第3話 あれ???悪役令嬢、ゲームと設定違わない!?
魔法学園は全寮制である。当然男女別の建物であり、男子は女子寮に入ることは出来ないし、女子は男子寮に入ることは出来ないようになっている。
この女子寮にはいくつかの"恒例"があって、新入生を迎えた4月にある”恒例のイベント”と言うのがこの"交流会"なのである。
これは、2年生と3年生になった先輩女生徒たちが、新入生たちの歓迎会を兼ねて自主的に行っているお茶会であり、ここでの印象によってはこれからの学園生活・寮生活での人間関係が大きく決まってしまう可能性すらある重大な場なのである。
ゲームでは、ここでアルカは悪役令嬢であるヴィオリーチェと出会い、彼女から一方的に嫌われて、今後バチバチやり合う中へと発展していく…という展開になっていくはずだった。…はずだった…!!!
……そう、何故かそうならなった私は、目の前の展開に唖然とした。
「初めまして。貴女がアルカシア・メイソンさんかしら?」
例えるのなら、本当に…花のように柔らかな…優しい声色と口調だった。
「わたくしは、ヴィオリーチェ・レアンドラと申しますわ。貴女のお父様…、メイソン様のご活躍のお話はかねがね耳にしておりましたから、ご息女である貴女に会えるのを楽しみにしていましたのよ」
「お会いできて嬉しいですわ」と私に微笑みかけてくる、絶世の美女としか言えない顔面の推し。私はクラクラした。
―————あれ???
でも、ゲームだと初対面の時は、確か父親の才能を微塵も受け継がなかった落ちこぼれだとか、優秀な魔法使い一族の面汚しだとか、良くもまぁ平気な顔で学園に来ることが出来たなとか、散々罵声を浴びせられるんじゃなかったっけ…と、記憶を掘り返そうとしつつ、頭の上いっぱいに「?」を浮かべてしまっていた。
そんな私の状況を、彼女は緊張していると判断したのか、緊張をほぐそうとするかのように、私の顔に顔を近づけて、そっと耳打ちをしてきた。
「そんなに硬くならないで頂戴な。わたくしたち、貴女をとって食べたりしないわ?」
「えっ…!?」
「ふふふ。貴女たち新入生は、わたくしたちの可愛い後輩になるのだから、もっと肩の力を抜いて、今日はめいっぱいに楽しんでくれたら嬉しいわ。普段は消灯時間も厳しいし、こんな風に皆でお茶会が出来る機会は案外少ないのよ」
ヴィオリーチェは悪戯っぽく微笑む。美しい彼女の長い金髪が、天井の照明の光を受けてキラキラと輝いている。
その凄く、優しい、優しい先輩であるヴィオリーチェの振る舞いに、私はまた動揺してしまう。
見た目は確かに、あのヴィオリーチェなのに、性格が?振る舞いが?全然違うぞ…!?え?どういうこと??????
そんな風に内心ぐるぐるぐると、答えのない疑問を浮かべ続けている私を尻目に、ヴィオリーチェは他の新入生からも声をかけられて、私に「またお喋りしましょうね」と告げると、その
「ヴィオリーチェ様、素敵よね。高貴な立場の方なのに、とても気さくで…お優しくて……」
気が付けば隣に立っていたリリーが、去って行ったヴィオリーチェの背中を眺めつつ、うっとりした調子でそう呟いた。
ここにも違和感が発動する。
「え、リリー…あの人のこと、苦手じゃなかったっけ……」
ゲームでの設定では確かリリーは、ヴィオリーチェのことをあまり良く思っていなかったはずだ。それは、親友のアルカを目の敵にして攻撃してくるから…と言う理由もあったが、基本的に自分が認めた実力を持つ相手以外には、非常に威圧的で、見下すような態度を取る彼女が嫌い…と言うのが有ったように思う。
「え?なんで?誰にでも平等に優しいし、美人だし、嫌いになる理由なんてなくない?」
不思議そうに首を傾げるリリー。
"嫌う理由がない"ような完璧な女性であることは、私自身も、今、身をもって体感したところだ。ゲームでリリーが彼女を嫌う要素が全部なくなっているんだから。
でも、ここが『魔法学園・クレッセントムーン』の世界なら、登場人物は一緒なのに、その性格が違うなんてことありえるのだろうか。それとも、この世界の彼女は私が落ちこぼれであることを知らずに、この後それを知って、私に落胆して冷たく当たるようになるのだろうか……。
そんな風に悩んでいると、少し離れた場所から、"交流会"と言う場に似つかわしくないような大きな声が聞こえてきた。瞬間、ザワっと会場がざわめく。
何が起こったんだろうと、声の方を見に行ってみると、上級生らしい女生徒とヴィオリーチェが対峙しているのが見える。
「だって、あの子が落ちこぼれなのは事実じゃないですか、ヴィオリーチェ様」
「………貴女………」
ヴィオリーチェに食って掛かるように言い放ってるのは女生徒のようだ。
話の内容は―――――――――、もしかして、私のこと!?
