第3話 沖田総司と一つの布団

 プールにゆっくり沈んでいく…そんな感覚だった。すぐ上の水面はキラキラ光って見えるのに、もがいても、もがいても身体は浮ばない。


 それでも矢田は足掻あがく。

 頭を振り、手足を伸ばせるだけ伸ばし、水面を目指す。


「起きろ」


 突如、男の声で飛び起きた矢田は、布団の上にいた。


 おどろきでまず手足を確認し、顔と頭をなでまわす。


(もどった?)


 夢だったのか…と、ほっとしたのもつかの間、アゴの下に冷たい物が当てられた。


「貴様、誰だ? 私の布団で何をしている?」


「ひっ」


 ――かたなだ。

 喉にあたるやいばに身動きできず、殺されると本気で思った。


(この人、ぼくを呼んだっていう沖田総司おきたそうじだ)  


「貴様、よそ者か?」


(よそ者?)


「言葉がわからぬか? ならば尋問じんもんは無駄だな」

 

 氷のような冷たい視線。男の本気度を感じて、矢田はふわふわする頭をあわててふった。


「…の言葉がわかるのだな? では、私の刀を何処へやった?」


 刀? たぶん、今持っている刀じゃない。

 そうなると…。


「…貴様が隠したのだろう? どこへやった? 誰に渡した?! 正直に言えっ」


「いや、あの!」


 たたみかけられて言葉につまる。そんな矢田に、男はいっそう苛立った。


「言え! あれは私の妖刀だ。私の刀だ。何処へやった? 私に何をした?! なぜ私がおまえと一つの布団で寝ているんだ?!」


「へ? え、一つの布団? うううわーっ」


 思わず胸元を抑えて後ずさる矢田に、沖田総司の眉間がヒクリとひきつる。


「っ。それは私のセリフだ! 貴様が布団に入って来たのを気づかず朝まで寝ていたとは! この私が!」


「ぼく、布団になんか入ってない! それに、ぼくを呼んだのはあんただ!」


「なにぃ?! 私がおまえを連れ込んだと言うのか? 私が…おまえを? 冗談ではない!!」


「冗談なんかじゃないよ!!」


「…貴様」 


 正直、刀を持った男が怖い。だけど矢田もここで引くわけにはいかない。


 盗んでいない刀は、実はぼくです…と言ったところで、絶対信じてもらえない。


「はあ…はあ…」


 矢田は肩で息をしながらも、すきをみて逃げるしかないと考えていた。


 だが、バカ正直な矢田の考えなどすぐにバレる。


「いいだろう。貴様が私の刀を盗もうが、誰かに渡そうが、無駄だと教えてやる。熊野姫ゆやひめよ! 我が手に来い!」


 瞬間、矢田の身体がとけるように消え、かわりに総司の手に妖刀が握られた。


「なに? 消えた? もののけか?」


(な、なんで刀になっちゃうんだよ! せっかく戻れたのに。訳がわからないまま殺されるのもイヤだけど、こんな知らないやつに、いいように扱われたくない!!)


 ぽん……。


「え?」

「は?」


 瞬間、矢田は総司の前に立っていた。


「まさか…。どういう事だ」


「ぼぼぼ…ぼくの方が聞きたいよっ」


 ムキになって答えるが、実際わけがわからない。

 しかし、総司も自分の手と矢田を見比べかなり困惑している。


 よく光る目を見開いて、戦場で見た顔とは大違いの間の抜けた顔。


「…ちょっとまて。…熊野姫、我が手に!」


「っ」


 ――身体がとける。


(おーい!)


 再び妖刀となった矢田は、ボカボカと男を叩いてやりたいが、この姿だと手もないし、声もでない。

 まさに手も足も出ない。


 総司はというと、理解できたようでうなずいた。


「ふむ。やはりそうなのか。では、どうやって戻る?」


(どーやって?) 


 矢田はないはずの顔をかしげて思い出す。


(さっきはなんで戻った? 確か…この手に好きなようにされたくないって…)


 ぽん…。矢田が現れる。


「「…」」


「そうか! ぼくが、あんたの手から離れたいって思えば戻れるんだ…」


「なるほど。だが…熊野、我が手に!」


(っ。くそ―――。離れろ!)


 ぽん…。


「おもしろい…」


「ぜんぜん、おもしろくない! 主導権はぼくにあるんだからね!」


「…だが、私が呼べばこばめない。そうだろう? 熊野よ!」


(なっ! 何なんだよぅ!! もう、離れろ!)


 ぽん…。


「ぜい…ぜい。疲れるんだけど!!」


「ふむ。化け狸みたいだな」


「なっ。狸じゃない!」


「まあ、おまえが熊野ゆや姫だという事はわかった。想像していた姫とはだいぶ違うが」


 総司が抜き身の刀を鞘に戻す。


 矢田は殺されないとわかると、ヘナヘナと腰がぬけた。


「…ねえ、あんた、新選組なの?」


「…そうだ」


「沖田総司…て、言ったよね?」 


「…そうだ」 


「じゃあ、あんたは新しい新政府軍と戦ってるの?」


 総司の目が鋭く光る。

 しかし、矢田は混乱する頭を整理したい。


「えーと、じゃあ、今は大政奉還の前なの?」


「…政権は、ずいぶん前にかわった」


「あれ? じゃあ戊辰戦争真っ只中とか? はっきり言うけど歴史上あんた達負けるよ? …てっ!」


「おまえ…」


 今度は鞘ごと喉に当てられた刀を、矢田は両手で押し戻し、口をとがらす。


「もう、こーゆうのやめて。こんなの小学校で普通に習うんだよっ」


「小学校?」


「そう。ぼくは今年十四。で、あんたが沖田総司なら、新選組の局長は近藤勇なんだね」


「…そうだ」


「あんた達は倒幕の勢いをおさえきれなくて、政権を渡した。違うの?」


「…そうだ。だが新政府とは良き関係を築いてる」


「そうなんだ…。なんか習ったのと違うなあ。でも、あんた達は戦ってるじゃん?」


「…私達は新政府と戦っているのではない。幕臣を危険人物と謳う愚者ぐしゃだ」


「へー。教科書が全て正しいとはいえないね」


「…教科書? まあ、おまえは妖刀だからな。どれだけの知識があっても驚かん」


「それ、妖刀ってなに? ゆや姫って誰?」


 沖田総司は、大きく息をはいてその場にどかりと座った。

 矢田もならって布団の上に正座する。


 沖田総司…。歴史上の人物なら、彼は病死。

 でも、どうやら矢田の知る歴史とは異なる時代に迷い込んだようだった。

 

 


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