第3.5話
《ザックス視点》
俺は昔から醜い容姿のせいで、
『お前がいるだけで空気が悪くなる』
『お前の顔を見る度吐きそうになる』
『この疫病神が!』
毎日浴びせられる罵声に、俺はこの世界から消えてしまいたいと何度も思ってきた。
そんなある日、俺が14歳の時のことだった。
「お前にはこの家から出て行ってもらう。」
―――突然、母親に告げられた追放宣告。愛を期待する幼心を何度も抉られ、とうの昔捨て置いた感情が湧き上がる。それは、
『これでやっと解放されるのだ』
という安堵だった。久方ぶりに自覚した感情がこれとは、と自嘲する。
「二度と村に帰ってくることは許さない。」
「……わかったよ。」
俺はただ、静かに返事をした。最後に母親を見やると、
「チッ、何だその目は!気味が悪い……!」
「……」
俺は無言で部屋を出た。
こうして俺は、生まれ育った故郷を後にしたのだった。
***
あてもなく彷徨っていると、ある街に辿り着いた。今まで訪れたどの場所よりも栄えていて、人々の笑い声で溢れている。
(ここは……なんていう町なんだ?)
地図も持っていないため現在地も分からない。途方に暮れていると、目深にローブを被った一人の男に声をかけられる。
「おい!君、見ない顔だな。どこから来たんだ?」
「……」
「おーい無視しないでくれる?悲しいなぁ。」
軽薄そうな男の態度に鬱陶しいと思いながらも仕方なく答えた。
「……ここからずっと遠くからだ。」
すると男は目を丸くした後、俺をまじまじと見つめた。
「へぇ、それはご苦労さん。それはそうと君、随分な顔してるんだね~。」
「!?」
(近い……!)
男は俺の肩に手を置くと、自分の顔を寄せて覗き込んできた。思わず身を引くが、男の手が離れることはなかった。
「……離せ。」
「おっと、そんな怖い顔すんなって。実は、俺も君と同じ口でね?」
そう言ってにやりと笑うと、おもむろに被っていたローブを脱ぎ始めた。
現れたのは、俺と同じ醜い容貌をした男だった。俺が驚きで固まっていると、彼は得意げな様子で言う。
―――曰く、彼は冒険者稼業をしているらしい。
彼は旅をしながら、各地で依頼をこなして生計を立てているそうだ。そして、今日は
自分とは違う生き方に、羨望のような気持ちを抱く。
「ザックスはさぁ、どうしてこんな所にいるの?まあ、大体予想つくけど。」
「……」
「あぁ、言いたくないなら言わなくていいよ?でもまあ、もし何か困ってることがあったらいつでも頼ってくれていいからな。」
そう言う彼の笑顔はとても眩しく見えた。
「ああ、ありがとう。」
***
それからというもの、俺は冒険者になった。実力主義で力さえあれば認められる。そんな環境が心地良かったし、何より自由だった。
幸いなことに俺は剣の才能があったらしく、打ち込めば打ち込む程メキメキと腕を上げていき、気が付けばSランクにまで上り詰めていた。
しかし、俺は相変わらず孤独で、何処か空虚だった。
だがある日、俺の人生を大きく変える出来事が起きた。
―――シノとの出会いである。
***
俺はいつものようにギルドの依頼を終え街に来ていた。そこで偶然、少女がフラフラと街を歩いているのを見つけた。
(……どう見ても子供だよな。迷子か?)
そう思って声を掛けようとしたが、ハッと留まる。
(俺が声なんて掛けたら泣かせるだけだ。……だが、このまま行けばあの道は人気のない所へと続いていく。)
どうしたものか、と悩んでいる内にも少女は足を進めていく。そして、とうとう路地裏の手前まで来てしまった。
俺は慌ててその後を追う。すると、そこには先程の少女に話しかけている男がいた。遠目でも分かる程見目が整っており、物腰の柔らかい男だった。
(……俺の出る幕ではなかったな。ギルドへ向かうとしよう。)
そう思い踵を返そうとした時、男が突然少女の腕を掴んだ。
(っ!!あいつ…何をしている!!)
俺は憤怒し、考える間もなく気付くと男の元へ駆け出していた。
「おい!何してんだアンタ!!」
すると、男は突然の出来事に驚いたのか一瞬呆けた顔をした後、すぐに激昂した。しかし俺はそれを気にすることなく、掴まれたままの少女の腕を解放させる。刹那、顔を上げた少女と目が合い、濡羽色の髪で隠れていた彼女の顔が露わになる。
その瞬間、俺は息を呑んだ。
彼女は今まで見たどんな女性よりも美しかった。俺は生まれて初めて、心の底から欲しいと思うと同時に胸の奥底に熱く燃えるような感覚を覚えた。
(……なんだ、この感情は。)
困惑しながらも彼女を見ていると、ふと違和感を感じる。―――彼女の表情が酷く怯えている。
その顔を見て思う。
(とにかくここを離れなければ。)
俺は咄嵯にそう判断し、
「悪いがこの子は俺と約束がある。連れて行くぞ」
そう言って彼女の手を取ると、「待て!」という静止の声を無視してその場を離れた。
***
暫く歩いた後、ようやく立ち止まると後ろを振り返った。
(……とりあえずここまで来たら大丈夫だろう。)
そう思い、そっと手を離す。彼女は顔を上げじっとこちらを見つめてきた。改めて近くで見ると、やはり美しい。
小さいながらも濡れた
そんなことを考えている間も、彼女は一向に口を開かない。
(結局怖がらせてしまったか……まあ、仕方がないな。)
少し寂しい気持ちになりながらも、無理に平静を保ち言った。
「悪かったな。」
そう告げると、彼女は驚嘆した後、勢いよく首を横に振った。
「いいえ。助けに来てくれて嬉しかったです。ありがとうございました。」
そう言う彼女からは、恐怖の色はすっかり消え去っていた。それどころか、嬉しそうに微笑む姿に思わず心臓が跳ねる。
(――可愛い。なんだこの生き物は。天使がここに居るのか。)
そんな動揺を悟られないように努めて冷静な口調で返した。
「アンタはもっと用心深くするべきだな。……とにかくもう大丈夫だから安心しろ。あんな連中すぐに追い払えるくらいには強いつもりだし。」
そう言うと、彼女は鈴の音が鳴るような可憐な声で感謝の言葉を繰り返す。頬を染めながらはにかむその仕草に再び心臓が高鳴る。……一体今日は何だというのだ。
会話が途切れたことで、彼女との時間が終わろうとしていることに気が付いた。
(まだ離れたくない。)
そう思った時には既に言葉が出ていた。
――また会えないか?
我に返り、自分が何を口走ったのか理解し、内心頭を抱えた。……しかし、口にしてしまったものはしょうがない。開き直ってそのまま伝えることにした。
(こんな醜い自分と一緒に居て、彼女に不快な思いをさせやしないだろうか。)
不安に思っていると、彼女がゆっくりと口を開いた。
―――はい。よろしくお願いしますね、ザックスさん。
そう言って花が咲いたように笑うその姿を見た時、俺の世界が色づいた気がした。
***
それからというもの、俺は時間を見つけてはシノと会うようになった。
最初は俺から誘う形で始めたが、今では俺の方から会いに行くことが多い。そして、その度に他愛のない話をする。柔和な雰囲気を持つシノと過ごす時間はとても心地良くて。
―――ザックスは、シノと話している時だけは、自分の容姿のことも忘れて素の自分でいることができたのだった。
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