「中級魔法の一つの使えないって噂ですよ。あの魔法使いメイソン様の娘だって言うのも、本当かどうか―………」
「いい加減にしなさい。言葉を選べなのなら、私は貴女を軽蔑しなければならなくなりますわよ?」
「そ、そんな…ヴィオリーチェさま…どうしてあんな
まるで痴情の縺れのようなやり取りに、周囲の生徒たちも好奇心と不安が混ざり合ったような雰囲気でその光景を見守っている。
私も、これ私のことで揉めてるんだよね!?と責任を感じるやら動揺するやらでハラハラしてしまっていた。…とは言え、私が止めに入ってどうにかなるようにも思えないし…。
この様子だと、ヴィオリーチェは私が落ちこぼれていることも理解したうえで、優しくしてくれているようだし…。あの女生徒同様に、私の方もどうしてヴィオリーチェが私にも優しいのか、凄く気になった。
そんな修羅場の中、ヴィオリーチェはちらと私の方へ視線を向けて、少しびっくりしたように一瞬目を見開いたように見えたが、すぐに視線が外されてしまったので、本当に目が合ったのかどいうか自信はなくなってしまった。
その後、ヴィオリーチェは、その女生徒に向けて、言葉を続けた。
「彼女の生まれがどうであろうと、魔法の腕がどうであろうと、彼女はわたしたちの大事な後輩には変わらないでしょう?」
先ほどの叱るような口調とは異なって、口調は優しく穏やかなものへと変わっていた。優しく、優しく宥めるような調子だ。
「…わたくしたちが偉大な先輩たちにたくさんの指導を受けて成長出来ているように、未熟な後輩であるならそれこそ、わたくしたちがしっかり愛情を込めて導いてあげるのが役目ではなくて?」
その台詞にパチパチパチとまばらに拍手が上がり始め、次第にそれが増えて行く。
「ヴィオリーチェ様、素敵ですわ…!」
「さすがヴィオリーチェ様ですの…」
女生徒の黄色い称賛の声が上がっていく。
そしてそんな拍手と歓声の中、段々と居心地悪そうな表情になっていく女生徒は、ワッと顔を抑えて泣き出してしまった。
「…わ、私…ヴィオリーチェ様があんな子を気にかけるのが、悔しくて…許せなくて…私だって頑張ってるのに………」
「悩ませてしまったようでごめんなさい…。けれど、誰かと自分を比べるなんてことしなくて良いのですわ。貴女は貴女らしく…努力を続けることこそが尊いのですから…」
泣いてしまった女生徒の髪をそっと撫でてあげるヴィオリーチェの姿は、それこそまるで女神か聖母のような神々しさすらあって、それまで賑やかだった周囲の生徒たちも静まり返って、ごくりと息をのんでいた。
「…なんだか、しんみりしてしまいましたけれど、今日は折角の交流会なのだから、皆も改めて楽しみましょう」
「…ほらほら…。時間は有限ですのよ?お気に入りの紅茶のカップとお菓子を手に持って、お喋りを楽しみましょ」
周囲の空気を換えようとするかのように、ヴィオリーチェは明るく優雅な口調で皆に呼びかけた。
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