第6話 志しは共にあり

 夜の帳が下りるころ、すっかり静寂を取り戻した宿場には、斬り合いの場にされたとは思えないほど、和やかな清風が漂っていた。


 怪我をした隊士達ですら、心なしか弾んでいる。

 最盛期には二百人が在籍したと言われる新選組だが、今ではその数は四分の一。

 若い隊士も多く、日が暮れる前に隣接の「飯盛旅籠めしもりはたご」に移動した者もいた。


「遊びと、息抜きができる旅籠だ」


 そう説明した男は、ぼっと赤面した矢田を見ておかしそうに笑う。


 矢田はというと…初めて着た着物にソワソワして仕方がない。


 どこから持ってきたのか、小姓が着るにはあきらかに仕立ての良い軽い着物を着せられ、角帯で結んだ帯は、たれを巻き込んできっちりと締められている。


 着付けを手伝った銀之助は、矢田の事を武家の子息だと思っているらしい。理由あって総司が預かる形で匿っているのだと…。


 矢田としては、騙しているみたいで心苦しいが、銀之助の為にも…もうしばらく真実は黙っていようと思う。 


「あんたは、浅葱あさぎ色の隊服は着ないの?」


 部屋中央で、普段着だというわりにはさまになっている着物姿の男に、新選組といえば、だんだら模様の青い着物だと思っていた矢田は聞いてみる。


「ああ、あれはふだんは着ない」


 なぜか苦笑くしょうして答えた男に、銀之助がいたずらっぽく「目立つからイヤなんですよね」と笑ってからかう。


 銀之助の存在は正直ありがたかった。


「俺は、新選組に入隊できて嬉しいんだ。まだ経験がたりなくて、沖田さんの力にはなれないけど、俺達、子供だからこそできる事もあるから」


「子供だから?」


「うん。少年隊士は敵の下働きや小間使いとして情報をさぐったり、小姓こしょうとして潜り込んだりするんだ」


「…危険じゃないの?」


「危険だよ。でも俺達も新選組の隊士じゃん。命をかけて働くのは当然だもん」 


 あたり前のように言う銀之助。


 …時代が違う。

 わかってはいるのに、簡単に命をかけると口にする銀之助に腹がたった。


「違うんじゃない? 命は、一つしかないんだ。どんなすごい情報でも、死んで得たものに価値なんてない。傷ついても、逃げ出しても、生きている人間こそが、勝ちなんだよ!!」


 そこまで一気に言って…、驚く銀之助に気づきハッとする。

 偉そうな事を言ってしまったと、手のひらを握り込んで下を向いた。


「甘い考えなんだとわかってるけど…」


 もごもごと口ごもる矢田を見ていた銀之助が静かに頷いた。


「うん。早く…戦いなんてなくなればいい。…いつか、俺達が生きてる間に…ね」


 あどけなさが残る銀之助の顔に、あきらめが見えてしまう。


 銀之助は十二才。矢田より二つも下だ。それなのに、明日の命でさえ分からない時代。


「ねえ、新選組が戦ってる…幕臣を危険人物だって言う人は誰なの? 今朝の角の生えた狼みたいな獣と関係してる?」


「あれはわざわいっていう化け物なんだ。伝説の生き物だと言われてたけど…。誰かが地の底から呼び起こした」


「…わざわい」


 政権が代わり、新しい風が吹くはずだった。少なくとも、明治維新に携わった人達はそれを願ったはずだ。


 だが、幕府が政権を手放した途端、地面が割れ、禍の化け物が現れるようになる。


 徳川が要だったかはわからない。それでもきっかけであった事は間違いないだろう…。


 人々は新しい文明を受け入れ、生活や建物は目まぐるしく変わり出した。


 それなのに、新選組だけは取り残されている。


 度重なる地割れと、軍隊のように旧幕臣を襲う獣。

 はじめは傍観していた新政府だったが、民に死者が出て、とうとう放っておくわけにはいかなくなった。


「新選組はれっきとした獣の討伐隊だよ。だけど禍の数は増え続け、幕臣駆逐ばくしんくちくは戦国時代に逆戻りしたみたいだ。新しい時代になったはずなのに、新選組だけ戦う事を命じられる…」


幕臣駆逐ばくしんくちく…。禍を操ってる人がその中にいるんだね。それが分かれば、終われる?」


「わかんないけど、俺はそう願ってる。…明日の朝には俺も行くんだ。他の少年隊士と一緒にね」


「…どこに?」


 聞いてはいけないと思いながらも、聞かずにはいられなかった。


 困らせてしまったと俯く矢田の手を、ガサガサの小さな手が包む。


「俺、誓うね。さっきまでは、帰れなくても仕方ないって思ってたけど、必ず戻ってくるよ。生きて、必ず!」


「…銀」


「ありがとう、トウガ。俺達、勝つから!」


「銀、ぼくでも少年隊士に入れるの?」


 自然に出た言葉に、矢田自身も戸惑った。


 武家の子が…と馬鹿にされるかと身構える。


 だが、はちりと瞬きをした少年の顔が、次の瞬間には破顔した。


「当たり前だろ! 志しが同じなら、俺達は仲間だよ!」


 そう言って笑った銀之助が、泣きそうに見えた。温かい物を感じながら矢田も銀之助を見て笑う。


 この世界に召喚されて、まだ二日。不安でしかない。それでも、総司や銀之助は矢田にとってかけがえのない存在になると確信した。


 明日の朝、出発の前に会う約束をして、銀之助が部屋から出て行く。


「トウガ。来い!」


 黙って聞いていた総司が小さく、それでも力強く右手を差出した。

 男のすっかり馴染んた手が温かい。

 

 総司は矢田である長い妖刀を腰にさし、襖が開く前に床にあぐらをかいて座った。


「沖田、入るぞ」


 永倉に続いて、隊士が二人…。


「…近藤局長、土方副長。お揃いでおいででしたか」


「…沖田。戦場いくさばでない今は普通に話せ」


 まるで矢田に紹介するかのように、ゆっくりと互いに挨拶を交わす。


 酒と膳が運ばれ、宿の女将が酒のお酌に入る。


 つかの間の休息。だが、すぐに戦いが始まるのだろう。


 幕臣を忌み排除しようとするのは誰なのか…。


 熊野の妖刀は、禍の獣を全滅させる事ができるのか…。

 

 でもきっと、皆に等しく平穏は訪れるだろう。


 それはそう遠く無い未来。

 

 幕末を駆け抜けた新選組。今その四人が酒を交わし談笑している。想像していたよりずっと穏やかに…。


「女将、今日は迷惑をかけたな」


「いいえ。いつもご贔屓ひいきにありがとうございます」


 柔らかな夜風が、男達を包んでいた。



           召喚編…おわり

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ぼくは沖田の刀で少年隊士! 高峠美那 @98seimei

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