第12話:ドラゴンと……勇者?
ありがたいことに店主殿は足を止めてくれた。
俺に向けて呆れたような眼差しを向けてきた。
「おいおい。そんなことも知らないのかよ。最近の話題つったらコレだろ?」
「いやまぁ、最近のって言われてもなぁ。俺たちはしょせんよそ者だし、ここに来てから3日も経ってないし」
「だとしても知っとけっての。ちょいと遠くだが、山の方にドラゴンがってな。
俺はなんとも首をかしげる心地だった。
ドラゴン。
魔物と呼ばれる存在の中では災害級の存在だろうな。
そこらの砦を上回る巨体であり、その鱗は並の斬撃、魔術では到底歯は立たない。
英雄格を擁さない小国だと、
んで、だからこそと言うべきかな。
「それ、本当か? 信じられる話なのか?」
正直、疑わしいのだった。
ドラゴンはそんなに簡単に出会える存在じゃないのだ。
ちょっと歩いてひょっこり出くわすほどにいるのであれば、人間社会なんてとっくの昔に崩壊しているだろうしさ。
彼女も疑問に思ったようだった。
ひもじさに正気を失いつつあったフォルネシアだが、不思議そうな顔をして店主殿を見上げる。
「アレははるか西方の魔物じゃろう? 大きなトカゲを見間違えでもしたのではないか?」
俺もまぁ同感だ。
その辺りが関の山だと思えたのだが、店主殿が見せたのは一層の呆れの表情だった。
「だったら誰も苦しんじゃいないだろうがよ。大変らしいぞ。多くの家が焼かれて、穀物庫なんて1つも残ってないぐらいだってさ」
どうにも、しっかり実害は出てしまっているらしいな。
フォルネシアは「ふーむ」なんて軽く首をかしげた。
「まぁ、そうじゃな。縄張りを持てなかった若竜でも流れてきたか? 最近、魔物は増えているからのぉ」
店主殿は軽く肩をすくめた。
「さぁな。ともあれ気の毒なこった」
俺は頷きを見せることになる。
それはそうだ。
ドラゴンになんて出張られたら、村人たちに出来ることは何も無いだろうからなぁ。
「国から討伐隊なんか出たのか?」
そのぐらいの案件のはずだった。
ただ、店主殿は嫌悪の表情で首を左右にする。
「ねぇな。手一杯って話だが、どうかねぇ? 厄介事に目をつむっているだけのような気もするがね」
「そうだなぁ。まぁ、ドラゴンだからな」
話としては有り得そうだと思えたのだった。
本当、ドラゴンだからな。
討伐に出たとして、どれだけの損害が出るのか分かったものじゃない。
国が及び腰になったとしても、それは正直理解出来た。
ただまぁ、それで放置が許されるかっていったら話は別だろうがな。
店主殿は
「ドラゴンだろうがやってもらわにゃ困るってんだ。俺だって困ってるんだぞ。麦も野菜も最近ずっとの値上がりだ」
「そりゃそうか。被害を受けた村々は、麦も野菜も出せないだろうからなぁ」
「麦に関しちゃ、値上がりを見越しての買い占めも多いけどな。つーことで、どうだ?」
俺はなんとも首をかしげるしかなかった。
「は? どうだってなんだよ?」
「ゴブリン退治なんてしたか無いんだろ? ドラゴン退治。成し遂げりゃ英雄だぞ?」
まぁ、冗談だろうな。
今の店主殿には怒りの表情は無く、からかうような笑みがそこにある。
きっと、彼はアホ抜かせぐらいの返答を予期しているだろう。
だが、
「……ふーむ」
俺は腕組みでのうなり声を返すことになった。
店主殿は丸々と目を見張る。
「は? なんだよ、本気にしてんのか?」
「まぁ……ちょっと一考の余地はあるかと思ってな」
俺はフォルネシアを見下ろすことになった。
彼女もまた、思案の様子で俺を見上げてくる。
「……じゃなぁ? リズのいた村っぽさはあるな?」
「だよな? なんか、いけそうだよな?」
足元を見て大金を要求し、無事に罵声を浴びることが出来るってな?
その素地はありそうな気がするのだ。
ドラゴンの被害があって、けっこうなところ困窮していそうだし。
この近辺の村々のように、退治してもらえるならば喜んで払います! ってな。
そんな余裕は無さそうだよな。
朗報だった。
しかしまぁ、
「なぁ、店主さん。どうだ? 被害を受けている村々だけどさ、ドラゴン退治となればどんなもんの報酬を用意出来そうだろうかね?」
そこがなかなか気になるところだった。
悪行だからこそ儲かる。
大金を稼ぐことが出来る。
これが本当、重要な点だからな。
仮に、村々が困窮し過ぎて100万エゼルも用意出来ないのであれば?
ちょっと無しなのだった。
俺たちの食指はちょっと動かないよな。
で、店主殿の返答はと言えば、
「は、はぁっ!? 報酬って、おいおい。あの連中にそんな余裕があるかよ」
「無いのか? がんばればってことは?」
「がんばりようが無いっての。穀物庫がやられたって言ったよな? その日生きるのにすらって話だ。蓄えなんて使い尽くしているだろうさ」
俺は眉をひそめるしかなかった。
となると、ダメだよなぁ。
俺たちが介入できる余地は無い。
大金が得られないんじゃ、俺たちが出張る意味が無いのだ。
だが、
(……そ、その日生きるのにすらかぁ)
大変なんだろうね。マジでね。
無理なのだ。
本当、無理。
悪徳勇者としての誇りがあるのだ。
悪徳勇者として、偶然通りかかったのでとりあえず退治しましたみたいなことをするわけには……っ!!
「……くくく。おぬしもまだまだよのぉ」
俺はハッと思案から覚めることになった。
見下ろすところで、彼女は笑っていた。
フォルネシアはニヤリとして俺を見上げてきていた。
「ふぉ、フォルネシア……? まさか……あるのか?」
「あるともさ。分からんか? ドラゴンは……そう。売れるのだぞ? 死骸は呆れるほどに高値でな」
俺はもう目を見開くしかなった。
そ、そうか。
その手があったか。
お前らもこの死骸が欲しいよな?
だが……くくく。
悪いな、この死骸は俺たちがいただいていくがな……っ!!
みたいなの出来そうだよね。
悪徳勇者として最低限の面目は保てそうだよね?
よって、うん。
「フォルネシアっ!」
「うむ、おうさっ!」
俺の呼びかけに応えて、フォルネシアは意気揚々として立ち上がってくれた。
んで、この様子から察するものがあったんだろうな。
「……お、おい。まさか本気か?」
店主殿が目を丸くしてそんな声を上げたのだった。
俺はもちろんと頷きを見せる。
「あぁ。本気も本気だ。ドラゴン退治は俺たちの仕事となった」
「い、いやぁ? 煽ってなんだけどさ。止めとけって。お前らなんて消し炭になるだけだろ?」
「心配ご無用だ。ドラゴンなんて俺たちの敵じゃないからな。そして……くくく。ほどなくして、アンタは俺たちの名を伝え聞くことになるだろうさ」
もちろん、恐るべき悪徳勇者の名としてな。
店主殿は「う、うーむ」だった。
悩ましげな表情をして首をかしげる。
「止めといた方が良いとは思うが……まぁ、うん。勇者様の邪魔だけはしないようにな」
俺は「ん?」と漏らすことになった。
いきなり新情報が来た感があるよな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます