穏やかな日々の中で。

らむ音

第1話

鷹瀬紫穂タカセシノ20歳。風がすっかり冷え切った冬のある日、私は異世界に転移した。そこは私のような凹凸のないのっぺり顔が美人とされる、美醜逆転の世界だった―――


「はぁ……」


話を聞きながらため息をつく。早朝に異世界転移し路端で途方に暮れていたところ、運良く商人の荷馬車に遭遇した。そして有り難いことに近くの街まで乗せて行ってくれることになったのだが。私の目の前に座っている商人のおじさんは、如何に私が美しいかを力説してくるのだ。


目は大きくない、鼻は低い、唇は薄め。コンプレックスばかりの自分の容姿はまるで冴えないと、嫌気が差すほど自覚しているつもりだ。


でも、そんな私の顔が異世界では美しいらしい。ということは、美醜逆転のこの世界において、私の世界での所謂地味顔が美女となるのだろう。極めつけはこの低い身長。この世界の女性は大抵170センチを超えるのに、私の身長は160も無い。


…美醜逆転の価値観でいくら褒められようと、コンプレックスを自覚させられて落ち込むだけなのだけど。


「こんな別嬪さんで謙虚、それに擦れてないときたら、街じゃあ男が放っておかないな!ハハハ!」

「あはは…そ、そうですかね……」

「ああ!そうだとも!」

「……」


そう言われても……と、内心では思いながらも愛想笑いを浮かべる。

しかし――


(やっぱり、私には似合わないよ……)



大きな街に着き、商人のおじさんにお礼を言い別れを告げた後。鬱蒼とした気分を晴らそうと、私はひとり歩き出した。



***



「わぁ…… ここが噂の異世界か!」


目の前に広がる街並みを見て、思わず感嘆の声を上げる。そこは大きな商店街のようで、ありとあらゆる物が揃っているらしい。


私はこの世界に来たばかりで右も左も分からないため、まずはここで生きていく基盤を整えなくては、とキョロキョロと周りを見回しながら歩いていく。すると、一際目立つ門を見つける。

そこにはこう書かれていた。



《商業ギルド》



(そういえば商業ギルドというものがあるんだっけ? 異世界あるあるだよね。確か冒険者ギルドなんかもあったはずだし、どこかで登録しておいた方がいいかもしれないな。そこでお金を稼ぐ手段を見つけられると良いんだけど……)


そんな事を考えながら建物ギルドに入っていく。


中に入ると、受付嬢らしき女性が声を掛けてきた。


「こんにちは! 本日はどのようなご用件でしょうか?」


どうやらそこは受付窓口になっているようで、私は早速要件を伝える。


「こんにちは。初めてこの街に来たので、登録をしたいのですが。」


すると彼女は笑顔を浮かべて言った。


「かしこまりました! ではこちらへどうぞ。」


案内されたのはカウンターの奥にある部屋。

テーブルを挟んで向かい合うように椅子が置かれている。促されるままに座ったところで、彼女が話し始めた。


「それでは、当ギルドについて簡単に説明させていただきますね。」


――彼女の説明はこうだった。

まず、冒険者ギルドなどと同じように、商業ギルドにもランクがあるということ。これはFからSまで存在する。次に、登録料として銀貨1枚、会費として月毎に金貨1枚が必要とのこと。また、ギルドカードの紛失は再発行手数料として金貨5枚が必要になるらしい。


(ふむふむ。なるほど…結構取られるのね。でもその分安心だし、まぁ必要経費かな。)


最後に、ギルドカードを発行してもらえること。これには身分証としての機能もあるそうだ。登録自体はとても簡単で、名前・性別・年齢を書くだけだった。

その後、犯罪歴を調べられるという水晶玉のようなものに手を翳した。ちなみに、犯罪歴がなければ登録料は後払いでいいとのこと。勿論私は犯罪歴は無いので、無事に登録できた。初心者に優しくて良かった。


「お疲れ様でした!これで登録完了ですので、ギルドカードをお渡ししますね。以上になりますが、何か質問などございますか?」

「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。」


特に無いので首を横に振る。私がそう言うと、


「はい!頑張ってくださいね!」



と言って送り出してくれた。



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