第2話
さてと。
方向音痴なのでいつも下手に歩き回らないようにしているのだが、今日はそこまで考えが及ばずフラフラと足を進めていく。
異世界なので当然道など知らず、目につくお店を片っ端から見て回ることにする。
「お嬢さん」
不意に一人の男が声をかけてきた。
「……はい、何でしょう?」
「もしよかったら、この後食事でもどうですか?美味しい店を知っていますから。」
「えっ?いやあの……」
「なに、楽しませてみせますよ。見て分かる通り、私は目立つ容姿ですから女性の扱いには慣れているんです。だからきっと、貴女のことも――」
ペラペラと捲し立て唾を飛ばしながら距離を詰めてくるその男は、御世辞にもモテるとは言えない容姿をしていた。前のめりな態度に思わず後退る。
そして有ろうことか、その男は私の手を握ってきた。
(ぎゃーーッ!見て分かるってどこが!?逆の意味で目立ちますけど!手離して!ていうか唾汚っ!?)
「や、やめてください…」
「おや、恥ずかしがらずとも良いのですよ。さあ行きましょうか。」
「いやっ、離して!」
「おい!何してんだアンタ!!」
「!?」
慌てて断ろうとした時、背後から怒鳴り声が聞こえた。突然現れた彼の姿に驚く。彼はちらりとこちらを一瞥した後、男を睨みつけた。
「……」
「なんだお前!見て分かるだろ?俺はこの子と話しているんだ。引っ込んでろ!」
男は威嚇するように言い放つが、
「嫌がってんじゃねぇか。それに、生憎その子は俺と飯食いに行く約束があるんだよ!ほら行くぞ」
私の手を握っていた男の腕を剣の
「ハッ、誰がお前如きと食事などするものか…!な、ちょっ待て!」
男の制止も聞かず、そのまま彼に連れられてその場を離れた。
***
しばらく歩いたところでようやく足を止める。ゆっくりと顔を上げると、彼がじっと私のことを見つめていて思わず息を呑む。
顔はくせのあるラピスラズリの長髪で隠れていたが、シトリンが印象的な切れ長の美しい瞳がこちらを真っ直ぐに捉えていた。シャープな輪郭にスッとした鼻筋。全てのパーツのバランスがとれていて迫力がある。
(めっちゃイケメンだぁ…ということは、もしかしてこの世界では不細工とされてしまうのだろうか。なんとも嘆かわしい…むむ…)
私があれこれと頭を働かせている間も、彼はずっと沈黙を貫いていた。目が離せないでいると、彼の頬にじわじわと赤みが差すのが分かった。
(……怒ってる?この状況どうしよう。取り敢えず謝罪とお礼しないとだよね?こうやって助けてくれたんだし。)
そう思って恐る恐る口を開く。
「あの、ごめんなさ…「悪かったな。」
すると、私が謝ろうとするより先に 彼がぽつりと言った。
「え?」
訳がわからず驚いて聞き返すと、彼はばつが悪そうな表情で続ける。
「さっきのことだ……。いきなり連れ出したりなんかして……」
「あぁ……」
そんな彼の言葉に、少しだけ拍子抜けした気分になった。先程までの強引さが嘘のように思えるほど、今はしおらしい態度だ。
「いえそんな!むしろ助かりました。ありがとうございます。」
私は笑顔で言う。しかし、彼はまだ浮かない顔をしていた。そして何かを考え込むように黙り込んだ後、再び口を開いた。
「……本当はもっと早く来ようと思ったんだがな。何か考え込んでるみたいだったからタイミング逃しちまって……。それに俺みたいな奴に話し掛けられても怯えさせるだけだろうしな。」
(おおう。急にネガティブ発言。いやいやいや、そうじゃなくて。)
ということは、ずっと近くにいたということだろうか。ふと歩いて来た道を振り返ると…確かに人通りの少ない道にいたようだ。
「ああ…気付いてなかったのか。なら、アンタはもっと用心深くするべきだな。……とにかくもう大丈夫だから安心しろ。あんな連中すぐに追い払えるくらいには強いつもりだし。…だがまあ、その…なんだ。悪かったな。」
「……」
彼はガシガシと頭を掻きながら、ばつの悪そうにそう言った。
でも正直なところ、あのまま1人で抵抗出来ずにいたらと思うと怖くて堪らない。うん、ちゃんと伝えよう―――
「いいえ。突然のことで抵抗出来ず怖かったので、助けに来てくれて本当に嬉しかったです。あと、さっきはちゃんとお礼言えなかったけど、ありがとうございました。」
真っ直ぐと目を見て言う。すると彼は驚いたような表情をした後、ふにゃりと眦を下げた。
「そうか。よかった……」
その言葉を聞いて、その仕草を見て、ほっとすると同時に、胸の奥がきゅんとした気がした。
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