックス様。アメリア様も」
「ありがとう。レイチェル、下がっていいのですよ」
「はい」
一人の侍女がすぐに部屋を後にしてからは二人は紅茶を優雅に飲み始めているのが見えた。
一人は女性で紺色のドレスに身を包み、茶色の髪をまとめているためか知的な印象が強く、その向こう側にいる女性に何かを教えながら話しているのが見えているのがわかっている。
年齢は十代半ばを過ぎようとしているようで背が高く、背中あたりまで伸ばしている黒髪はハーフアップをしているのが見える。フリルスタンドカラーのブラウスにゆったりとした明るい青のドレスを着ている。
その顔立ちは幼さの残る少年の顔で紺碧の瞳は鋭く光っているのがわかる。
彼は周りに結界を張っていたがそれを解除して、目の前の女性が正解を表すようにうなずいているのが見えた。
「合っているのか?」
「アレックス様は飲み込みが早いですね」
「ありがとう。魔法は得意ですので」
彼自身こそ、エリン王国の王位継承権第一位のアレクサンダー・ノエル・アーリントンで会った。
その隣にいるのは
「あと半年だ」
ぽつりと本来の口調で彼は話し始めていた。
「ああ。そうですね、間もなく成人されますね」
「父上と母上も、姉上たちのことがあるからな。余計深刻かもしれないと思う。死神を惑わすためにこの女性の身なりをしているが、俺はれっきとした男であるからな……アレクサンドラ王女という者は存在しないのは限られた人物のみだ」
アレクサンダーは普段女性の衣服に身を包んでいるが、公式な場面以外では男性用の服に袖を通している。
彼が生まれた際の占星術師による予言が大きく影響されているが、その生活も残り一年を残しているようだ。
しかし、国民には男児の出産後にもう一人女児を王妃が出産したということを報じられているので国王夫妻には二人の御子がいるという認識だ。
違和感を持たせないために存在することを示すように毎年誕生日に披露される肖像画が公開されている。
アレクサンダーとアレクサンドラの容姿は男女の双子の割には鏡のように瓜二つであるようだと称するはずだ。
(アレックス様には婚約者が出てくると思うが、それはまだ考えていないとお考えだ)
恋愛に関してはあまり関心が無いというわけではないが、結婚よりは先に国民を支えたいと考えているようだった。
「アレックス様。今日はお暇致しますね」
「あ、ありがとう。アメリア」
「はい」
アメリアは紅茶を飲み終えてから荷物を片手に部屋を後にした。
それから彼はすぐに来ていたドレスを脱ぐと、下からは黒いズボンとブーツを履いているようだ。
そのときにドアがノックされる音が聞こえてから彼は警戒をしつつ声の主を聞く。
「誰ですか?」
「失礼いたします。殿下、ルイです」
その声は成長期特有の幼い声が聞こえてきて、それを聞いて安堵するように声色を和らげる。
「入りなさい」
「失礼します」
開かれたドアにいたのは護衛騎士が身に付ける青い上着が特徴的な服に白いズボンに黒いブーツを履いた人物だ。
長めの髪は波打った金色、それを後ろでリボンを結っている。顔立ちは美少女と言っても違和感のないほどだ。
騎士の名前はルイ・クレア・ジュネット、表向きはアレクサンドラ王女の護衛騎士。出自はジュネット系の貴族の次男坊だ。
その可憐な容姿から宮殿内でもファンがいるほどでメイドたちは頬を染めて見たりしている。
「ルイ、ちょうどよかった。紅茶を用意したんだけれど、あいにく人が少なくて」
「え、自分は……まだ仕事が」
「良いから、いらっしゃい」
「嫌ですよ」
「いいから!」
そう言いながらルイを強引に部屋へ入れようとしているアレクサンダーの姿は互いに年相応な態度を取っている。
しかし、侍女たちは微笑ましそうな笑顔を浮かべて見たりしているようだ。
「とりあえず、紅茶はいただきます。それでいいんですね」
「そう。冷めてしまうわ」
そう言いながらアレクサンダーはドアを閉めたときにドアの鍵を閉めた。
ルイは紅茶の匂いを嗅いで懐かしい記憶が蘇ったが、首を横に振って主が来るのを待つことにした。
「この紅茶は」
「先ほど、
その後に聞こえてきたのは結界魔法を発動させる詠唱だった。
「これで話を盗聴する者はいないからな。これで話をすることは可能だ」
「はい。それではお話はかなり重要、ということですね?」
「ああ。この紅茶を飲みながら」
そうして、ルイは慣れた手つきで使ってないカップに紅茶を注ぐ。
その様子を見てアレクサンダーは何かに気がついているような表情をしている。
「いただきます。おいしいですね、このクレール茶」
「俺はクレール茶とは話していないが」
それを聞いてルイの表情はこわばり、部屋を出ようとしていた。それを見て慌てずにアレクサンダーはすぐに結界を広げて出て行こうとする腕をつかんだ。
「何をするんですか! わたしのことを」
「帝国に差し出すわけではない。ただここに来たいきさつを知りたい――ルイーズ・クララ・ジュネット第一王女殿下」
ルイ――隣国の王位継承者の大きな青い瞳は見開いて驚いているのがわかる。
「なんで、この名を知っているんですか? アレックス様」
「俺も、似たもの同士です。異性の服に身を包み、素性を隠すということが」
「それはそうですが、あなたみたいな事情ではないのです。見つかれば、わたしは――」
「言わなくてもよい。俺が聞きたいのはただ一つだけだ」
アレクサンダーは隣にいるルイーズに問いかけた。
「なぜ、ここにエリン王国へ来たのかだけだ」
それを聞いて彼女は大きく一呼吸置き、堰を切るように
「わたしは十五のとき、一年前にローマン帝国から併合とわたしが側妃として輿入れするようにと言われました。向こうでは十六が成人ですから、皇太子として地位を持つ者を残してはいけないと思ったのでしょう」
ローマン帝国という名前を聞いたとき、アレクサンダーも顔をしかめていた。
ショーン大陸の西側に存在する大国、それも在位しているルカ・アンドレア帝の御代になって以来から近隣諸国を併合して行っているのだ。
そのなかで王女や公女を四名、側妃として
ルイーズもその一人になろうとしていたが、彼女は抵抗して逃れてきたという。
もちろんそれはルカ・アンドレア帝の耳に届いていることも知ることになった。
そして、王女としての全ての物を捨て騎士として生きて行くことを選んだという。
全てを話し終えた彼女は不安そうな表情だ。
「しかし……いまは帝国の一部になってしまいました。わたしは、もう」
そう言いながら泣きそうに話す姿は相当我慢していたのだろう。
顔を手で覆い、ルイーズが泣き始めているのを見てアレクサンダーは一度目を伏せた。
「辛かったな、ルイーズ殿下。このことは限られた者しか知らないから、バレることはないと思う」
アレクサンダーが彼女の肩に手を置いて、落ち着くのを待ってから紅茶を飲もうと促した。
「気分も落ち着いてくるはずだ。この茶は不思議とその力がある」
目元と鼻を赤くしているが紅茶を飲む姿は一国の王女ということがはっきりと伝わる。
「それは名前とクレール茶を知っていること。ジュネットという姓はありふれたものだ。だが、貴族の次男坊と聞いていたがその家はもう過去百年で没落。クレール茶は王侯貴族のなかでも、王家を中心とした王族しか口にすることが許されていないもの、いわば王室献上の茶葉を口にしていることは相当な家柄」
「お見通しですね。確かに、そうでした」
「それとクレアという名前もな。こちらではクレアはクラレンスの愛称だが、ジュネット語では見つからなかったからだ」
それを聞いて二人は元の護衛騎士と王女に戻ることにした。
「それではアレックス様」
「ええ、そうね」
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